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4話 再会


「お疲れ様です」

エレベーターで嫌な奴に遭遇した。


先に乗り込んでいた女におざなりな会釈だけを返し、すぐに背を向ける。

明らかに年下だが、自分が入社時に周りより年を食っていた為、勤続年数は同程度だろうと思う。

俺が上なのか下なのか自分の位置が分からない。

本人に尋ねる気もしないし小島さんあたりに聞いとくんだった。

階数表示を眺めていると、後ろで女が話し出した。

「藤堂さん、この間は失礼しました」

俺が上だとはっきりしてたら無視してただろうな。

「何のことか分からないんで」

振り返ることなく答える。ほんの少しの間の後、また女が口を開いた。

「深江先輩が藤堂さんを見ていないって言ったことです。わざとでしたけど、とても失礼で無神経でした。ごめんなさい」

神経を逆なでる物言いに結局無視していると、女の部署が入る階で扉が開いた。

細く柔らかそうに波打つ明るい色の髪が、ふわりと俺の脇を通り抜ける。

そして、ひらひらした服を揺らして軽やかに振り返り、俺に目を合わせにっこりと笑った。


何がごめんなさいだよ。どう見ても反省してる顔じゃねえだろ。

思わず睨みつけると、女はもう一度笑って、俺に背を向けた。

何なんだあの女。




「何なんですかあの女」

既に飲み始めていた小島さんの隣に腰を下ろすなり毒付いた。

餃子に箸をのばしていた小島さんが横目で俺を見る。

今日は男ばかりと言うことでラーメン屋のカウンターだ。

「誰のことだよ」

「あの、深江さんの式に来てた女ですよ。何であんなの可愛がってんですか、二人とも」

二人とは勿論深江さんと香織先輩だ。

「知らねえ。けど、お前がそんなにあの子を毛嫌いしてんのも何でか分からん」

エレベーターの降り際に見せたわざとらしい笑顔を思い返し、手にしたアルコールを一気に飲み干した。 

「すげえ嫌味なんですよあの女」

「珍しいなあ、お前がそんなに腹立ててんの」

小島さんの向こうから竹原が顔を出した。

「そうだぞ、普段はすげえ嫌味な奴にも気持ち悪いぐらい愛想良くしてるくせによ」

小島さんも竹原に同調した。

「営業してんだから当たり前でしょう」


俺ら三人は同じ営業部だ。

だからこそ、小島さんの手下として社のイベントの幹事手伝いをして、小島さんの同期で同じく幹事だった深江さんに出会った。

いや、元々竹原が入社当初から指導担当だった深江さんに物凄く懐いていて、彼女の良い噂ばかりを聞かされていた。

隣の女はそれと正反対で、周りの評判がすこぶる悪かった。

「何でお前は平気そうにしてんだよ。深江さんに迷惑かけてる奴だろ」

竹原に向かってそう言うと、困ったように眉を下げた。

「別に平気って訳じゃ。確かに俺も、深江さんに押し付けて仕事しないって聞いてたから入社当初は文句言ってたんだけど、止めた方が良いぞ」

「何でだよ」

小島さんが笑った。

「なんですか?」

小島さんが答えないので竹原を促すと、気まずそうに続けた。

「深江さんにばれたら死ぬほど怒られるぞ。あの子は放って置いた方が良い」

小島さんに笑われるほど派手に怒らせたんだろう。

「本当に、何でそんなに気に入ってんだろうな」

性格の悪い女に騙されていそうな阿呆な深江さんが腹立たしく溜息を吐くと、小島さんがまた笑った。

「深江の阿呆はともかく、香織がそんな噂通りの女可愛がるはずねえだろ。お前ら信じる情報源を間違ってんだよ」

小島さんは噂が真実ではないと言っているのだろうか。

「でも、仕事してないのは噂じゃなくて事実らしいっすよ」

「じゃあそれは事実なんだろ」

小島さんが竹原に適当に答える。

「俺も面と向かって嫌味言われてますけどね」

「じゃあ、それも事実だな。嫌味なら深江も香織もひでえもんだろ。気が合うんじゃねえの?」

小島さんがグラスを傾けながら面白そうに笑う。

確かに二人とも嫌味毒舌辛辣さは中々の物かも知れない。

それが大した欠点に思えず好感さえ持てるのは、根が真っ直ぐで優しい人達だからだろう。

まさかあの女がそうだとは思えないが。


「そう言えば、あの子から佐藤ん時メールが来てただろ」

小島さんが思い出したように顔を上げた。

佐藤とは既に社を首になったセクハラ男だ。

首になるまでの数か月深江さんに付きまとっていた。

「あのメール、あの子だったんすか?」

小島さんが呆れた顔を竹原に向けた。

「当たり前だろ、他の誰だと思ってたんだよ」

確かに、隣同士の席で四六時中深江さんと仕事を分け合っているはずの彼女にしか、難しかったかも知れない。

深江さんがセクハラ被害を口に出し佐藤が首になるまでの短い期間だったが、逐一深江さんの行動を知らせるそのメールで、俺達が同じ営業部の長である佐藤の邪魔をしていたのだ。

「何で俺らのアドレス知ってたんすかね。携帯に直で来てましたけど」

竹原が不思議そうに問う。

「俺が教えたに決まってんだろ。あの子が俺に頼みに来たんだけどよ、一人じゃどうにもできねえだろ?殆ど外に出てっから」

なるほど、それで俺ら三人当てに一斉送信されてたのか。

他の二人の名前があったから、差出人など気にせずにいた。

「頼みに来たって、何て言ってたんですか?」

竹原の問いに、小島さんがまたあほかという様な顔をした。

「佐藤を深江から遠ざけてくれって言いに来たに決まってんだろ。あの子が深江にくっついて歩いたりもしたみたいだけどな、やっぱ女の子じゃ佐藤には全く意味なかったみたいだな。しかも深江がこう、見た目のわりに自分で何とかすると言うか、人に頼れないタイプだしな。あの子にも気い使うって言ってたぞ」

深江さん、確かに有りそうだ。じゃあ、あの女が小島さんに声かけなきゃ佐藤が首になるまで一人で耐えたんだな。

「そうすか。良い子なんですね。仕事はしないけど」

深江さんを守る同志として竹原は女に好感を持ったようだ。

「そう言うことかもな」


「じゃあ、俺に対する嫌味は」

小島さんが今度は俺を馬鹿にした。

「お前が最初からあんな態度じゃ無理ねえだろ。あの子が香織みたいな性格なら、嫌味どころか完全シカトされてるぞ」

香織先輩に、初対面であの女にしたような視線を向けた場合を考えて納得した。

確かに、その後一生目が合わないかも知れない。

「深江さんなら?」

「まあ適当に相手するんじゃねえの?すげえ冷めた笑顔で。竹原にはまだ愛があるよな怒るんだからよ」

小島さんが肩を竦めそう言ったのを受け、以前川瀬さんを怒らせた俺に向けられた深江さんの冷たい視線を思い出す。

薄っすら笑顔であったりもした。

あの女は深江さんタイプなのかも知れない。








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