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15話 頑な


女子トイレの前で踏鞴を踏んだ俺を、深江さんが蹴るように中に押し込み、女を便器の前に屈ませた。

中腰にもなれないようで便所の床に座り込もうとするのを、慌てて後ろから脇を掴み支えた。

「だめ、何も出ない。目回る気持ち悪い」

絞り出すように女が呟く。声も出したくないぐらいしんどそうなので、俺らに対する報告だろう。

「早く車乗せて寝かせた方が良いんじゃない?ビニール袋探して来るから行ってて」

深江さんはそう言うと、嘔吐物を受け止めるには心もとなさすぎる小さいポリ袋を俺のスラックスのポケットにねじ込み走って行った。

「来い」

女の腕を引きさっきと同じように抱え上げようとすると、うう、と唸りながら俺の首に両腕を回した。

「その方が持ちやすい。掴まってろ」

力は弱すぎるが、腕が引っかかってるだけでも大分違う。

「気落ち悪い」

俺の首元に顔を埋めた女がうめく。

相当きつそうで、半分見える横顔が青ざめ冷や汗を浮かべている。じゃなきゃ社内で俺に抱き付いて運ばれたりはしないだろう。

「吐くか?」

深江さんが呼んで行ってくれていたエレベーターに乗り込みながら尋ねると、俺の肩に額を擦り付ける様にわずかに横に首を振った。

熱が高いのだろう。俺のシャツと女の服を介していても女の体が熱いのは感じられた。

ぐったりした人間一人を片手で抱えていられる程の力はないので、近くにあった自分の頬を女の額に当ててみると、汗ばんだ肌に張り付く前髪越しでさえ恐ろしく熱かった。

「お前熱いな。蒼汰は迎えに行ってやるから、途中病院に降ろすぞ」

女がまた緩く首を振る。

「家に解熱薬ある」

「今回もう病院にかかってるのか?」

答えない。違うのだろう。

「その薬で効くかどうか分からないだろ?念の為に行けよ。すぐ診てもらえるように言ってやる。車だから普段より時間はあるだろ?」

この間保育園前で遭遇した時間まではまだ少し余裕がある。

女は頑なに首を振った。

「何でだよ。そんな恰好して、極貧だからとか言うなよ」

女が弱々しく顔を上げ俺を睨んだが、その目も朦朧としていて声を出す度にひどく辛そうな息を吐いている。

「蒼汰のところに、お願いします」

苦しげに呟かれ、何も言えなくなった。



助手席に座らせてシートを倒してやると、ほっとした顔をして息を吐いた。

まだ青ざめて辛そうなことには変わりないが、横になっているだけで少しはましなのだろう。

「お前、帰ったら寝てられないんじゃないのか?」

深江さんから大量のレジ袋を受け取り車を出した後、苦しそうに息を吐く女を見ながらそう言った。

女は返事をせず目を瞑っていた。

「市販の解熱薬で効くんなら途中で買ってやるからすぐ飲め。効くまで時間かかるだろ」

女が薄く目を開いて定まらない視線で俺を見た。何か言いたげな顔だ。

「金なら、今週お前に食わせるはずだった飯代だと思え。それなら良いな?」

女がわずかに頷き俺を見たまま小さく呟いた。

「ありがとう」

強情だと思えばこうやって素直に礼を言うし、こっちも惑わされて大変だ。

目を瞑り苦しそうに息を吐く女の顔から目を逸らした。



近くのドラッグストアに寄り、女が普段から使っているらしい解熱鎮痛剤を飲ませた。

少しでも動くと目が回り猛烈に気持ちが悪くなると、しゃべるのも水を飲み込むのも必死の様子だった。

「デカい弟に連絡してやるから番号教えろ」

だるそうにシートにもたれる女に言うとぼんやりと答えた。

「あの子携帯もってない」

「連絡取れないのか?」

朦朧としているので返事までに時間がかかる。

「頑張って考えろ。学校かバイト先は?」

「山田先生。バッグに携帯」

確認を取って返事させるのもきつそうなので、構わず後部座席から女のバッグを取り中を探った。

ストラップも何も付いていない懐かしい手触りの物を引っ張り出すと、傷だらけでぼろぼろのガラケーだった。

極貧の影がほんの少し垣間見えるが、女の姿はやはり今時の一般的な若い娘だった。

他の字を極力目に入れないようにして山田を探し、通話ボタンを押す。

どんな人間が出るのやらさっぱり分からないが、助手席の女は目を瞑ってぐったりとしていてなるべく話しかけない方が良いのは間違いなかった。

「はい」

野太い男の声だった。

「こんにちは」

「は、あれ」

女の名前が出ていたのだろう。怪訝な声が聞こえた。

「すいません。自分は葉月の同僚で藤堂と言います。葉月の弟さんと繋いでいただくことは可能でしょうか」

「あ、分かりました。いますよ。おい!葉月!」

弟を呼ぶでかい声が聞こえる。すぐに連絡がついて助かった。

「姉さんの携帯で藤堂さんて方からだ。知ってる人か?」

電話が渡っているのだろう。

「はい」

息を切らした弟の声が聞こえた。

「部活中か?姉ちゃんが熱出してぶっ倒れてるけど、すぐ家に戻れるか?」

一瞬の間の後すぐに返答があった。

「はい。すぐ戻ります。30分位かかりますけど、姉ちゃん今?」

「車で送ってる途中だよ。蒼汰のところに寄って連れて帰るけど良いよな」

「はい。お願いします。ありがとうございます」

「お前は?迎えに行こうか?学校どこだ?」

しばらく間があった。考えているのだろう。

「いや、大丈夫です。自分で帰った方が早いです。家まで行って貰ってて良いですか?」

「ああ分かった。じゃあ住所教えてくれ」

「姉ちゃん喋れないんですか?」

心配そうな声で聞かれたので、安心させるように笑ってやる。

「喋ってるよ。薬飲んで休んでるからしばらくしたら大丈夫だろ」

「良かった」

姉思いの優しい弟の存在は女の為に心強かった。


女は相変わらずきつそうだった。

薬を飲んだ後はドアの方に身体を向けて丸まる様に縮こまっていた。

今更ながら寒いのかも知れないと思いあたるが、スーツの上着くらいしか掛けるものがない。

後部座席から上着を取ると、女の上に広げようとして躊躇した。

今まで敢えて目を逸らしていたが、車に乗せた時から徐々に身体がずり下がり、足が太腿の真ん中あたりまで覗いていた。

スカートの裾を気にする余裕も無いほどきついのは分かるが、薄いストッキングに包まれた生々しい足は太くはないのに肉感的で目をやらずにいられなかった。

すぐに凝視していた自分を反省し、腰から下に上着をかぶせたが、やはり寒かったのだろう、酷いことに目を閉じたままの女がそれを肩まで引っ張り上げた。

上着に引きずられ一緒にめくれ上がろうとするスカートの裾を、思わず出た自分の手が逆方向に引き下ろした。

自分の反射的な動きに驚きつつすぐに手を離したが、女は俺が自分の服に触れた事さえもどうでも良いらしく一切反応を見せず、おかげで太腿もしっかり隠れ、車内に平和が訪れた。

危うくストッキングに中身が透けるエロい尻が丸出しになるところだぞ。

根が善人の俺に感謝しろよ、と溜息を吐いた。








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