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ゆめうつつ  作者: 月村ゆの
 
6/11

桜木


 昨日は色々あって疲れたし、今日はゆっくり休もうと思っていたのだが、やっぱりというか私は店番をしていた。

 まぁ客の来ないこの店では店番をしていても十分に休めるのだが、なんだか腑に落ちない。はぁ、と溜息を吐いて机に突っ伏した。

 その時ガタンと音がして何かが落ちた音が響く。のろのろと顔を上げれば、予約用の本をしまってある籠が落ちたていた。

 私がいない間に誰かが予約したのか、籠から飛び出した本は『夢現』以外に二冊あった。そこから、じいちゃんが適当に置いた所為でバランスを崩したのだろうことが思い浮かばれる。じいちゃんに呆れながら拾い上げると、籠の中にしまって元の場所へとキチンと置いた。


「そういえば、後五日か……」


 桜木悠人が『夢現』を買い取りに来る日まで後五日。

 つい二日前まで桜木悠人の事で頭がいっぱいだったのに、すっかり忘れ去っていた。

 その代わり別の事が頭を占めていたのだが、それは今置いておく。

 思い出してしまえば気になって、引出しにしまってあった生徒手帳を取り出した。


「やっぱ消えてないよね……」


 何度も夢か幻かと思っても、この生徒手帳が消えない限り、桜木悠人がこの店に来たことは確かなのだ。

 何とはなしに手帳を開く。

 あの時会った桜木悠人の顔写真があって、学年にクラス番号、氏名、そして住所。


「あれ……、予約シートの住所と違う?」


 シートを取り出して確認してみれば、やはり住所は違っていた。

 そしてさっそく私は行動に出た。

 今日はたまたま、じいちゃんは近所の友人宅に碁を打ちに行っていただけであり、すぐに店番を変わってもらうと生徒手帳片手に駅へ向かった。




 やっぱり考えなしに飛び出したのは間違いだっただろうか。

 以前は事前に地図を用意していたし、人通りも多かった事であまり迷う事はなかったのだが、今回は完全に迷った。しかも一番暑くなる時間という事もあってか、住宅街だというのに人っ子一人いない。

 もう諦めて帰りたいところだが、どっちに行けば駅に行けるかも分からない。

 日差しが強く降り注ぐ。日陰は少なく、駅前の自販機で買ったお茶はもう空だ。

 頭がクラクラとし出した時、ポンと肩を叩かれた。


「あぁ、やっぱり立花さんだった」

「……清水君?」


 振り返った先にいた清水君に驚いたが、その時ちょうど限界だったのか、くらりと足元がふらついて倒れた。

 清水君が受け止めてくれたおかげで地面に倒れる事はなかったが、驚く清水君に何も言えずにそこで意識が途絶えた。




 気がついた時、私は清水君に背負われていた。


「……ごめん、清水君」

「あぁ、気がついた? こっちこそごめん、救急車を呼ぼうと思ったんだけど、携帯持ってくるの忘れてさ」

「倒れておいてなんだけど、ただの熱中症だから、呼ばれなくてよかったよ」

「熱中症だって死ぬことだってあるんだよ、呼べるなら呼んだ方がいい」


 今までにないきつい言い方に驚く。それが真剣に心配されているからだと気付いて先程の発言を反省した。


「ごめん、それからありがとう」

「ううん。それで体調はどう?」

「さっきより楽にはなったけど、涼しいところか何か飲み物が欲しいかな」

「それなら公園に行こうか」


 公園に着くと、清水君は日陰になっているベンチに私を下ろすと自販機まで飲み物を買いに行った。 戻ってきた清水君からスポーツドリンクを受け取ると、一口一口ゆっくりと飲んだ。


「大丈夫?」

「うん、ちょっとだるいけど、大分良くなったよ」

「そっか、よかった。本当は一番近かったうちに連れてくのが良かったんだろうけど、今は帰りたくなくてさ」

「まぁ、大したことなかったんだから気にしないでよ。でも清水君でも帰りたくない事ってあるんだね」

「うん、まぁね。……昨日の病院にいた人、覚えてる?」

「えっと、あの男の人? 清水君のお父さんじゃ……」


 ゆっくりと首を横に振る清水君に口を閉ざす。


「僕の高校の教師で母さんの恋人。僕が高校を卒業したら結婚するつもりだったみたいだけど、子供が出来たからすぐにでも結婚したいって言われてさ」

「……清水君は嫌なの?」

「正直に言うとね。あの人は良い人だし、母さんには幸せになって欲しいんだけど……。どうにも納得できなくて家から飛び出して来たんだ」


 苦笑いを浮かべる清水君に何かアドバイスしてあげたくても、親の居ない私が言ったところで意味はあるのだろうか。

 手持無沙汰に飲みかけのスポーツドリンクの入ったペットボトルを揺らす。湿気を含んだ生温い風を受けて顔を上げると、公園の入口に女性の姿が見えた。遠目でしっかりと顔を見たわけではなかったが、私はすぐにそれが誰か分かった。


「清水君、お迎えが来たみたいだよ」

「えっ? ……母さん」

「私、親はいないけどね、じいちゃんはいたからさ、不満や悩みがあるなら話し合うのがいいっていうのは分かるよ」


 行ってきな、と清水君の背中を押した。

 一瞬戸惑った清水君だったが、すぐに女性に向かって歩き出した。




 空になったペットボトルをゴミ箱に捨てて振り返ると、少しすっきりした顔をした清水君がいた。


「結婚するのは僕が卒業してからにするってさ。まだ整理はついていないけど、さっきよりはましになったよ」

「そっか」

「……ありがとう、立花さん」

「どういたしまして」


 どうやら少しは役に立てたようだ。そう思って笑うと、清水君は大きな溜息を吐く。


「はぁ……、僕って立花さんにかっこ悪いところばかり見られてる気がするよ」


 特にそのようには思っていないのだが、昨日の心臓に悪い発言ばかりされた仕返しと思って否定はしなかった。

 それにますます落ち込んだ清水君を見かねて話題を変える。いや、私にとってはこれが本題なのだが。


「この辺りに桜木さんっている?」

「そういえば、初めて会った時も聞かれたっけ。探してるの?」

「う~ん、探してるというより好奇心、かな」

「よく分からないけど、この辺りには居ないよ。ただ……」

「ただ?」


 やっぱり居ないのか、と溜息を吐こうとしたが、続きを口にしようとする清水君を見て溜息を飲み込む。


「ごめん、あの時は知らないって答えたけど、あの人、桜木って言うんだ」

「あの人って病院で会った?」

「……うん」

「そうなんだ。でも私が探している人とは関係なさそうかな」


 あの時病院で会った男性が“桜木”。知佳も先生に桜木という人がいると言っていたからその人だろう。だが私が出会った“桜木”悠人と親戚の可能性は、似ていない容姿から、ないだろうと判断した。




 その後は迷子だった私を清水君が駅まで送ってくれた。

 家に帰った後は清水君に帰り間際に散々と言われた事もあって、ゆっくりと休んだ。




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