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11話 とんかつ


「藤堂。葉月さん来てるぞ」

出社してすぐ給湯室でコーヒーを入れていると、竹原が顔を出した。

昨日顔を合わせずに帰ったので、来るような気はしていた。

「分かった」

竹原が顔を引っ込めるのを見送り、不味いインスタントコーヒーを眠気覚ましの為だけに一口啜った。

俺が通路にでる前に女が給湯室に入ってきた。

今日もフワフワしている。

俺を見上げる何となく気まずそうな目を見ていると、女が頭を下げた。

「昨日はありがとうございました」

頭を上げるのを待って答える。

「朝一で来ることないだろ。メールでも礼言われたしもう良いよ」

女が眉を寄せた。不服そうだ。

「でも、気になって。本当に助かりました」

「熱は下がったか?」

「はい。まだ微熱はありますけど、元気です」

「良かったな」

そう言うと女が困った様に顔を歪めた後、笑った。

にこっと笑ったその顔は、昨日の子供の顔と良く似ていた。

「お前敬語戻ってるぞ」

そうフワフワの頭に向かって言うと、怪訝な表情で首をわずかに傾けた。

「お前と同じ理由で必要ない」

女が考える顔をした後また不服そうな表情を見せた。

「私は昨日からちゃんと藤堂さんに敬意を持って話してます」

「一昨日まではそうじゃなかったんだろ。もう今更必要ないよ」

柔らかそうな頬が膨れて面白かった。

「それでお前、」

言いかけると通路に人の話し声が聞こえた。

こっちに向かってきている様だ。

女が言葉の続きを待ち子犬みたいな顔で俺を見上げているが、手を振って戻れと促した。

「お礼にお昼奢ります。社食で良いですか?」

女が慌てて続けた。

過ぎた礼を適当に断ろうとして、少し考える。

「外で食うぞ。昼までに連絡する」

返事を待たずに給湯室を出た。



二人連れだって社から出るのも嫌だろうと、勝手に決めた定食屋の近くに来るよう指示した。

目印の建物の前で必要もないのに携帯に目を落としていると、フワフワが視界に入った。

「お待たせしました」

顔を見て無言で歩き出す。女はふくれっ面でついて来た。

茶色でフワフワの犬を連れている様な気分だった。


「俺の分は自分で払うから」

メニューを見る女に頬杖をついたままそう言うと、え?と顔を上げた。

「だってそれじゃ」

「ここにいる意味が分からないって顔してんな。失礼だろ」

また不貞腐れた顔をした。

「だってそうでしょ。お礼のつもりだったのに意味ないじゃない。お弁当持ってくるんだった」

「けち臭いな」

予想以上に睨まれた。

「金が惜しいんなら払ってやるよ」

笑って見せると、俺が勘定を持つための冗談だとは分かったのだろうが結局また睨まれた。

「ほんと嫌な奴ね。昨日は良い人だったのに最悪。捻くれ過ぎよ」

「気にいらない男と飯食いに来た時は払わせとけば良いんだよ。媚びるの得意だろ」

そう言うと膨れた頬が更に膨れた。おもしれえ。

「じゃあ奢って。うち極貧なんで」

耐えきれず吹き出す。

「お前それ、媚びじゃないだろ」

笑う俺を女が奇妙なモノを見る様な顔で見ていた。


注文した飯はすぐに運ばれて来た。

早くてそこそこうまいのが売りの店だ。

「お前、昨日のこと口止めしないでも良いのか?」

朝中断した問を口にすると、女がとんかつに噛みつきながら首を振った。

「何で。今まで隠してたんだろ」

考えてみると何故気付かなかったのか我ながら馬鹿らしかった。


深江さん達が気に入るこの女が仕事をしないのは、出来ないからに違いなかった。

事情が有り残業が出来ないのだろう。

噂だけに振り回されてそんなことにも気づかない自分の馬鹿さ加減に呆れる。

子供も事情のひとつなのかも知れないが、昨日家がどうのこうの言っていた様子を思えば、理由がそれだけだとも思えなかった。

口をもぐもぐさせ中のモノを急いで飲み込んだ女が、さらに水をこくんと一口飲んでからようやく口を開いた。

「良いんです。元々あたしの勝手で周りには言ってなかっただけだし」

「まあ別にわざわざ言いふらすつもりもないけど、誰が知ってんだ?深江さんは知ってるんだろ?」

「深江先輩は勿論、うちの部の上の方の人達も、社長も知ってるけど、」

女が不審そうな目で俺を見た。

「なんだよ?」

「もしかして、私の子だと思ってる?」

何となく期待していた答えでほっとする。

「違うのか?」

女が溜息を吐いた。

「入社前に生んだってこと?違います。弟です」

言葉がぐちゃぐちゃだ。入社年度に拘り上下を気にする俺とは違い、年上の人間には敬語を使う方がこの女にとって自然なことなのだろうと今になればそう思える。

この女が俺の立場なら、年下の先輩らにも抵抗なく敬語を使うのだろう。大きい方の弟も礼儀正しかった。

「何だ。じゃあ何で隠してたんだよ。まあ自分の子供だとしても別に隠す必要はないと思うけど」

女が黙った。


「まあ良い。悪かったな。事情があんのに勘違いして今まで態度悪かった」

頭を下げる気にはならないが、一応自己満足のため適当に謝罪した。

「いえ、どんな理由があったって他の人より早く帰ってるのは事実ですから。深江先輩さえ分かってくださってれば他の人に何言われてようと気にはならないし」

自分の悪評を知っているようだ。

「そのわりに俺に突っかかってたな」

「私のこと嫌ってる人にわざわざ良い顔する必要ないでしょ」

女が不貞腐れてとんかつを食べ始める。

「じゃああの胡散臭い笑顔は良い顔してた訳じゃないのか」

「胡散臭いって何?もう絶対藤堂さんには笑わない」

変な宣言をさせてしまったが、恨めしそうな女の顔が面白かった。








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