2話 やるせない思い
深江さんは花嫁とは思えない程、勝手に歩き回り、普通に飲んでいた。
確かに、この場にいるのが自分の両親と、川瀬さんの親である隣家のおじさん、後は友人だけとなればそうなって当然かも知れないが、とにかくそれは披露宴ではなく、ただの飲み会だった。
深江さんが頭に生花をのせているだけの飲み会だ。
「ミサちゃん、はいこれどうぞ」
深江さんが小島さんを席から追い立て、俺らのテーブルに移ってきた。
手にした透明の袋には、式中持っていた小さめのブーケが入っていた。ピンクもブルーもオレンジも混ざらないただ白一色の、実に深江さんらしい花束だ。
「あんた、レジ袋に突っ込んで渡しても全くありがた味がないわよ」
香織先輩が深江さんの情緒のなさを非難しているが、それを差し出されたミサちゃんと呼ばれた女は口を開けて固まっていた。
「おーい、ミサちゃん。どうした?」
深江さんが空いた方の手を女の前で振った。
先程その指にはめられたばかりの、真新しい指輪がちらちらと光る。
「あ、えっと、だって先輩。それ香織先輩に・・・」
女がその先を続けにくそうに香織先輩を窺う。
失礼だろうお前。自分より随分年上の香織先輩がいき遅れてるから、先にどうぞっていうつもりかよ。
年配の男性社員をも打ちのめす香織先輩の毒舌に期待していると、香織先輩が予想外に柔らかい表情で女に微笑みかけた。深江さんも面白そうに笑っている。
「香織には既に要らないって言われてるから。次はミサちゃんだよ」
「そうよ遠慮しないで。こんなもの貰っても自分の部屋に飾る気もしないし、処分するのも気が引けるし、要らないもの」
なぜか深江さんに対して出た毒舌に、深江さんが素直に顔をしかめる。
「こんなものって言わないでよ。まあ確かに私も要らないけど。あ、もしかしてミサちゃんも要らない派?」
深江さんがそう言って袋ごと腕を引こうとすると、女が慌ててそれを掴んだ。
「要ります!飾ります。一生飾ります」
そう言って、深江さんの手から袋を奪い取った。
「いやいや、枯れる前に捨ててよ?うーん、ミサちゃんに幸せバトンタッチのつもりだったんだけど本当に邪魔なもの押し付けてる気がしてきた。こっちで捨てるわ」
深江さんが申し訳なさそうな顔で手を出すと、女が勢いよく首を振った。
「嫌です!」
そんな女を、深江さんと香織先輩がさも可愛いと言うような目見ていた。
ここにこの女がいるのは義理でもないのかも知れない。
女とのやり取りが一段落して、ようやく深江さんが俺を見た。
「あんたは何でいるのよ」
第一声がこれだもんなあ。
女の顔を確認するまでもなく、ざまあみろと思われていることだろう。
「川瀬さんに、絶対来いって言われました」
深江さんが呆れた顔をする。
「馬鹿ねえ、智久もあんたも。呼ばれたからって素直に来ることないじゃない」
深江さんは、俺が深江さんの式になど出たくなかったと分かってくれている様だ。
「来たくもなかったんですけど、ドレス姿は見たいような、複雑な気持ちだったんですよ」
深江さんがもう一度、馬鹿ねと言うような顔で俺を見た。
「他の男の為に着たドレス姿見てどうすんのよ」
せっかく深江さんが口を閉ざしていたのに、香織先輩にぐさりとやられた。
「その通りですね。来て後悔してますよ。何であんな綺麗だったんですか。すっぴんと別人じゃないですか」
深江さんが眉を寄せた。
「悪かったわね」
「別に悪くはないですよ。すっぴんにドレスでも良いから俺の嫁さんになって欲しかったです」
自分の口から愚痴っぽくこぼれた台詞に驚いた。
俺は深江さんが自分のところに来れば良いとは思っていたが、嫁に欲しいなどと思ったことはないはずだ。
第一結婚などこの年まで考えたこともないのに。式に出たことで一層傷が広がっていたようだ。
テーブルに視線を落としていた俺の肩に、深江さんの手がのった。
「何言ってんのよ。あんたが背中押してくれたから智久と上手くいったんじゃない」
間近から顔を覗かれひそかに動揺する。
眼鏡がなければ、大人げない動揺が深江さんに伝わっていたかも知れない。
頬杖をつき眼鏡を直すふりをして深江さんの視線を遮る。
「背中は押してません。口説いてたんですよ。言ったでしょう」
「嘘ばっかり。あんたそんなに捻くれてるとほんと損するわよ」
深江さんのいつにない俺を気遣う表情に辛さが増す。
「損ならもうでかいのしましたから、お気遣いなく」
本当にどうして深江さんに川瀬さんの気持ちを仄めかす様なことをしてしまったのだろう。
おそらく、一度川瀬さんとくっついてから、上手くいかなくなった時に俺の所に来ればいいと思ったのだ。
我ながら阿呆だな。お互いを自分自身より大切に思い合う二人が上手くいかない訳がないと、よく分かっていたはずなのに。