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14話 愛される女


外回りを終え帰社する車内で携帯がふるえた。

終業時刻を過ぎ、7時になろうとしている。

小島さんらが飲んでんのかな。

信号で止まったタイミングで確認すると、女のアドレスからだった。

未だ登録はしておらず、弟達の名前を組み合わせてもじったアルファベットの羅列が表示されていた。

女と登録するか、葉月と登録するか迷うところだ。

『おにいちゃんこのまえありがとう。蒼汰』

蒼汰で登録決定だな。思わぬ差出人に笑みが浮かぶ。

『げんきになったか?』

指が無意識に変換してしまった漢字を、相手は園児だったと気付いて平仮名に戻した。

信号が変わり走り出す。

次に停車した際確認した返信に、また笑えた。

『ぼくはげんき。たかしがねつ』

うつったんだな。

『ねえちゃんにマスクさせとけよ』

『分かりました』

突然女の口調になり堪らず吹き出した。



焼肉定食から一週経っていたし明日の昼間は社にいる予定だったので、先週と同じく飲み帰り電車の中から女に連絡した。

『明日飯行くぞ。中華とカツのリベンジどっちがいい?』

『カツが良いです。けど都合が悪いのでまた今度お願いします』

カツが良いと言っているのだから、俺との昼飯を拒否されているわけではないだろう。

昼一の会議の準備でも入ってんのかも知れないな。

『分かった。お休み』

自分が打った『お休み』の文字を見る度に、彼女でもないのにと、物凄い違和感がある。

友達や知り合いにでも使う単語だっただろうか。

終わった気になっていた会話が続いていた。

『この間蒼汰のメールに返事ありがとう。すごく喜んでました』

『いつでもどうぞ。もうひとりは復活したか?』

『隆はまだ熱あるけどずっと元気です』

見た事もない隆を想像して笑えた。

『お大事に』

『お大事にして欲しいんですけどね。ありがとう。お休みなさい』

携帯相手に一人薄ら笑う自分が気持ち悪い。アルコール入りで、電車内でのやり取りは本気で控えた方が良い。



翌日、深江さんから電話があった。

終業前に電話があるなど初めてだ。いや、電話がかかってきたこと自体が初めてか?

メールではなかったことに緊急性を感じる。

運転中だったが、スピーカーにして電話を取った。

「はい」

「藤堂?今どこにいる?」

「社に向かってるとこです。後10分位かな」

そう言うと深江さんが息を吐いた。

「良かった。今日すぐ帰れる?いや、急ぎの仕事がないなら、取り敢えず一回あがって欲しいんだけど。いや急ぎが有っても誰か他に頼んであがって」

「ちょっと、落ち着いて。仕事は竹原に頼めますけど、何ですか?」

「ミサちゃん熱出しちゃって、我慢してたんだろうけど終業間際に急にふにゃふにゃになって、一人で帰れなさそうだから病院よって送ってやってよ。送ってやろうかって顔してる男は何人かいるんだけど、保育園のお迎えあると思うから、あんたが行った方が良いでしょ?私も運転は出来るけど、ミサちゃん抱えられないし。付き添いで一緒に行ったほうが、ああでもミサちゃんの分も仕事が残って」

凄い勢いでしゃべり続ける深江さんも考えがまとまっていないようだ。

「分かりました。えーと、後5分で着きます。上まで連れに行くんで荷物だけ準備しといて貰えます?」

そう言うと深江さんがほっとしたように、ありがとと言った。


地下にある駐車場に車を入れ、直接深江さん達のフロアまで上がった。

家に持ち帰るべき荷物は車の中だ。自分の席に戻る必要がなく丁度良かった。

通路を過ぎ女の部署に立入ると、深江さんがすぐに気付いて俺を手招いた。

「お疲れ様です」

俺に視線を集める社員らにまとめて挨拶し、お前の役目は承知している頼んだぞという様子で手を上げた部長に会釈だけして部屋の奥に進む。

深江さんの隣で、茶色のフワフワがデスクに突っ伏していた。

「ミサちゃん。藤堂来たよ。立てる?」

深江さんが俺らには聞かせたこともないような優しい声で女に呼びかけると、頭を少しずらした女の目が俺を確認した。

一応目は開いているが、えらくダルそうでぐったりとし、まるでこの間の蒼汰と同じだった。

「マスクしとけって言ったろ」

真横まで行き見下ろしてそう言うと、ちゃんと開けていない目を一層細める様にして俺を睨んだ。

「してたし」

言い返す気力はあるようだ。

立てるかもなと眺めていると、机に肘を立ててなんとか身体を起こし、椅子をひいた。

深江さんに支えられてゆっくり立ち上がったが、眩暈がしたようでまた椅子に戻ってしまった。

深江さんが目で「行け」と俺に命令するので、諦めて軽く息を吐き、椅子の背にもたれて額を押さえる女の横に屈んだ。

「治まったか?」

女がだるそうに俺を見る。

「うん。でも気持ち悪」

女の腕を掴み自分の肩に回し、背中と椅子の間に手を突っ込んだ。

「歩きます」

嫌そうに弱々しく身体を離そうとする女を引っ張り、さっさと抱き上げる。

元気は口だけのようでぐったりと体重を預けてくる女は思ったより軽かった。

良かった。抱えられないなんて無様なことにならなくて。

恐ろしい程力持ちの旦那を持つ深江さんに、小柄な女を抱えてふらつくようなみっとも無い姿は見せたくなかった。

立ち上がりながらヒラヒラしたスカートの中がやばそうだと気づき、スカートごと

抱きなおす。

深江さんとその他の社員に挨拶をしようと顔をあげると、特に同年の男どものにやつく視線が痛かった。

「思ったより恥ずかしいな。おんぶにするか?」

親しい社員達を睨みながら女に言うと、目をきつく瞑ったまま弱々しい声で唸るように答えた。

「どっちでもいい。吐きそう」

「げ。深江さん吐くって言ってます」

「マジで!トイレトイレ!」

適当に周りの奴らに挨拶して先を行く深江さんに続くと、後ろから多くの声が追いかけてきた。

「ミサちゃん無理しちゃダメよー」

「藤堂変なことすんなよ!」

「葉月便所まで耐えろ」

「気を付けて帰れよ」

「明日は休みなさーい」

一緒に働く奴らにこんなに愛されてる女は、くだらない噂を信じるしか脳のない俺より、ずっと上等な人間なのだろうと思った。









携帯を気にしながらの運転は駄目です。

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