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24話 動揺


「なあ、さっきの姉ちゃんの頭の話だけど、お前何に腹立ててたんだ?」

聡の髪の感触に全く質の違う姉の髪を思い出してそう尋ねると、途端に面白くなさそうな顔になった。

「元彼が美容師なんだ。そいつにやらせてんだよ」

「ふーん」

ここに来て予想外の男の影に、少なからずショックだった。

「うちの事情が変わって姉ちゃんのこと捨てた最低な奴なんだよ。マジでムカつく」

「ムカつくな。何でそんな奴に髪触らせてんだよ」

未練があるのだろうか。

聡もそう思ってムカつくのかも知れない。

「阿呆なんだよ。ヘルパー頼んでそいつに会うぐらいなら隆や蒼汰と遊んでやれば良いんだよ」

触らせているのは髪だけではないんじゃないかと、俺だけじゃなくキレ気味の聡も思っているはずだ。

「阿呆だな。説教だな」

聡が俺を見て目を輝かせた。

「俺が言っても全然聞いてない。頼むよ藤堂さん」

ベランダの件も未解決だが、どう葉月に言い聞かせようかと考えながら頷いた。


「なあ藤堂さん、今日一日暇?」

聡が急に声の調子を変えて言った。

「あ?ああ、特に用事はないけど?」

「じゃあ、ここにいてよ。俺蒼汰連れて外出るからさ。姉ちゃん説教してて。藤堂さんに泣かされてから姉ちゃんかなりましになったんだ。ありがとう」

聡が笑顔で礼を言った。隠そうとしているのだろうが切ない色が見て取れた。

自分の力でましに出来なかったことが悔しくもあるのだろう。

それでも姉優先の弟は俺に礼を言って、また俺に姉を預けようとしている。

「優しい奴だな。姉ちゃんに近付く男を敵視して牽制するべきだろ?」

呆れてそう言うと、聡がテレビに夢中の蒼汰の頭を見ながら答えた。

「俺別に姉ちゃんとどうこうなろうとは思ってないし。それに、藤堂さんだからだよ。あの美容師は絶対嫌だ」

「了解。お前の信頼に応えて、姉ちゃんを泣かせてでも確実に美容師との縁を切らせると約束しよう。ベランダは後回しだ」

嬉しいことを言ってくれた聡にそう宣言した。

「うん。ベランダより美容師がムカつく。おい蒼汰。それ終わったら図書館と公園行こうぜ。公園に隆達もいるかも」

蒼汰が嬉しそうな顔をした。


ようやく葉月が戻って来た。

疲れた顔をしているかと思ったら、飄々としていた。

「お前な、きつかったって聡にちゃんと言えって言っただろ。全然憶えてねえな」

「藤堂さん、姉ちゃん言うようになったよ」

葉月を見るとふんぞり返っていた。

「そうか。威張ることじゃないぞ。で、今は何なんだよ。どうしてきつい顔してない」

葉月が俺の隣に座って髪の中に手を入れた。

「何?」

そう首を傾げて俺に尋ねる葉月の指には耳栓がにぎられていた。

細い指は年に似合わず節が目立ち、毎日家族の為に働いているのだと実感した。

「使ったのか」

葉月がきょとんとする。

「うん。途中で耐えきれなくなってこっそりつけたら、その後天国みたいだった」

やっぱり取り敢えずは付けずに挑んだんだな。

「良かったな」

素直な笑顔の葉月に笑ってやると、嬉しそうに笑みを深めた。

「うん。お婆ちゃんが何言ってるのか全然分かんないんだもん。口だけパクパクしてて、なんか段々面白くなってきちゃって」

そう言って笑う葉月に呆れる。

「お前やっぱり強いな」

姉弟が俺に怪訝な目を向けた。

「なんだよ?強いのは確実だろ?あの婆さん2年も一人で世話できる奴いねえよ」

そう言うと、葉月は泣きそうな顔で笑い、聡は唇を引き結んで難しい顔をした。


「蒼汰と図書館行って来る」

