32話 感謝
葬儀が終わり出棺の時になると、雨が途切れた。
どんよりとして薄暗くはあったが、ざあざあ降りより断然ましだ。
天の神様が葉月の頑張りに報いてくれた気がした。
「皆で行って良いの?」
「はい。他に来る人もいませんし、蒼汰と隆も遊び相手が多い方が走り回らないし。結構時間かかりますから」
深江さんに答える葉月に、そう言えばこいつは両親の葬儀も経験しているのだと気付いた。
火葬場の様子も知っているのだろう。
子供に好かれる川瀬さんが今日も、特に隆にまとわりつかれている。
狭い家の中では身動きも取れない様子だったが、皆で火葬場にと玄関を出た瞬間隆にぶら下がられていた。
子供相手にも愛想のあの字も発揮しない仏頂面だが、隆の自分と遊んでくれる相手を見分ける能力に感心する。
隆が勝手に身体をよじ登るのを放置している川瀬さんが、以前見た通りで面白い。
「深江さんはともかく、川瀬さんには子守で行ってもらった方が良いですね」
俺の台詞に、隆と川瀬さんを心配そうに見ていた葉月が、より申し訳なさそうな顔をする。
「私も行くわよ。あんたも行くでしょ?」
深江さんが俺に尋ねた。
葉月を窺うと向こうも俺を見ていて、さっきとは違う情けない顔で笑った。
「ボタン押す時に居てもらえると助かります」
焼却炉の点火をするスイッチのことだろう。家族に押させる様子を見た事がある。
「そりゃ良いけど、さっき頑張るって言ってただろ?」
頑張るために充電済ませてるだろ。
あんな事しといて、今俺がどれだけ混乱してると思ってるんだ。
「藤堂」
深江さんに怒られた。
「すいません。でも言ってたもんな?」
嫌味っぽくもう一度そう言ってやれば、ふんと目を逸らされた。
「一人で頑張るなんて言ってません、藤堂さん居る前提です。大体、来るの遅いのよ」
最後にぽそっと付け足された台詞に耳を疑った。
「来てほしいんなら連絡しろ阿呆。危うく知らずに全部終わっちまうところだっただろ」
葉月を見下ろし今度こそ本気で非難すると、睨まれた。
「呼ばなきゃ来ないなんて思わなかったもん」
「はあ?知らされなきゃ来られる訳ねえだろ」
「ちょっと!あんた達が仲良しなのは分かったけど、葬儀屋さん呼んでるわよ、ミサちゃん。お婆ちゃんと乗って行くんじゃないの?」
「そうでした。蒼汰は私が連れて行くので、聡と隆お願い出来ますか?」
葉月が、川瀬さんの肩に座って笑い声を上げる隆を見て、嬉しそうだ。
分かる。隆も父親と遊んだ記憶が殆どないだろうからな。俺も同じだった。
家から出て来た聡を捕まえる。
「お前ら車こっちだってよ。隆と一緒に川瀬さんのに乗っても良いし。俺のでも良いし」
聡がスニーカーを履きながら俺を見上げた。
「あ、じゃあ俺、藤堂さんのに乗る」
「よしよし」
可愛い聡の頭を撫でると、反射だろう、姉にするようにばしと払われた。
「あ、ごめん。つい」
気まずそうな顔で謝る思春期の男子高校生を、大人皆が微笑ましく見守った。
火葬場では茶を飲みつつ持ち込んだ茶請けを食いながら待つと言うシステムで、ほぼいつものメンバーだった為に、酒のない仕事帰りの居酒屋状態だった。
そのノリで話せたのか、葉月のカムアウトの会にもなった。まあ、葬儀に来た時点で皆で葉月家の事情に踏み込んだことにはなったが。
「ミサちゃん」
香織先輩が身の毛もよだつ恐ろしい声をだし、隣に腰を下ろしていた葉月が俺の方に身体を寄せてきた。
「はい」
びびっている。
「あなた今まで何度あたしとランチしたと思ってるの?話す機会なんて腐るほどあったと思うけど?」
「す、すみません」
どんどん俺の方に下がって来る葉月の背中を香織先輩の方へ押し返すと、振り返り睨まれた。
「藤堂さん!」
「なんだよ。怒られて当然だろ?俺が何度人に話せって言ったと思ってんだよ。香織先輩に話してなかったんだから自業自得だよ」
「だって」
目を吊り上げていた香織先輩が、葉月の怯えた様子を見てクールダウンした。
「何か事情があるんだろうなとは思ってたけど、どうして話してくれなかったの?お婆ちゃんのお世話の役には立てなくても、子守や家事なら手伝えたと思うわよ?休む暇も全くなかったんでしょ?」
葉月が固まってしまった。
「こいつそう言えば、話し出したら大泣きしそうでランチじゃ話せないって言ってましたよ」
実際それは婆さんの暴言や育児ノイローゼについてだったが、今回のカムアウトにそこまでは含まれていなかった。
それなしでも香織先輩はこれだけ怒っている。
婆さんの酷い状態のことを知ればどうなるか恐ろしかった。
恐らく、俺と深江さんも一緒に怒られる。
香織先輩が溜息を吐いた。
「ランチ以外の時間にはお喋りの余裕もなかったのね?全く」
そう言った香織先輩が、俺に押しやられた葉月を引っ張り、ふわふわ頭をぎゅうと抱き締めた。
「まあでも、ほんの最近かも知れないけど、東子と藤堂に話せてたんなら良かったわ」
「はい、ありがとうございます」
葉月が香織先輩の腕の中で泣きべそだ。
デカい窓の外では、川瀬さんによじ登る隆と蒼汰を、深江さんと竹原が脇から見ている。
川瀬さん以外の4人は大笑いで楽しそうだ。
姉の泣き笑いに安心した様子の聡が、大はしゃぎの弟達に穏やかな視線を流した。
他の奴らも引っ張って来てくれた深江さんのおかげで、一人欠けてしまった葉月家に鬱々とした暗さは見えない。
葉月を一人にしないで済んで良かった。俺をここに呼び寄せてくれた深江さんに感謝した。




