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第0話

コンピューターで埋め尽くされた部屋の中央部で、一人の金髪の女性が椅子に座って画面を見つめる。彼女は自分の頭にヘッドホン型の量子通信装置を取り付けると、バイザーを下ろしてつぶやく。


「ソーシャルネットワーク、ダイブ」


すると、彼女は数秒後に仮想空間(VR)へと意識をダイブさせる。彼女がダイブしたのは、現実世界と同じく生活することができる通常世界ソーシャルネットワークと呼ばれる仮想空間だ。


現実世界と違い、ファンタジックな街並みが広がっている。本人の代わりとなる動物や妖精などのアバター達が行き交う中、天使の姿をした女性のアバターは、友人たちとの待ち合わせ場所であるカフェのコミュニティーへと向かう。


「こっちよ」


「ごめん!待った!?」


現実世界と感覚を共有するため、息が切れている天使のアバターに、黒ウサギの姿をしたアバターは「大丈夫よ」と言って席へと座らせる。


「例の物は手に入ったの?」


「えぇ、あなたの望み通り」


「約束の金額は指定された口座に振り込んでおいたわ。後は、あなたからそれを頂くだけ」


「確認するから」


黒ウサギのアバターは空中に3Dタッチパネルを投影すると、口座に入金が完了したという通知を確認する。今度は、別のタッチパネルを投影し、フォルダを開いてあるファイルを天使のアバターに向けて送信する。


「来たわ。これが例の?」


「私は嘘をつかないわ。それをどう使おうとあなたの勝手だから」


「まぁいいわ。じゃ、さようなら」


「えぇ、さようなら」


天使のアバターはカフェのコミュニティーからログアウトする。天使が去った後、黒ウサギの隣に道化師ピエロのアバターが現れる。


「契約は成立したのか?」


「えぇ、単純なバカで助かったわ」


「これでまた一人、知識を集めれることができるな」


「全てはアリスのため」


黒ウサギは不気味な笑みを浮かべると、道化師と共にコミュニティーからログアウトする。



「うわぁ、また派手に吹っ飛んだなぁ」


頭部だけが木っ端微塵に吹き飛んで、身体が椅子に座ったままの女性の遺体を眺めながら、公安警察特殊事件捜査課(Public security police Special incident Policy Division)第一課長の室戸むろと雅男まさおは現場検証を行う。


「これで何人目ですか、室戸課長?」


「都内だけで20人、全国じゃあ100人以上の犠牲者が出ている。これはもう、重大案件だよ」


「ただの事故……では無さそうですね」


「香月、お前の感はよく当たるが。真面目なのは俺の前だけにしとけよ?」


「分かってます」


香月と呼ばれた捜査官は、自分の後頭部に取り付けている通信端末機のプラグに、被害者のパソコンのコードを接続する。


「少し待ってください」


手袋をはめ、指紋が残らないように処理をしてから、香月はキーボードを打ち始める。


「データでました。被害者ガイシャは都立海洋大学の二回生、遠藤瞳、20歳。アバター名はジュエルエンジェル。直前まで、誰かと接触した形跡があります」


「分かった。あとは鑑識に任そう。俺たちはデータ持って帰って本部で調査だ」


「はい」


被害者のパソコンから必要なデータを、香月は自分の量子通信装置ブレインへとインストールする。しばらくして現場へ来た鑑識課に後を任し、現場前に止めていた黒塗りのアウディへと乗り込む。


「そういえば、明日から新人がひとり特事課うちに来るらしいぞ?何でも、《Arkadia System》のお墨付きらしい」


「この時期に新人ですか?」


「飛びっきり優秀な子らしい。面倒はお前が見てくれ」


「拒否権は?」


「ない」


「ですよね。そういえば、ガイシャの持っていたデータに不審なものがありました。大半はウイルスによって削除されてたんですが、ファイル名に《Pandora》と」


「パンドラ?あの、ギリシア神話に出てくる厄災の神ってやつか?」


「えぇ、厄介なことになりそうですよ」


2050年の東京の空も、いつもと変わらず快晴だった。

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