「分かった。蒼汰本の準備しておいで」

姉に言われて弟二人が階段を軋ませながら二階へ上がって行った。

ミシミシと上の和室で聡が歩く音が聞こえる。

俺が二階に上がると多分足音というか家の揺れで耳の遠い婆さんに客が来てると勘付かれるんだろうな。

「俺まだいるけど構わん?」

立ったついでに湯呑を洗い始めた葉月にそう言うと、俺を振り返った。

「構いませんけど、言葉通り一切何のお構いもできませんよ。おにぎりならできますけど茶菓子はないです」

嫌そうな顔でそう言う葉月が笑えた。

「いらねえよ。水で良い」

「うち水道水飲んでますけどお腹壊しません?」

一層面白くなさそうな顔になった葉月に、たまらず吹き出す。

「大丈夫。便所はあるんだろ?」

「汲み取り式で良ければ」

笑いを堪えるのに腹が痛くなってきた。

「良い。大丈夫」

葉月が俺を見るのを止めて洗い物に戻った。

今日もぶかぶかのジーンズに包まれている尻を見て思う。

こいつはきっと、服を買えなくなってから痩せたのだろう。


「いってきまーす」

黒いジャージに着替えた聡と帽子を被った蒼汰が玄関に並んだ。

「制服じゃなくてジャージなのか?制服の方がいけてるぞ」

着替えて来た自分に微妙に恥ずかしそうにする聡が、わざと服装の話題を振った俺を軽く睨んだ。

「図書館だけなら制服着るけど、公園行くし」

「成る程な。まあジャージもお洒落ジャージで良かったな。裾窄まりの本気の奴なら外着で使えないもんな」

どんと背中を殴られた。

「ちょっと藤堂さん、聡に意地悪言うの止めて!帰れ馬鹿!」

斜め後ろに立って俺の背中を殴り続ける葉月を見下ろすと、滅茶苦茶睨まれていた。

「待て、そんなつもりじゃない」

「姉ちゃん止めろよ。藤堂さん俺に服くれるって言ってくれてんだぞ。あ、言うの忘れてた」

聡が呆れ顔で姉を止めた後、ふと気付いた様に言った。

「え!?」

葉月が口を開けたまま固まった。服をやると言った時の聡の反応と似ていて笑えた。

「え?ほんと?」

葉月が手を胸の前で組み、あざとさ全開の顔で俺を見上げた。

「馬鹿呼ばわりしといて今更媚びんなよ。実家に結構あるから今度持ってくるよ」

俺を殴った直後に懐かしい女の顔を作った葉月に呆れてそう言うと、今度は本当の顔で嬉しそうに笑った。

「やった!流石藤堂さん!嬉しーい!良かったね聡!ありがとう藤堂さん!ほんとにすごく嬉しい!」

飛び上がらんばかりの葉月に苦笑して、冗談で手を広げる。

「そんなに嬉しいならハグしろハグ」

と、言い終わるか終らないかのうちに、本当に葉月が俺の胸に飛び込んで来た。

「おわ」

動揺しているうちにぎゅうぎゅう抱き付いてくる。

「藤堂さんやっぱり優しーい!大好き!」

俺の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で嬉しそうにそう言われた。

良かった。聡に背中向けてて良かった。

俺の顔を見られたくもないし、聡がどんな顔してるかも恐ろしくて見れない。

泣いてたらどうしよう。

取り敢えず顔を通常仕様に戻して葉月の頭を掴み自分から引き剥がそうとしたが、しがみ付いていて困難だった。

「姉ちゃん止めろよ。俺らもう行くぞ」

聡がそう言うと、葉月があっさり身体を離した。

「うん、気を付けてね。蒼汰、聡の言うこと聞くのよ」

「はーい」

蒼汰が俺と葉月に手を振って玄関を出る。

聡が物凄く微妙な顔でそれを追いかけて行った。

出がけに変なものを見せてすまん、聡。

心中を察して胸の中で謝罪した。





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