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満ちる月

 ふらふらと歩を進める私の足は、気がつけば彼と初めて会ったクレーターに私を辿りつかせた。


 シャトルの窓の外には、果てしない闇が広がっている。その中に散りばめられた光のいくつが自らの意思で輝いているのだろう。少なくとも、私たちの星は私のように、無理やり輝かされている。


「イシア様、じきに月に着きます。着陸のご用意を」

「ええ」

「三か月にもわたる長旅、ご苦労でございました」

 よく似た顔をした側近の言葉は入力した言葉を読み上げる古ぼけた機械のように淡々として冷たく、彼女が軽く手をあげると小さく頷いて船室を後にした。生気を感じないその振る舞いは不愛想を通り越して不気味に見えるが、彼女はその態度や雰囲気が新鮮で気に入っていた。すぐに微笑みながら近づいてくる紳士的な風貌の中年や、何も知らないにもかかわらず“私が支えている”といった顔でキャーキャー騒ぐ大衆に比べれば、この側近は静かで手間のかからない、可愛いペットのようにも思えた。


 やがてシャトルが月に到着し空港にイシアの一団が入ると、ホームを埋め尽くさんとする月の民の歓声が彼女らを迎え入れた。新しい人工衛星のために、周回を予定する軌道上のこの月を破壊の後に廃棄すると決議した母星サイクラウドに、最後まで異を発し続けたイシアの姿は全月面で放送され、彼らの心を打った。交渉は結果的には失敗に終わったにもかかわらず、非難ではなく健闘の声を投げかける民衆に一団は驚いたが、イシアだけはもう慣れたと言わんばかりに一目もくれず列の先頭を行く。

 すると前から白髪交じりで紳士風の様相をした中年の男性がこちらに手を振り、人当たりの良い笑顔で歩み寄ってきた。イシアは柔らかい表情を浮かべたが、無論上辺だけのものである。

「ああ、イシア! よく今日まで頑張ってくれた」

「市長、ありがとうございます。しかし私共の力不足でこのような結果に……」

少し悲しげな表情を浮かべると男は語気を増してさらに励ますように言った。

「気にやむことは無い! 君の頑張りは月の民皆が知っている。 それに、他の衛星での我らの生活を保障させてきてくれたじゃないか! みんな感謝しているよ」

 民を見るように促され、彼女が民衆に目を向けると、ひときわ大きな歓声が響き渡った。

「そして勿論、私も。ありがとう。イシア」

 ゆっくりと男がイシアに手を差し出す。二人が握手を交わすと、月の民の拍手が二人を包み込んだ。




 彼女は屋敷に戻ると側近を下げさせ、絢爛とした自室の窓から灰色の大地を眺めた。この宙と月面は母星を旅してきた彼女が見たどこよりも穏やかで、その安穏さ、静けさ、そしてある種の美しさは理想郷のように思えた。

そしてさらに彼女は思い悲しんだ。この楽園もあと数日。これから少しずつ朽ち、最後は破壊されるのだ。この星を守れず、今役目を終えて用済みになり、老いと死を待つばかりの私と同じようにと。

ふと、彼女は何かを見つけたように窓の外の一点を凝視した。そして心ここにあらずといった風で身支度をし、ゆっくりと屋敷を後にする。それを見ていた側近は屋敷の入り口まで後を付けたのち、ゆっくりと門を閉じた。役割を終え、満ち足りた月は最後まで美しくあれと言わんばかりに。


この月曜が終わる前に全話投稿したかったのですが、そうもいかなくなったので続きはまた来週。

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