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27話 打撃


俺にも限界が来た。

テーブル越しに手を伸ばし、俯いた葉月の頭に手を置いた。

柔らかい髪をぐしゃぐしゃにして撫でまわしていると、葉月が泣き出した。

声を押し殺し、時折息を吸って肩を揺らしながら、静かに泣いていた。

「他人の子をそれだけ頑張って育ててきたんだから、疲れてる時にそう思うのは当然だと思うけどな。別に最低だとも思わない。まあでも、確かにそれを聡に愚痴る訳にはいかないな。ハグして欲しいならそっち行くけど、どうする?」

さりげなく聞いたつもりだが、そう聞こえたかどうかは分からない。

返事までしばらく間があり、情けなくも動悸が強まる。


「する」

嗚咽の合間に聞こえた返事に、いっそう飛び跳ねようとする心臓を落ち着かせる努力をした。

泣いてる女を慰めるために抱き締めるのに、30のおっさんが中学生みたいな動悸はない。

年いってて良かった。少しは自制が効く年になってて良かった。

ゆっくりテーブルを周り、その間に呼吸を整え動悸を鎮めて、葉月の隣に腰を下ろした。

再び頭に手を伸ばし、顔を隠している手のひらごと胸に引き寄せた。

自分ですると言ったわりに抵抗して身を固くする葉月を、無理矢理引っ張ると、とん、と俺の胸に葉月の額が当たった。

さっきの積極的なハグとは違い、葉月は手を顔に当てたままでじっとしていた。

フワフワの頭を自分の胸に押し付ける。

「やっぱりお前は一人で溜め込み過ぎだ。もっと自分のこと人に話せよ。毎日大好きな深江さんと会うだろ?」

気を紛らわせる意味もあって葉月に話かけると、嗚咽を静めた葉月が不貞腐れた様な声でこたえた。

「話すチャンスがないもん。飲みにも行けないし」

「昼休憩は?深江さん達と飯食ってるだろ?」

「時々ね。でもランチ中にどうやって育児ノイローゼとか介護の悩みの話始めていいか分かんないよ。子供がいる人ならともかく、深江先輩達には出来る気がしない。最近の話題は川瀬さん問題だったし」

葉月の頭を片手で押さえたまま、俺の方が溜息を吐いた。

「何か腹立つな。お前の気も知らずに恋愛相談か」

葉月が胸の中で笑う。

「私が話したがってなかったから、深江先輩もわざと話題にするの避けてくれてたんだもの。それに香織先輩には気持ちどころかまだうちの事情ひとつ話せてないし。多分深江先輩からは伝わってないでしょ?それに、何が話題でも先輩たちと話してるのは楽しいから良いの」

嗚咽も収まり、泣いた後の声ではあるが穏やかに話していた。

「私の話だって、親身になって聞いてくれるのは分かってるけど、やっぱりまだ積極的に話したいって気にはならない。藤堂さんに泣いちゃったし、昼ご飯中に泣かないで軽い感じで話題にだす自信ないもん 」

「軽くするために話せって言ってんのに、お前が頑張って軽くして話すんじゃ本末転倒だろ」


俺の胸に顔を伏せたままの葉月がまたふふ、と笑った気配がした。

「何だよ」

「藤堂さん優しすぎるから、深江先輩を川瀬さんにあげちゃったみたいになったんだよ。分かってる?」

急に俺の話になり内心戸惑った。

「うるせえ。あげるもなにも、深江さんが俺の物だったことはないんだよ」

フワフワの頭を小突くと、肝心の美容師の問題が手つかずだったと思い出す。

落ち着いたようだし、気分を変える為にもそのことを問いただそうかと思っていると、葉月が続けた。

「香織先輩も式の時言ってたけど、藤堂さんって本当に損な役回りですよね。深江先輩に私のこと頼まれたんじゃないの?式の時の失礼な態度の罰と、偶然会ったついでに。深江先輩には私が何も話そうとしないからって」

言い当てられ、どう返すべきか迷った。

「やっぱりそうなんだ。それで小さい子とか聡とかいて、可愛くて、藤堂さん優しいからほだされちゃったんでしょ?」

確かにそうだったかもしれない。

葉月がふっと息を吐き笑った。

「最初が深江先輩に言われてっていうのがちょっとあれだけどまあいいや。藤堂さんのおかげで凄く楽になったもん。それに今は、私達の為にここに来てくれてるもんね?」

顔を上げた葉月が、凄く近い距離で俺の目を見て笑った。

そうだ。最初は深江さんに指示されて動き始めたが、今は葉月の為にここにいる。

俺の腕の中で、俺を見上げて、可愛く情けない顔で笑う葉月が言葉を続けた。

「藤堂さん」

「何」

俺は今、自分の意志でここに居て、ふわふわを胸に抱いて、自分を見上げるこれをとても可愛いと感じている。

「今は私達のこと、本当の兄妹みたいに思ってくれて来てくれてるんですよね?私も、優しいお兄ちゃんができたみたいですごく嬉しいです。ありがとう」


温まっていた身体の芯が冷めて行く様だった。強張りそうな顔を何とか笑んだまま維持する。

最近のあれこれで、どうやら俺は葉月を既に自分のものだと勘違いしてしまっていた様だ。

自分の厚意が人から押しつけられた中途半端なものだと見透かされていたのに。

葉月への純粋な厚意ではなく、他の女への好意から派生しただけのものだと思われていた。

葉月も俺に好意を寄せてくれていると考えるなどとんだ自惚れだったらしい。


「ああ。育児相談でも介護相談でも、ノイローゼになる前に俺に話せよ。聞いてやるから。分かったか?」

それでも俺の口は勝手に、何も感じていない様な調子で葉月が望んでいるだろう言葉を発していた。

これじゃ、俺が葉月をどう思っているか伝わらない。どう思われたいのかも伝わらない。

葉月は頷いて微笑み、もう一度胸に顔を伏せた。

溜息を堪え、葉月の頭を撫でた。

今他の誰よりも頼られてるなら、取り敢えずはそれで良い。

葉月が少しでも楽になるように、余計な悩みを増やさないように、今は俺の望みではなく葉月の望むことだけを考えよう。

そう自分に言い聞かせた。


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