29話 弟
葉月に連絡しても一切反応がなく、一週間と経たず心が折れた。
葉月をいったん諦め、平日の昼休憩に聡が一度かけて来た番号に連絡してみた。
思った通り友達伝いに聡が捕まり、土曜に外で洋服を渡す約束をした。
「おにーちゃーん、こっち!」
手を振ると、蒼汰が笑いながら駆けて来て、俺の足に飛びついた。
「よう。元気そうだな蒼汰。隆も元気か?」
さらさらの髪を撫でる。俺を見上げた蒼汰は姉によく似た顔で笑った。
「うん。ともだちとあそびにいったー」
「そうか、あいついつも遊びに出てるからなかなか会えないな」
蒼汰が聡を振り返った。
「あっちであそんでいい?」
聡が頷き、蒼汰は空いていたブランコに向かってかけて行った。
「姉ちゃんがめちゃくちゃ機嫌悪いんですけど藤堂さんのせいですか?」
聡がそう尋ねてきたが、俺に対して腹を立てていると言う訳ではなさそうな、微妙な顔だ。
近くのベンチに促して座らせる。ここからなら蒼汰も良く見える。
「俺のせいなのは間違いないけど、お前にも腹立ててるだろうな」
聡がやっぱりと言う顔をする。
「美容師?」
「そうだな。お前はどうか知らんけど、俺てっきりやってんだと思ってたから、そう言っちまって。すげえ怒ってたわ」
聡が溜息を吐いた。
「俺も思ってた。やってなかったのか」
「みたいだな。と言うわけで俺らは怒られて当然なので、文句の言いようがないな」
聡が非難の目を向けてくる。
「藤堂さんは良いよな、一緒に住んでる訳じゃねえし。家にいる間中冷たくされてる俺の方が損じゃん」
「俺も社内で時々は会う。メールも電話も無視されてるし、謝らせてもくれねえし。お前んちに行くことはもうないかもな」
嫌そうにしかめられた聡の顔に苦笑した。
「悪いな、ベランダと美容師の件未解決なのに」
軽く溜息をついた聡が首を振る。
「ベランダはもういいよ。姉ちゃんベランダ出なくなった。家ん中洗濯物だらけだけど、こう、シーツが部屋を横断してたり、部屋に入るのにほふく前進みたいになったりしてるけど、窓も開けっ放しだけど、冬じゃなきゃ何とか乾くみたい」
「そうか。ベランダ撤去して外壁にポール渡せればいいんだけどな。部屋の中から手が届くくらいのとこに。時々そんなの付いてる家あるよな。どっかに売ってんのかな」
「藤堂さんうちに来て、俺と一緒にやってよ。友達も呼ぶし」
「いや、俺も男手は当てあるけど、まあ婆さんいる間は無理じゃねえ?いや、それ以前に俺、お前んち今行ける状態じゃねえし」
二人で溜息を吐いた後、しばし重い沈黙が訪れた。
近くで遊んでいた子供達に蒼汰が上手く混ざれたようだ。
「姉ちゃん、絶対藤堂さんのこと好きだと思うけど」
聡の少しだけ悔しそうな呟きが、沈黙を破った。
「そうか?実は俺もそう思ってたんだけどな。兄貴みたいだって言われたな」
「そうなの?」
怪訝そうな顔をする聡に苦笑しながら頷く。
「良い感じだと勘違いしてたとこに兄ちゃん発言されて気が立ってたんだよな。怒らせて当然な言い方したんだよ、大人げなく」
自嘲気味に言うと聡が息を吐いた。
「30になってもまだ大人にはなれないのか」
面白くなさそうな顔で弟に視線を戻した聡の頭を、かき混ぜて笑った。
「お前の方が俺より大人だよ。姉ちゃんも言ってたぞ」
車に積まれた服を広げて感動するジャージ姿の高校生は可愛かった。
聡を眺めて俺が楽しんでいる間、戻って来た蒼汰はベンチに座って買い与えられたジュースを飲んでいた。
「サイズ合うかどうか、どれか着てみれば?」
合わなくてもやるのだから試着に意味はないが、見るからにうずうずしている聡にそう言ってみると、頷いて服を選び始めた。
こんなに喜んでくれると、タンスに忘れていた甲斐もある。
「冬物は嵩張りすぎて今回持って来なかったから、また今度な」
聡が目を見開いて俺を振り返った。
「まだあんの!?」
可愛すぎて笑える。
「あるぞ。けど今日ほら、家まで車で行けないから、蒼汰連れてたらお前でかい荷物持って帰れないだろ?」
聡が決意した目で頷いた。
「藤堂さんが家にまた来られる様に、姉ちゃんをどうにかしないとな。俺、冬物も欲しいし!」
「ああ、まずお前が姉ちゃんと仲直りしろ。俺の服全部捨てられるかも知れないぞ」
意気込んでいた聡が心配そうな顔をして頷いた。
サイズは問題なく、聡はレベルアップした。
「服は限りなく普通だけど、お前は元が良いから全く問題ないな。これで私服でもモテモテだろ」
何の変哲もない長そでTシャツとデニム姿の自分を見下ろした聡が、とても嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう藤堂さん。俺今、無性に友達と遊びに行きたい。こんなの久しぶりだよ」
「そうか良かったな。蒼汰見ててやろうか?遊んで来れば?」
聡が笑顔で首を振った。
「良いよ。こんなにいっぱいあるからいつでも遊び行けるし。な、蒼汰。どこでも連れてってやるぞ」
蒼汰を抱き上げて振り回す聡に吹き出した。
葉月は嬉しそうな聡を見て喜んでくれるだろうか。
それとも俺の服を着ている聡に眉を顰めるだろうか。
月曜の昼、聡の友達の携帯から着信があった。
「姉ちゃん喜んでたよ。なんか顔引き攣らせてしかめっ面作ろうとしてたけど、あれは間違いなく喜んでたと思う」
「そうか。良かったよ」
「うん。ねえ藤堂さん」
「何」
しばらく間が空いた。
「あのさ、姉ちゃんに兄貴扱いされるのは嫌だろうけど、俺は良い?姉ちゃんがもし藤堂さんに怒ったまんまでも、俺とは仲良くしてくれる?いや、服が欲しいわけじゃなくて」
焦り出した聡を笑って遮る。
「良いに決まってるだろ。服も靴もやるよ。既に弟みたいなもんだし、うちのもう一人の弟は俺のお下がり入んねえし」
「うん」
短い返事の調子からも嬉しそうな聡の顔が想像できる。
「相談事もすぐ連絡しろよ。携帯の友達に今度飯奢るって言っとけ」
「分かった。携帯の礼にお前に飯奢ってくれるって」
聡がそう繰り返し、背後から喜びの声が聞こえた。
こんな恥ずかしい電話を聞かせられる仲の良い友達がいる様で何よりだな。
聡が俺を慕ってくれることで、随分助かっていた。
姉の方は今日も、お疲れ様ですと冷めた目でにっこりと俺に笑いかけただけだった。




