正体
次の日、もう一度生徒手帳を開いて見た。そこには昨日と同じ、ありえない記載があった。今まで何度か開いて見たのに、昨日まで全く気がつかなかった事に驚くほどだ。
開いたそこには昨日見たとおり、桜木悠人の顔写真に学年、クラス番号、氏名、住所――そして生年月日。
そこに記載された生年月日は、今から十年後の日付となっていた。
「……未来人? いや、この生徒手帳自体が偽物?」
「本物じゃよ」
後ろから掛けられた声にびくりと肩を揺らせたが、聞きなれたじいちゃんの声だと気付いて振り返る。
「じいちゃん、今日は老人会じゃなかったの? というか、本物って……」
「ちょいと忘れ物をしてな。にしても、今頃気づくとは鈍い孫娘じゃな」
「今頃っていうのは反論出来ないけど、何でじいちゃんが知ってるのよ」
「ふむ。まぁ、話してやってもよいか」
そう言うとじいちゃんは椅子に腰かけた。私もそれに倣って大人しく椅子に座る。
「わしがこの店を始めた頃じゃったか、店先で一人の女と会った――」
その女性はじいちゃん曰く、どこか子供のような人だったという。
鍵の閉まっていたはずの店から出てきた女性は、行く当てがないから店に泊まらせてくれと言ってきた。もちろん断ろうとしたじいちゃんだったが、まるで初めて来た国のようにキョロキョロと辺りを見回す女性に危なっかしさを感じて承諾した。
その時のじいちゃんよりも年上だったというその女性は、当たり前の事を知らず、突拍子もない事を言ったり、空論のような話をした。
年齢より幼く見える言動をする女性だったが、時折何かを思い出したかのように、年相応の大人の、いや親の顔をしていたという。
そんな女性との生活も一年を経とうとした頃、唐突に終わりを告げた。
毎日、日課にしていた店から出るという行為をしていた女性は、その日、店から出た後帰って来なかった。しかしじいちゃんはそれに心配することはしなかった。
毎日飽きもせず、店に入っては出てを繰り返していた女性にじいちゃんは尋ねていた。
『毎日毎日、一体何をしているんだ?』
『私のいた時代に帰れるか試してるのよ。もし、私がこの店を出た後帰って来なければ、元の時代に帰ったってことだから心配しないで』
『……いつも言っているが私はあなたが未来人だと信じてはいないぞ』
『まぁ信じる信じないは置いておいて、私が帰って来なくても心配無用って事で』
そんな会話をした事もあって、女性が帰って来なくてもじいちゃんは心配はしなかった。
「――あの時はわしも信じておらんかったが、どうやらこの店はたまに別の時代へ繋がる様じゃ。それがいつ、どうやって繋がるかはわしにも分からんがの」
突然昔話が始まったかと思えば、壮大なじいちゃんの作り話ではないか、とほっほっほ、と笑うじいちゃんに頬を引き攣らせながら叫ぶ。
「いくらなんでもそれはあり得ないでしょ!」
「……まぁ未来人と会ったんじゃ、そのうち遥も信じざるおえんようになろうて」
顎に手を当てて昔を懐かしむように目を細めたじいちゃんに、どうやら遊ばれたわけではなさそうだが、とても信じられる話ではない。
そう、信じられない話なのだが、桜木悠人が未来人だとすれば辻褄が合うようなことばかりなのだ。だからと言って、簡単にそうなんだ、と信じられるわけでもないが。
じいちゃんは話すだけ話すと、忘れ物を取って老人会に向かった。
今ごちゃごちゃと悩んだったって仕方がない。
真実は明後日、予約の期日の日に分かるはずだ。