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17話 苛立ちと物足りなさ 


昼前にベッドから起き上がり、ベランダのコンクリート塀に肘をつく。

周りを見回しても、マンションやビルばかりで面白いものはない。

最近減っていた煙草も、またこの一週間で増えてしまった。

一日休んで、続く土日で回復したらしい女から礼の連絡はあったが、素っ気ない返事を返したまま一週間が終わり週末を迎えてしまった。

外回りが多かったので社内で顔を合わせることもなかった。

たった数日だというのに、憎まれ口とその間に挟まる可愛らしい素の顔を見られないことに、なにか物足りなさのようなモノを感じ始めている。

こんなに気分になるんならやっぱり昼飯誘えば良かったな。

ぐだぐだ考えてないで、直接どの位貧しいんだって聞けばよかったんだよ。

それで、本当に極貧なら説教すれば良かったんだ。

気付けば女のことを考えイライラしている。

自分の中で固まりつつあった良い子のイメージが崩れかかっていて、ちゃらちゃらした外見のあの女に腹が立つのだろう。

あの女がどんな人間であったって俺が苛立って非難する筋合いなどない。

分かってはいるが、苛立ちはおさまらない。

冬頃は深江さんにもイライラしてたな。

気になり出してから振られるまでがあっという間だったため期間的には短かったが、あれも確かにイラついた。

明らかに好きあっているのに、お互いを大事に思いすぎて相手の気持ちに気付かない二人にイラついていた。

そんな男に自分が敵うはずがないことにも苛立った。

その苛立ちは二人が上手く行くと、虚しさに取って代わられた。

いつまで続くとも分からない虚しさを抱えるより苛立っている方がましだった。

そんな時にあの女に会ったのだ。

それから虚しさが徐々に薄れ、女への苛立ちが増した。

そしてこれから、あの女への虚しさが始まろうとしているのだろうか。

勘弁して欲しい。

いつの間にあの女にそこまで思い入れてしまったのだろう。


去年のキャンプの際に購入したアウトドア用の椅子にもたれると、塀と屋根の間からは澄んだ青空しか見えなかった。

くだらないことをつらつらと考えながら春の心地良い気候にうとうととしていると、パンツのポケットに入っていた携帯がふるえた。

手に取ると非通知の番号からだった。

怪訝に思うが気になる。

「はい」

「おにいちゃん?」

受話器から可愛らしい声が聞こえた。

「あ?蒼汰か?」

「うん」

姉の携帯からではなさそうだが、どこからかけているのだろうか。

「どこからかけてるんだ?」

ちょっと貸せ、と後ろから男の子供の声が聞こえた。

「藤堂さんですか?」

元気の良い声が喋りだした。

「そうだけど君は?」

「隆。ねえ藤堂さん車持ってるんだよね?どっか遊びに連れてってよ」

真ん中か。

「どこにいるんだ?姉ちゃんと聡は?」

「いない。あ、切れる、今」

慌てて付け足されたのは、姉弟の家の近くのショッピングモールの名前だった。

状況は掴めないが、慌てて家を出た。



来てはみたものの、この広い店内でどうやって兄弟を探すか。

まだここにいるのだろうか。

取り敢えずサービスカウンターに行き、隆の名前で呼び出してもらうことにした。

頭の回りそうな声だったし、店内にいればちゃんと出てくるだろう。

思った通り、ほどなく蒼汰の手を引く高学年位の小学生が駆けて来た。

細いが頼りなさはなく、いかにも活発な子供に見えた。

子供の割に精悍な顔立ちが上の兄に良く似ていた。

上の男二人はほぼ間違いなく同じ血が流れてるな。

「おーい!藤堂さん!」

だいぶ離れた場所からもう手を振っている。初対面だと言うのに人懐こい奴だ。

先ほどの電話の印象と違わない隆に思わず笑ってしまう。

隣の蒼汰はどこから走らされたのか、引きずられて息を切らし、俺を見てはいるが声は出せないようだった。

サービスカウンターに会釈し、隆が走るのをやめるようこっちから近付いた。

「よ。弟走らせ過ぎじゃないのか?」

手を上げると、隆の手を振り切った蒼汰が俺に手を伸ばしてきた。

つられて両手を差し出すと、にこにこと俺を見上げながら足に抱き付いて来た。

「おにいちゃん、こんにちはー」

「ああ、こんにちは」

可愛すぎる幼稚園児にやに下がり、さらさらの髪を撫でた。

「めがねはー?」

「ああ、今日してないな。休みの日はしないんだ。良く分かったな、俺だって」

「かみがいっしょだったもん」

髪か。目にかかる位に伸びた何の変哲もない黒い頭だけどな。

「二人で遊んでんのか?」

隆に向けて尋ねると、明るく頷いた。

「うん!いつもは俺友達と遊ぶんだけどさー。今日は姉ちゃんつかれてるから兄ちゃんがバイトからもどるまで蒼汰見てろって言われたんだよ」

「兄ちゃんに?」

隆が頷いた。

「成る程な。俺に電話しろって言われてたのか?」

まさかなと思いながら一応尋ねると、隆が笑った。

「兄ちゃんが言う訳ないじゃん!ばれたら兄ちゃんと姉ちゃんにげんこつされるよ」

朗らかに言う隆に蒼汰が非難の目を向けている。

「心配すんな。怒られるのは隆だ」

蒼汰の頭をぽんぽん叩いてやると、隆が口を尖らせた。

「でも、藤堂さんの番号知ってたの蒼汰だからな」

「たかしがおしえろっていったんだもん」

蒼汰が膨れた。姉によく似た顔に笑えた。

「お前すごいな。番号覚えてたの?」

「蒼汰、数字おぼえんの得意なんだぜ!」

何故か隆が自慢げなのも笑える。

「何で俺だったんだ?」

隆に尋ねると、頭の後ろで腕を組み悪びれずに言った。

「今日は友達もいなかったし、公園もここも飽きたし。川も行けねえし。遠くにも行けねえし、藤堂さん車あるって聞いたからどっか連れてって貰おうと思って」

蒼汰がいるせいで、移動範囲も狭く行動も制限され退屈なのだろう。

普段は自転車を乗り回して遠くまで行っていそうだ。

「姉ちゃんは何て言ってんだ?何時に帰れとか、どこは行くなとか」

「蒼汰がいるから近くの公園で遊べって言ってたけど、藤堂さん一緒なら別に良いんじゃねえの?」

隆があっけらかんと言う。

「いやー、どうかな。心配するんじゃないか?」

「どこに居るかも何してんのかもどうせ見えないじゃん。藤堂さんと遊んだっていつもと変わんないよ。それに子供だけより藤堂さんといる方がずっと安全だと思わん?」

確かに。隆が友達と遊んでるならともかく、こんな小さな子を連れて子供だけで出歩くなど今時考えられない。

何やってんだろうなあ、あの女。

「じゃあ姉ちゃんに俺と遊んで良いか聞いてみるか」

携帯を出そうとすると隆に腕を押さえられた。

「駄目だよ。姉ちゃんに聞いたらダメって言うに決まってるし怒られるし」

隆が必死だ。

「あー、でもどっちかには確認しないとな。じゃあ兄ちゃんのバイト先分かるか?」

隆が目を輝かせた。

「知ってる!姉ちゃんより兄ちゃんの方が可能性ある!」

「じゃあそこに行って、お前らどっか連れてって良いか確認とるか」

「やった!」







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