夢現
真実は明後日に分かるといっても、あんな話を聞かされて悶々として中々寝付けなかった。
寝不足気味で居間に行くと、大きめのかばんを持ったじいちゃんがいた。
「……また、どこか行くの?」
「ちょいと検査入院をしないかと誘われての。二日ばかり留守にするんで店番頼んじゃぞ」
「そう。どうせなら隅々まで見てもらってきな」
「うむ、ならばそうさせてもらうかの」
そう言って出て行ったじいちゃんを見送ると、朝食をさっさと食べて店に向かった。
店を開けてすぐの事だった。
バンッと強くドアが開けられる。視線を向ければ、現れるはずのない人物が息を切らして立っていた。
「……桜木悠人」
「あなたは、立花遥……ですか?」
「どうして私の名前知って……っ!?」
そこまで言ったところで続きは紡げなかった。
痛いくらいに抱きしめてくる桜木悠人に遮られたからだ。
「ちょ、何なの!?」
引き剥がそうともがいていたが、桜木悠人のすすり泣く声に動きを止めた。
仕方なしに溜息を吐いて、落ち着くように背中を撫でた。
それが功を奏したのか、落ち着いて来た彼に問いかけようとして彼の言葉に固まった。
「……今、何て?」
「母さん?」
聞き間違いかと思ったそれは即座に否定された。
いや、未来人だと信じるならば、あり得ない話ではないが、同い年の男の子に母さんと呼ばれる身にもなって欲しい。
そして、ようやく向き合った彼の顔は、毎日鏡で見る自分の顔と似通っていた。
「はぁ……、信じるしかないか」
ティッシュを箱ごと渡すと、鼻をかみ始めた悠人に最初の疑問をぶつけてみた。
「予約の日は明日のはずだけど?」
「あなたが母さんかもしれないって気付いたら、居ても立ってもいられなくなって」
「よく私が立花遥って分かったわね」
「この店が別の時代に繋がるって聞いたのと、昔の母さんの写真を見てあなたと似てるって思ったから。あなたの名前を聞くまでは半信半疑だったけど」
どうやら悠人もこの店が別の時代に繋がるのだとは完全に信じていたわけではないらしい。私だって悠人に母さんだなんて言われなければ信じなかっただろう。
それにしても、過去の母親だと分かったとしても、泣きながら抱きついてくるのは高校生男児としていかがなものか。いや、あの抱きつき方は生死の境を彷徨った人が奇跡の生還をした時に抱きついてくる家族の様だ。
「まさか、未来の私は……、あ、やっぱりこれは聞くのやめとくわ」
「いや、死んでないと思う。……多分」
「聞かないって言ったじゃない! しかも不確かな情報だし……」
未来の私がどうなっているか不安だが、これ以上は聞くのが怖い。
話を変えようと話題を探して、ハッと思い出す。
「そういや、『夢現』買うの?」
「あ……、代金持ってくるの忘れた」
「まぁ、元々明日が期日だしね。……あれ? 私がここであなたに売ったら未来であなたが捨てたのは?」
「あの本は父さんが持っていたやつで、母さんは持っていなかったはずだけど……」
悠人のその言葉で、今まで散らばっていたピースが一つの絵となった。
桜木悠人の両親の出会い。私の息子だという悠人。そして“桜木”。
最後に悠人へ答え合わせの質問をする。
「ねぇ、あなたの父親の名前は?」
悠人が答えた名前に笑った。
今までの悩みが一気になくなって、すっきりとした笑みで悠人に『夢現』を差し出した。
「え? 代金は……」
「あげるわ」
「でも……」
「未来とはいえ、息子に払わせるのはちょっとね。あぁ、あとこれも」
生徒手帳も重ねて差し出すと、悠人はしばらく困惑していたが、迷いながらもそろそろと手を出して受け取った。
「もう会えないのか?」
「そうね、今度会うのは未来の私よ」
「でも母さんは……」
「私が家族を置いて居なくなるはずないもの。絶対に帰ってくるわ」
自信満々に言いきった私に、悠人は呆れたように笑った。
「待ってるからな、母さん」
最後にそう言うと、悠人は店から出て行った。
私も次に悠人と会うのは十年後になるだろう。
開けられることの少ないドアを見つめながら、彼を待つ。
約束の時間の十分前。ガラス板の嵌まったドアに待ち人の姿が見えた。
「いらっしゃい」
「……突然どうしたんだい?」
「未来の息子に会った、って言ったら信じる?」
「え?」
突然呼び出して意味の分からない言葉を投げかけられて、困惑している彼に笑い掛ける。
「夢のようなその出会いは、しかし確かに現実だったのです」
『夢現』に出てきたその一文は、タイトルと同じ名前のこの店にピッタリだった。
本当に夢のようなその出会い。けれど確かに現実で。私を運命に導いた。
今の私と会えるはずもない彼がこの店に現れたのは、きっとあなたと出会わせるためだったんだろうね。
最後にこの言葉をあなたに贈って物語を終わらそう。
「私もあなたが好きです」