22話 非難
次の日曜、俺はまた葉月のぼろ家に来ていた。
聡が、姉ちゃんがベランダに出るのを止めないからどうにかしてくれと連絡してきたからだ。
仲の良い友達に携帯を貸してもらったのだと後で聞いた。
「どうにかって、藤堂さんは大工さんじゃないんだから」
俺が来た理由を知り、聡に向かい説教モードに入った葉月を遮る。
「違う。聡がどうにかして欲しいのはベランダじゃなくてお前だ。だよな?」
聡に問うと、頷いた。
「はあ?だって外には干せる場所なんてないし、しょうがないでしょ?」
確かにぼろ家は敷地いっぱいに建てられているので、外に洗濯物を干すようなスペースはない。
家の周りを見回しながら考える。
外でも婆さんの呼び出しセンサーは反応するので、ベランダの全貌を見ようと外の道路に立っていた。
「お前はベランダには出ないんだよな?」
聡にぶら下がっている蒼汰に尋ねると、不味そうな顔をした。
「出ないわよね?駄目だって言ってるもんね?」
葉月が確認すると、蒼汰がへらりと笑ってごまかそうとした。
幼稚園児にしては大人の対応だ。
「隆も蒼汰も出てるよ。でもこいつらはまだ軽いから良いけど、姉ちゃんの体重はやばい」
聡が姉を見下ろしながらそう言い睨まれていた。
「あーれはなあ、限界だろ」
上を見上げそう言うと、二人がつられるように俺に倣った。
1階部分から半分飛び出すような形のベランダは細い鉄筋で支えられ、床部分に張られた薄い板の一部が破損し穴が開いていた。
斜めにベランダを支える鉄筋は錆に浸食され腐り落ちる寸前という感じだ。
とても実際使われているとは思えず、ぼろぼろのトタン屋根の下に洗濯物が揺れている様子が不思議な程だった。
「せめて全体が一階の上にのってればな。あれ、手前の床が抜けるならまだ良いけど、下の鉄骨折れたらやばい」
「ですよね」
「やばいのは分かってるけど他に干す場所ないって言ってるじゃん!」
葉月が俺らに切れぎみだ。
「部屋の中に干せるだろ」
「狭いから無理です。乾かなくてどんどん溜まるし。お婆ちゃんのシーツとかタオルとかもいっぱい出るから絶対無理」
膨れる葉月を見下ろして、一層膨れると予想できるが一応言ってみる。
「コインランドリーで乾燥だけかければ?」
思った通り葉月がぎろりと俺を睨んだ。
「極貧だって言ってるでしょ。毎日の事なんだから無理です」
いつも俺と話す時の調子で口から出てしまったのだろうが、自分が発した極貧と言う言葉にはっとして聡と蒼汰を窺っていた。
聡は仏頂面を、蒼汰はきょとんとしていた。
「何より安全第一だぞ。お前怪我したらこの家回らないんだから」
「分かってます。でもしょうがないし」
不服そうな顔でそう言う葉月に溜息を吐く。
服はオフ用のカジュアルでくたびれたものだったが、頭は最近整えたのだと一目でわかる。
女の頭は金がかかるのだ。まとめて誤魔化せもしない程度の長さで、カラーにパーマに、いつ見ても綺麗な状態を保っている。どれだけ金をかけていることか。
「阿呆だな。金使うとこ間違ってんだよお前。ヒラヒラした服と頭に金かけなきゃ洗濯代くらい作れるだろ?一回何百円なんだし」
遂に耐えきれず、でも努めて軽い口調で今まで溜めていた非難を口にすると、葉月が口を引き結び黙った。
「チビ達の服はまだしも、聡のこれはねえだろ?いくら制服があるって言っても、お前の仕事着知ってると聡にも買ってやれるだろって言いたくなるよ」
この間も怪しいなと思ったが、目にするのが2度目になる聡の普段着は不憫だった。
擦り切れてぼろいだけならまだ良いのだが、袖も裾も長さが足らず、高校生それで良いのかと言う程のダサさだった。
おそらく中学の頃から着ているのだろう。
制服や部活のジャージ姿の今時の高校生ぜんとした聡とは別人の様だった。
押し黙る葉月と、雰囲気の悪さを感じて心配そうにする蒼汰の顔を見て言い過ぎたかもなと思うが、これくらい言って反省させてもいいだろう。
今のままでは聡が不憫すぎる。
「違うよ、藤堂さん」
聡が姉を庇う発言をするが、声音には何故か姉を馬鹿にしたような色も含んでいた。
「何が違うんだよ?姉ちゃんが自分のもんに金使ってんのは明らかだろ?」
「入ろう」
聡が俺を家の中に入るよう促した。
なぜ今と思いながらもついて行くと、玄関を入ったくらいで聡が言った。
「姉ちゃんは俺達のもんしか買ってないよ」
「え?」
台所に入ると、俺について来た蒼汰と一緒に葉月も入って来た。
聡がすぐにテレビを付けると、好きな番組がやっていたようで蒼汰がテレビの良く見える位置の椅子によじ登った。
葉月は今日初めて家の中に上がった俺に茶を入れるつもりか、古いコンロの前に立った。
今日もぶかぶかのデニムパンツにパーカーと、限りなくラフな格好をしている。
短い丈の服を着たつんつるてんの聡がその隣に並び、湯呑を出すのを手伝っている。
蒼汰の斜め向かいに腰を下ろすと、湯呑をテーブルに移動させた聡が俺の正面に座った。
「姉ちゃんのあれ、全部隣の女のお下がりなんだよ」
「ちょっと聡!」
葉月が勢いよく振り返り小さく叫んだ。
聡がそんな姉を睨む。
「言われて恥ずかしい位なら着るなよ」
「お下がりってあのヒラヒラが?」
尋ねると葉月が嫌そうな顔で俺から視線を外した。
「そう。あのヒラヒラが。隣のおばさんが娘の着なくなった服持ってくるんだよ。信じられねえよ、隣に住んでる年下の女の服恵んで貰って着てるなんて」
聡が姉より更に嫌そうな顔で吐き捨てた。嫌がって当然だ。
「俺も信じられねえ。そんなの貰わなくても今着てるそれでいいじゃん。最低限のプライドは人間として必要だぞ」
呆れてそう言うと葉月がすごい剣幕で俺に噛みついた。
「だって!これで出社出来ないでしょ?くたびれたパーカーと穴空いたジーンズで来る事務員いる?買えないんだからしょうがないじゃん!あんな綺麗な服見せられたら着たくもなるわよ!」
今までにない程怒鳴られたので、思わず低姿勢になって謝っていた。
「いや、そうだな。それで出社は困難かもな。悪かった」
聡がそんな姉に少しだけ反省の色が見える顔で言った。
「だから、バイト代で買えって」
「あんたのバイト代はあんたのよ!私の服なんかどうでも良いから学費貯めなさい!」
俺に怒鳴ったついでに仁王立ちで聡にも怒鳴っている。
「だから就職するって言ってるだろ」
「やりたいことあるなら就職しなさい。でもうちの家計の為だけに適当なとこに就職するなんて許さないって言ってるでしょ!」
うーん、これは部外者の俺が聞いていていいのか。
遮った方が良いのかと悩んでいると蒼汰が耳を塞いで言った。
「うるさいー。テレビきこえないよ」
年長の姉弟が揃って大人しくなった。




