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風紡ぎ唄  作者: 飛水一楽
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…4 神隠し 

耕したり、田植えをしながら、大人達は各々知っている物語を語り出す。ひい爺さんの前って何爺さんて言ったか、その時代までざらに遡る。先の戦でもここは被害を免れた……とか云々。


大人達は何度も同じような話をし、手伝わされる子供はうんざりしながらもいつのまにか覚えてしまう。そして自分が大人になれば同じことをしてしまう。その繰り返しだ。

 

もっと知ってる者もいる。そういう覚える専門は語り部だ。いつの時代だか分からないような事を、昨日の事のように、まるで自分の体験談のように話す。祭の席で、それこそ夜が更けるまで。

かくいう俺も幼い時分、数え切れないくらい聞いた。だから、忘れたくても忘れられねぇ。 






そんな平和ぼけした千久楽に、ある日事件が起きた。

ーー〝神隠し〟

人さらいとの懸念もあって、あの時はさすがに静かな里にも動揺が広がった。結局は事故だった。子供が崖から足を踏み外して死んだ。入らずの森の奥で。……俺の弟だった。


入らずの森は禁足の地。森の入り口には太い注連縄が垂れ……なんとなく不気味だ。聞いた話じゃ奥には人除けの鈴も張りめぐらしてるらしい。地元の者さえ普段近付かない。けど子供達は森の周りでよく遊んだ。肝だめしとか、かくれんぼとか。隠れるには恰好の場所だから。俺らにとっては身近な場所だったんだ。

 

弟がいなくなって、皆は必死で探したけど、とうとう見つからなかった。俺たちはただ遊んでいただけ。かくれんぼをしてただけなのに。

〝かこめ かこめ〟は復活の遊びだ。鬼になっても一度はチャンスが与えられる。自分の後ろに来た奴を当てればそいつが鬼になり、自分は鬼じゃなくなる。復活できるってわけ。俺が最初鬼だった。目を塞いでかがむ。その周りを回る子供達。

  かーこめ かこめ……

弟は鬼じゃなくてもおどおどしてる。俺は弟がかわいくて、どんな時でも弟を指名した。弟は慌てる。後ろの正面にいたのが、あの時弟じゃなかったら、俺が鬼のままなら、弟は行方不明にはならなかったかもしれない。






親父は変わった。随分前のことだからうろ覚えだけど、多分弟が死んでからだ。精神的に不安定になって酒に溺れていった。仕舞いには家族に暴力ってわけだ。

 

葬儀は密葬だった。家族の他に神社の宮司と、近所住人の数名のみの。

「お前……お兄ちゃんだろ?お前がついていながら何で……何であの子はいなくなったんだ!」

棺にすがって泣く親父を俺が座らせようとした時、いきなりビンタが飛んできた。帰ってくるなり葬式だもんな。さすがに俺もそん時は反抗しなかった。


親父は出張先からようやく千久楽に着いた。途中で転んだらしく、スーツがところどころ擦れて汚れていた。

止めに入ったお袋を親父が振り払った。お袋は壁に肩を強くぶつけた。そのお袋を宮司が支え起こした。宮司は目を伏せながら一部始終を静かに説明し始めた。


俺たちがかくれんぼして森に入ったこと、弟が森の奥ーー見晴らしの崖から落下していたこと。俺が弟を見つけたことも。 

なぜ、弟が森の奥になんか行ったのか、行けたのか今でも謎のままだ。怖がりはずなのに、子供の足で、あんな奥まで。……俺たちを探すため?それともーー

呆然とする俺の袖を親父が掴み、揺する。

「どうして、お前……あの子の居場所が分かったんだ」

その言葉の向こうにある疑心に俺はすかさず気づき、身構えた。

「まさか、お前がーー」

「神隠しじゃ」

裏返った親父の声を打ち消すように、低く、威厳のある声が響いた。俺はすぐにその声の主を探した。大人達に紛れるように座るこじんまりとした老人。名倉の爺さんーー後に俺の剣術の師匠となる。背筋が伸びて、眼光は鋭く、有無を言わさない迫力がある。

「あの子は神の内……風の神が連れていかれたのだ」

周囲の大人達はみな項垂れている。親父はそれきりーー息をしているのか分からないくらい、ひっそりと黙りこんでいた。


元々気性の激しい男だったんだ、親父は。小さい頃から厳しくて、俺は次第に反抗するようになっていた。殴られるなんてしょっ中さ。

『なんだ、その目は――』

殴られて吹っ飛んだ。柱に背中をぶつけて、一瞬息ができなくなる。必死な顔をしてお袋が駆け寄ってきて、抱きしめた。あの頃はお袋にすっぽり包まれるくらい、体は小さかったんだと思う。

ごめんね、ごめんね、と耳元で繰り返すお袋。疲れきったか細い声で。ぽたぽたと落ちる生温い水。どんどん落ちて、俺の服に大きな染みができる。かわいそうなお袋。何も悪くないのに、いつも泣いてばかりいる。


後に親父が死んでから知ったことだが、親父は俺が自分の子じゃないと疑っていたらしい。俺の眼の色が薄く紫がかっていたがゆえに。

眼の薄いやつなんか千久楽(ここ)じゃたまに見かけるだろうが。地域性だ地域性。……今の俺ならそう突っ込めるけどな。

確かめる方法ならあったはずだ。千久楽が辺境とはいえ、DNA検査の一つや二つ、町の病院でやってくれるだろう。変な所で気が弱い男だった。どうしようもない大人。こいつさえいなければ、お袋は泣かないで済む。いつかぶっ倒してやる。そう思ってた。だから俺は喧嘩に負けなかった。強くなって、いつかーー


それとは逆に、弟はおとなしくて、従順で、親父のお気に入りだった。

だからって、俺は弟をうとましく思ったことなんて一度もない。あいつは心が優しかったから。だから父親にも気を遣って逆らわない。親父の笑顔が見たくて言う通りにしてただけなんだ。まだ5歳だっていうのに、それこそ神童みたいだった。


だから……寂しがりやの神サマが可愛さのあまり、あいつを連れていっちまった。そう、思ったんだ。

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