百一歩目~百二十歩目
101.
わたしは、たびねずみ。
もりの、なか。
ふたりの、おさない、きょうだいに、であいました。
かれらは、かぞくに、すてられた、そうです。
けれども、ふたりは、わらって、いいます。
やっと、ふたりきりに、なれた。
そして、しっかと、ほどけぬよう、てを、にぎり、たちさりました。
ちう。
102.
わたしは、たびねずみ。
ことばも、また、たびびと、です。
いちど、たびだって、しまうと、なかなか、かえって、きません。
たびの、あいだには、にもつが、ふえることも、まま、あるでしょう。
だから、たびだちは、しんちょうに、ならざるを、えないのです。
いつでも、だれでも。
ちう。
103.
わたしは、たびねずみ。
ぼくは、うつくしいもの、いがいは、きえれば、よいと、おもう。
そう、かたる、せいねんを、みました。
わたしは、りんと、のびた、せを、みながら、いのります。
あのひとの、くびに、かけられている、なわが、どうぞ、よそに、ひっかかりません、ように。
ちう。
104.
わたしは、たびねずみ。
ここは、かつて、らくえんと、よばれた、まち。
いまは、だれも、いません。
じゅうにんは、そろって、よそに、こした、そうです。
らくえんに、ひとは、いらない、とのこと。
たしかに、くちた、たてものの、なかは、うつくしい、はなぞのに、なっています。
ちう。
105.
わたしは、たびねずみ。
ろじうらから、ちう、と、ちいさな、よびこえ。
どなたが、よんで、いらっしゃるのでしょう。
みにゆくと、そこに、いっぴきの、ねこさん。
ねこさんは、あわく、ほほえみ、ちう、と、なきます。
わたしは、すこしだけ、かんがえて、こたえます。
よろこんで。
ちう!
106.
わたしは、たびねずみ。
たびの、あいまに、なぞなぞ、ひとつ。
あるときには、たしかに、たくさん、あるのに、ないときには、まったく、なくなってしまう。
これは、なぁに。
こたえは、おもいで、です。
あなたが、ないと、おもってしまったら、それは、まったく、なくなるのです。
ちう。
107.
わたしは、たびねずみ。
きょうの、やどは、とある、はいおく。
かつては、じゃきょうの、しんでん、だった、そう。
くちかけた、まどから、さしこむ、つきあかりが、さいだんの、うえに、そそぎます。
くだかれた、めがみぞう。
わずかに、のこる、くちびるは、ほほえんで、います。
ちう。
108.
わたしは、たびねずみ。
あおい、え、ばかりを、えがく、がかが、いました。
せいぶつが、も。
ふうけいが、も。
しょうぞうが、も。
じがぞう、でさえ。
すべて、あおを、しゅとして、えがくのです。
そんな、かれに、よりそう、つま。
その、ひとみは、すばらしい、あおいろ、でした。
ちう。
109.
わたしは、たびねずみ。
かたに、くいを、かついで、あるく、ひと。
くいの、ない、じんせいは、あじけない。
ときに、くいを、もつべきだ。
そう、いわれたそうで。
けれども、それは、くい、ちがい、でしょう。
いいかけて、やめました。
また、くい、ちがって、しまいそうですしね。
ちう。
110.
わたしは、たびねずみ。
にわさきで、じゆうに、なりたいと、さけぶ、いぬ。
かなしむ、ひとが、いるでしょうに。
かれは、よく、とおる、こえで、いいました。
おまえは、かなしむものが、いるからと、いって、たびを、やめられるのか。
なるほど。
ほんのうには、さからえませんね。
ちう。
111.
わたしは、たびねずみ。
こおった、みずうみの、ほとり。
こおりを、けずって、すずを、つくる、ひとが、いました。
しんげつの、よ。
こおりの、すずを、ならせば、なつかしい、ひとに、あえる、そう。
けれども、てのひらは、あたたかくて。
すずは、すぐに、とけて、しまうのです。
ちう。
112.
わたしは、たびねずみ。
ふわり、どこか、からか、じんちょうげの、かおり。
こうこうと、ふりそそぐ、ほしあかり、つきあかり。
かぜに、のり、はこばれる、だれかの、だんしょう。
よるは、たいへん、にぎやかですね。
かたわらに、よりそう、ひとの、ぬくもりに、かたりかけます。
ちう。
113.
わたしは、たびねずみ。
もくもくと、カトラリーを、みがく、ひとが、いました。
くろずみも、くすみすら、ないよう、ていねいに。
つまらない、しごとかも、しれないけど。
これが、いちばん、おちつくの。
あとは、ただ、ぬのと、カトラリーが、ふれあう、おとだけが、しています。
ちう。
114.
わたしは、たびねずみ。
さあ、めを、とじて。
とろり、シロップの、ような、ひだまり。
いろガラス、みたいに、すける、はな。
あまく、からだを、なでてゆく、かぜ。
かすかな、うたごえで、よびかける、おがわ。
すあしを、くすぐる、そうげんの、わかば。
あなたにも、みえますか。
ちう。
115.
もし、わたしが、おおきければ。
より、はやく、みちを、ゆけるでしょう。
かわとて、らくに、こえられるでしょう。
あなたと、だきあうことも、できるでしょう。
しかし、わたしは、ちいさな、たびねずみでも、じゅうぶん。
こよい、ねむれぬ、あなたに、こもりうたは、うたえます。
ちう。
116.
わたしは、たびねずみ。
さらの、うえには、サンドウィッチ。
しろくて、ふわふわで、たまごや、ハム、きゅうりに、レタス、トマトも、はいってる。
それは、それは、おいしいんだ。
ははが、つくるのは。
そういって、おとこは、ひとり、バターだけの、サンドウィッチを、たべます。
ちう。
117.
わたしは、たびねずみ。
ひろい、ダンスホールの、すみ。
おおきな、かがみが、ありました。
なぜか、しろく、にごった、その、かがみ。
もう、なにも、うつしません。
けれど、それを、のぞんだのでしょう。
くちはてた、ホールに、うつすべき、ひとたちも、また、いないのですから。
ちう。
118.
わたしは、たびねずみ。
そこは、ほんで、いっぱいの、いえ。
ゆいいつの、じゅうにんは、きょうも、ほんを、よみながら、さがして、います。
いったい、ぜんたい、あいすると、いう、きもちは、どんな、ものだろう、と。
ひとと、ふれあうこと、なく、さがしつづけて、いるのです。
ちう。
119.
わたしは、たびねずみ。
たびを、していて、いちばん、つらい、こと。
たべものが、ないこと?
いいえ、ちがいます。
やまいに、くるしむこと?
ちかいですが、ちがいます。
なにより、つらいのは、ただ、ひとりきりで、いること、です。
たびの、とちゅうでも、まちの、なかでも。
ちう。
120.
わたしは、ちいさな、たびねずみ。
ですから、みなさんより、うんと、しやが、せまいのです。
そらは、あまりに、とおく。
じめんは、どこまでも、はてしない。
だから、くにを、こえた、ことも、なかなか、きづけないのです。
なにせ、せんが、ひかれている、わけでも、ないもので。
ちう。