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10話 微笑ましい光景


女は相変わらずぐったりした子供の様子が気になる様だったが、余程家に重大な何かが待っているのか、小走りで病院を出て行った。


ソファに寝かせられた子供は寒さを感じているのか身体をぎゅっと丸め、荒い呼吸をしていた。

女に抱えられ車から移動する間も一度も目を開けず、相当辛そうだった。

ためらった末、子供をソファから抱き上げ膝の上に横抱きにする。

子供の細く小さな身体は驚く程熱かった。俺の身体の方が子供のそれより当然冷たいだろうがソファに寝かせとくよりはましだろう。

初めて経験した幼い子供の頼りない身体の感触に思わず抱える腕に力が入る。

まずいな。案の定子供が目を開いた。

「だれ?」

俺の顔に虚ろな視線を合わせた子供は、当然の問いを口にした。

考えたところで確認していないので、この子供とあの女の関係は分からない。

具合が悪く心細いだろう幼い子供にどう答えれば安心させられるだろう。

「ミサの友達だよ」

子供が微かに頷いて目を閉じた。間違えなかったようだ。良かった。


それから子供の具合の悪さを心配した気の良い看護師に毛布を出してもらい、診察もさっさと受けられ、点滴すると言われた。

子供の辛さもましになるだろうし、ただ迎えを待つより有意義だ。

今流行っている風邪だと言うことで気も楽になった。

一応女にその旨を伝える為、受付に連絡先を確認しようとして思い出した。

深江さんの事で来ていたメールがあの女からだったのだ。

あれに返信すればいい。

返信がなければ受付に聞いて電話しよう。

点滴を受けさせて良いかと言う内容のメールを送ると、向こうも気にしていたのだろうすぐに返って来た。

「点滴お願いします。本当にありがとうございます。葉月」

女の苗字が葉月というのだと思い出した。


点滴を受けているうちに病院は診療時間を終えてしまい、待合室は俺だけになっていた。

「お兄さん、そうたちゃん目が覚めたみたいだから行ってあげて下さい」

看護師にそう促される。

いや、俺が行ってもあいつ俺のこと知らないし、と思うが、子供も一人じゃ心細いだろう。

子供はお利口にベッドに転がっていた。

「ちょっとは辛くなくなったか?」

ベッド脇の椅子に腰を下ろしながら子供に尋ねると、俺を見てにこっと笑った。

さっきは苦しそうな顔をしていて良く分からなかったが、可愛らしい顔をしている。

葉月にも似ているかも知れない。

「は、ミサの弟が迎えに来てくれるってよ。ちょっと待ってろな」

葉月と言いかけて言い直す。おそらくこいつも葉月だろう。

「たかし?さとし?」

子供が俺に可愛らしい声で尋ねる。

まだ少しダルそうで視点の定まらない目が時々揺れていた。

「二人いるのか。聡だって言ってたぞ。そいつが来るまで俺が一緒にいるから心配すんな。ミサにメールするか?」

携帯を見せてやると、子供が嬉しそうにこくりと頷いた。


ベッドに肘をつき、仰向けに寝る子供の顔の前に携帯を支えてやり、操作を教えてやると、滅茶苦茶喜んだ。

スマホをさわるのが初めてだった様だ。そりゃ面白いだろう。

途中病院だと言うことに気付き、一応看護師に確認すると、苦笑いで良いんじゃないですかと言われた。

小さい指先が一生懸命動くのを見ているのはなかなか面白かった。

「何て書くんだ」

子供に尋ねると、俺を見てにこっと笑った。

「げんきになったよって。あとね、ごはんなにってかく」

ご飯かよ。ミサちゃんはご飯どころじゃないんじゃないのか。

子供の能天気さが可愛くて笑うと、子供も笑った。気分も良さそうだ。

「元気になって良かったな。でも薬でちょっと熱が下がってるだけだから、お前まだ病気だぞ。家帰ってもちゃんと寝とけよ」

子供の頭を撫でると柔らかくサラサラで気持ち良かった。

くせになりそうだな。


再び携帯に夢中になった子供の頭を撫でまわしていると、個室のドアが開いた。

看護師でも医者でもなく制服姿の高校生男子だった。

「あ、さとし!」

子供が笑顔を見せ、高校生もほっとしたように息を吐いた。

これだな。

立ち上がると高校生が俺に頭を下げた。黒髪で軽い感じではないが、整った顔形をしていて今時の高校生という雰囲気だった。

「葉月です。付いててくださってありがとうございました」

「いや、じゃあ、俺はこれで」

姉と違い子供を抱いて歩くのに苦もなさそうな体格だ。

車で送る必要はなさそうだ。

子供が俺の携帯を持っているのを思い出し尋ねる。

「終わったか?俺もう帰るぞ」

「まっておにいちゃん、あとちょっとだから」

子供に懇願された。

点滴を見るともう一息という感じだった。

「じゃあ点滴終わるまでな」

たかしだかさとしだかが子供の近くに行くだろうと、ドア側に立って腕を組んでいると、中に進みかけた高校生が俺にもう一度頭を下げた。

前髪からのぞく額に汗が浮いている。どこからかは知らないが子供の為に急いで来たのだろう。

愛想は良くないが好感が持てた。

「部活中だった?」

「あ、いや、バイトです」

高校生が俺の方を向いた。

今でこそ俺とそう身長は変わらないが、まだまだ伸びそうな雰囲気だ。

「そう、急に呼び出されて大変だったね」

「いや、ご迷惑おかけしました」

また頭を下げようとするので手で止めた。

「俺、通りかかっただけだから」

高校生が初めて表情を見せ、怪訝な顔をした。

「姉に呼ばれたんじゃないんですか?」

苦笑いで手を振った。この様子では姉と親しい仲だと勘違いしていそうだな。

「いや、その子を抱えて保育所を出てきたところに偶然通りかかって。ああ、職場の同僚だって聞いてる?」

高校生が頷いた。

「携帯の番号も知らないんだよ。アドレスだけ分かるからあの子のメールに病院着いたって足して送信しといて」

高校生が子供の使っている携帯を見て不貞腐れたような微妙な顔をした。

「俺、使い方あんまり知らないんで」

年齢より落ち着いた印象だった高校生がいきなり子供っぽく見えて笑えた。

「さわれば分かるよ。あの子も自分でやってるし」

「いや、俺はいいです」

高校生が面白くなさそうな顔で遠慮した。素直になれない年頃だな。

「練習しとけば。友達の前で恥かくより今使える様になってたほうが良いと思うぞ?」

不貞腐れながらも考え直した高校生はベッド脇の椅子に座り、子供と頭を突き合わせて二人で仲良く携帯を触り出した。

微笑ましい光景だったし、男子高校生までも可愛いと感じる自分に年を感じて可笑しかった。











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