18話 子守
それから二人を車に積み、隆に聡のバイト先へ案内させた。
コンビニでレジに立っていた聡は弟達の姿を見て目をむいたが、接客中で拳骨は出来なかった。
菓子を一つずつ選ばせて、レジに並び、どこか遊びに連れて行って良いかを確認すると、お願いしますと頭を下げられた。
きっと聡も、子供二人だけで外に出しているのは本意ではないのだなと思った。
女もそうなのだろうか。子供を心配しながら家で何をしているのだろうか。
そもそも家にいるのだろうか。
ネットで検索した近場の大きな複合遊具のある公園へ連れて行くと、二人とも大はしゃぎだった。休日で混雑してはいたが、お構いなしにそれぞれが走り回り、二人の居場所を確認するのは困難を極めた。
すぐに隆を諦め、蒼汰のみに集中すると、隆より動作がゆっくりしている分何とか目が届いた。
隆が近くを通り掛かった時に、蒼汰見てるからお前は俺がどこにいるか気にしながら遊べよと声をかけると、変質者に拉致られそうになったら助けてねーと言いながら走って行った。
一応危機管理の意識はありそうだが、あまり子守を安請け合いするもんじゃないなと反省した。
デカすぎる遊び場の選択ミスをひやひやしながら後悔していたが、予想外に隆は行ったり来たりでちょこちょこ顔を見せに来た。
俺から離れれば危険だと思っているのか、それとも俺が心配すると思っているのか、とにかく、見た目より色々考えている子供の様だ。
蒼汰の世話も、隆に任せるのは中学生に任せたと言う感じなのかも知れない。
蒼汰はと言うと、最初馬鹿でかい遊具全体を隅々まで走っていたが、その後は比較的気に入ったところでばかり遊んでいたので助かった。
グルグル回る滑り台が気に入った様だ。後はブランコも長かった。
それにしても、一瞬目を離した隙にどこに行ったか分からなくなる子供を預かると言う行為には、携帯を見る暇もない程緊張感があるなと実感した。
コンビニで聡に確認した際、二人を家に帰すのは遅くても良いと言うことだった。
どちらかと言うと、遅い方が有難いというニュアンスだったので、飯まで食わせて帰そうかと言うと、謝った上で礼を言われた。
姉に比べれば人に頼ることが出来る様だ。
隆が言うように、女にこんな提案をすれば頑なに首を振るのは目に見えていた。
公園から車に戻り、二人を無事積み込んでほっとし、携帯の存在を思い出した。
直前に姉から着信1件とメールが1件届いていた。
『二人がお世話になってたみたいですみません。宜しくお願いします』
そう言えば連絡がなかった。きっと聡がわざとこの時間まで知らせなかったのだろう。
『今ファミレス。飯食ってから戻る』
まだ公園だったが、女に断られる前にファミレスに入ったことにした。
聡もそうして欲しいだろう。
女の負担を減らすため俺に頭を下げていたのは良く分かっていた。
「お前ら昼飯はどうしたんだ?」
尋ねるとリュックを持ち上げながら隆が答えた。二人に聞くと大体隆が答える。
「弁当!」
「買ったのか?」
隆がきょとんとした。
「いや?姉ちゃんが作ってくれる」
「いつも?」
「おう、休みの日はいつも作ってくれるよ。兄ちゃんは学校の日も毎日なんだ。いいだろ?」
また人の事で自慢げだ。
「良いな。今日は蒼汰の分もあったのか?」
蒼汰が嬉しそうに笑った。
「うん!こうえんでたかしとたべたんだよー。おいしかったー」
休みの日に弁当作ってまで子供を外に出す。帰りは遅ければ有難い、のは聡だけかも知れないが。
家で何が起こってるんだろうな。
「姉ちゃん今日家で何してんだ?」
一拍置いて何気なく隆が答える。
「洗濯とか掃除?」
「一緒に外で遊んだりはしないのか?」
「遊ぶ時は兄ちゃん。姉ちゃんは家にいる」
「そうか」
隆が若干不審そうだ。敏そうな奴なので探られているのが分かるのだろう。
「悪い。姉ちゃん疲れてるって言ってただろ?何でなのかなと思っただけだよ」
隆に説明すると、真面目な顔で頷いた。俺の不審な問の理由に納得はしたようだが、答えてはくれないようだ。
タブーだったかな。
「おばあちゃんがいるからだよ」
蒼汰がハンバーグをモグモグしながら言った。
おばあちゃん?
隆が微妙な顔をしている。
「不味かったか?」
隆に聞くと首を振った。
「別に。でもあんまり話したくない」
「そうか。悪かったな。食えよ」
不貞腐れた顔をする隆は、余り姉には似ていなかった。
女の家に着くころには二人とも寝入ってしまっていた。
また掛けてやるものがない。ブランケットでも買って乗せとこう。
『家の前に着いた。二人とも寝てるけど、どうすれば良い?』
『行きます』
すぐに返信があった。
車を降りて、室内に電気の付いたボロ家を見上げる。
廃屋に明かりが灯っている様で不気味ですらある。
隣にモダンな住宅が並んでいるのでなおさらどす黒く汚れて見えた。あれだな、失礼だけど、ゾンビ映画にそのまま使えそうだ。
歪んできちんと閉まらないのではと思われる薄い板の扉が開いて女が顔を出した。
カジュアルなカットソーに、デザインではない本気のダメージジーンズと言う出で立ちで、髪はフワフワと今時のままだったが会社での恰好よりは家に馴染んでいた。
何故かその女の姿にホッとする。自分の顔に自然と笑みが浮かぶのが分かった。
今女がいつものヒラヒラで出てきていたら、意図的ではなくても、蔑んだ目で見下ろしてしまっていたかも知れない。
一瞬驚いたように固まった女が、すぐに焦り顔で駆け寄ってきた。
「すいませんでした!遅くまで、ご飯までお世話になっちゃって!」
でかい声でそう言い、どっかの社長にするように深く頭を下げようとするので、額を押し戻して遮った。
「声でかい、起きるぞ。あー、これ起こした方が良いのか?」
子供のいる家の事が分からないので姉に尋ねると、慌てて首を振った。
「いいえ、今起こすと夜中まで寝ないからこのまま布団に運びます」
「こんな時間から寝て朝まで起きないのか?」
女に尋ねると頷いた。
「一日中外で遊んでて疲れてるはずだから」
ドアがきしむ音がして勝手口のような玄関に再び目をやると、聡が頭を下げながら出て来た。
俺の顔を見てもう一度頭を下げる。
最初のはドアが低くて身を屈めただけだったようだ。
「ありがとうございました。助かりました 」
礼儀正しい弟を示しながら姉に言う。
「こうやって礼言われる方が気分良いぞ」
お前も謝ってないで礼を言えと目で促すと、不貞腐れて頭を下げようとするので再び額を小突いて押し戻した。
「いた!何?」
「頭は何度も何度も下げなくていいんだよ」
「・・・ありがとうございました」
思い切り眉を寄せながら俺に礼を言う女が笑えた。




