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25話 境遇


「藤堂さんありがとう。ほんとに嬉しい」

台所に戻りながら葉月がまた俺に笑いかけた。

余程嬉しかったのだろう。俺に思わずハグするぐらいだ。

「まあお前も買ってやりたいのは当然だもんな」

葉月が苦笑した。

「うん。でもやっぱりどうしても3人の学用品優先になっちゃって難しくて。学校で見た目や持ち物のせいで苛められたら嫌だし」

「そうだな」

出がらしでもう一度茶を入れた葉月が俺の向かいに腰を下ろす。

この家はこの台所が応接間を兼ねている様だ。

一階の唯一の部屋を婆さんが使っているので当然か。

「お前がヒラヒラ着てる気持ちがやっと分かったって言ってたぞ。聡もお下がりでも嬉しそうだった」

葉月が微妙な顔をする。

「私は嬉しくはないですよ。新品同然の可愛い服見せられて着たくはなるけど、やっぱり嬉しくはないなあ。仕事がなければ当然断ってます。年下の子からって言うのが一番引っかかりますね。自然じゃないから」

「そうだな。入らなくなったとか年相応じゃなくなったから回したって言うあれじゃないもんな」

葉月が湯呑に口を付けながら頷いた。

「でも助かってるのは事実ですから、お隣さんにはすごく感謝してますけど」

「自分の服は仕事に使えそうなのなかったのか?」

「こんなのばっかりだもん。無理でしょ?」

グレイの古ぼけたパーカーの袖を広げて首を傾げる。

「うちじゃ無理かもな」

苦く笑いながら葉月が続けた。

「最初は一着しかないリクルートスーツで毎日通勤してたんだけど、サイズは合わなくなるしどんどん古ぼけてくし、一応最後に親に買ってもらったものだったから、よれよれになっていくのが悲しくて。見すぼらしい自分も恥ずかしくて、それでお隣さんのご厚意に甘えたんです」

葉月がしょんぼりしてしまった。

「就活始めてから亡くなったのか?」

葉月が俺を見る。

「うん。もう内定も貰ってて、短大の卒業間際だったんだけど、二人ともいっぺんにいなくなっちゃった。幸い社長が優しくて、残業できなくても休んでもいいからうちに来なさいって言ってくれて」

涙は出ないようだが、情けない笑顔でそう言った。

「いっぺんにってことは事故で?」

葉月が緩く首を振る。

「事故だったって思ってるけど、丁度父の仕事が上手く行ってない時期で心中扱いになっちゃって。お母さんがまだ赤ちゃんだった蒼汰残して死ぬわけないのに」

婆さんの事と言い予想外が多すぎる。

どうしてこんなに家族思いの良い女に不幸が降り積もるのだろうか。

「嫌な話だろうけど、保険金おりなかったんじゃないのか?」

今なら素直に話してくれそうな葉月の様子に、下世話だと思いながらも聞いてみると、苦く笑いながら答えた。

「うん。再婚で保険新しくしてたみたいで免責期間中でもあったし。父の預金も仕事が調子悪かったうえに再婚とか亡くなったお爺ちゃんとお婆ちゃんの手術とか入院とか葬儀とか続いて、かなり減ってたみたいでしばらくしたら尽きちゃって。だから極貧」

「そうか」

「うん」

弟たちの面倒を姉が1人でみることになった経緯は分からないが、実際そうなっているからにはそうなった事情があるのだろう。

女が俺の頭の中を読んだようで、笑われた。

「頼れる身内もいないし、それにあの子達まで居なくなって私一人ぼっちになるのは耐えられなかったから」

「婆さんも他に身よりはなかったのか?」

葉月が首を振った。

葉月が不憫すぎた。

「それ。絶対そういう可愛そうだなって顔されるから、人にあんまり言いたくなかった。普通にしてて欲しいもん」

「いや、今後普通にはするけど、聞いた途端はな。流石に可愛そうだなと思うぞ」

葉月が俺の目を見て微笑んだ。

「深江先輩は謝りながら涙ぐんでた。必死で我慢しようとしてたけど」

「想像つくな」

「その瞬間は正直、私を差し置いて泣かないでって思っちゃったけど、私のその気持ちも分かってくれてたし、その後も全然私に対する態度変わらないし、やっぱり先輩は大好き」

葉月は吹っ切ったような明るい笑顔だった。

「そうだな」



「蒼汰は皆と血が繋がってるってことか。隆と聡が母親の連れ子か?」

頭の中を整理しながら言うと葉月がきょとんとした。

「先輩から聞いてたんじゃないの?」

俺も怪訝な顔になる。

「いや?深江さん何をどこまで知ってんの?あの人がお前んちの事勝手に俺に話す訳ないだろ?」

葉月が目を丸くする。

「え?だって聡が藤堂さんは知ってたって」

「何を?」

「私達の血が繋がってないって?」

「ああそれは、そうかなあって思ってたら聡が肯定するようなこと言ったってだけだよ」

「じゃあ深江先輩からは何も?」

「何も。ああ、聡と蒼汰に会ったとき、真ん中にもう一人いるってのは聞いた。それだけだな。婆さんがいるのも知らなかったし、お前らの血のつながりも、親がいないのも今日初めて聞いたぞ」

「じゃあ藤堂さん私達の境遇に同情して優しくしてくれてたんじゃないの?」

「え?」

葉月が俺を見ている。

「いや?知らなかったからな。境遇にって言うか、お前と聡がしんどそうだったから?」

最初は可愛い顔を化粧のおかげかと思っていたが、家で見る様になってからも大して変わらないこの顔はほとんど素顔だったようだ。

「お前顔はどうしてんだ?化粧品は買ってんのか?」

俺を無言で見たままの葉月に聞くと、途端にふくれっ面になった。

「何急に?百均よ。悪い?」

「いや別に悪くはない。百万のもん使ってもお前レベルになれない奴は腐るほどいるし」

葉月がふくれっ面のまま俺が言ったことの意味を考えていた。

変なこと言ったなと後悔していると、すぐに葉月が微妙な顔をした。

どう誤魔化すかな。

タイミングよく葉月のポケットが鳴った。

「行ってきます」

葉月が微妙な顔のまま、立ち上がった。

「行ってらっしゃい」

椅子の背に片腕を掛けたままもう片方の手を上げそう言うと、葉月が一層微妙な顔で俺を振り返りながら出て行った。







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