大切な人たち
昨日、じいちゃんに言われたことで緊張して中々寝付けずに朝は寝坊。起きた後は着て行く服に頭を悩ましたりして、待ち合わせの十分前に着くように家を出ようとしたが、結局ギリギリになってしまった。これで清水君がデートのつもりじゃなければ、とんだ間抜けだ。
不安を胸に待ち合わせ場所の駅に着くと、すでに清水君が来ていた。
「ごめん、待った?」
清水君に声を掛ける。だが、清水君から返事がこない。
緊張で声が裏返っていただろうか、それとも気合いが入り過ぎの服装の所為か。
「……清水君?」
「あ、ごめん。立花さんがあんまり可愛いから、つい見惚れちゃったよ」
「え、あの、やっぱりこれってデートなの?」
「僕はそのつもりだったけど、立花さんは普通に楽しんでくれればいいよ」
そんな事言われて今更普通になんかできない。
というか、清水君昨日までそんなんじゃなかったよね、突然どうしたのさ。
頭は混乱。顔は真っ赤。冷静になろうと深呼吸を二回して、いつもより少し早いが動悸は治まった。
「ど、どうしたの? 昨日は普通だったよね?」
「うん、昨日のままじゃ意識してもらえそうになかったからね」
やっと戻った思考が固まる。
清水君とは一昨日初めて会ったはずだ。その間に清水君に好意を持たれるような事をしただろうか。動き出した頭はそればかりがグルグルと回る。
チラリと清水君を見る。聞けば教えてくれるだろうが、また小っ恥ずかしい台詞を言われるかと思うと聞くに聞けない。
「……清水君、もう十分意識してるから、元の清水君に戻ってくれないかな」
「そうだね、あまり立花さんを困らせたくはないし」
やっと元の清水君に戻ってくれたところで、ようやく目的の場所へと向かった。
いつもと違うがどこか似た匂い。店内の造りがちゃんとしている様で、電気がなくとも日の光で十分に明るい。
やってきたのは本屋。古本、新書に絵本や漫画、何でも揃っていて、うちと違ってお客さんもそれなりにいる。
「よかったの? ここで」
「んー、本当は映画とか見に行きたかったけど、今月のお小遣いはほとんど使っちゃったし……」
追加で貰える店番のお駄賃はここのところ自主的にやっていると見なされて貰えていない。
だからと言って妥協して本屋に来たわけではない。古書はあまり好きではないが本自体は元々好きなのだ。
という事で、それなりに楽しんでいる。
「映画に行きたいなら奢るよ?」
「それは遠慮しとくよ。何か、清水君の好意に付け込んでるみたいだし……」
「真面目だね、立花さんは」
そこでその会話を終わらせると、互いのおすすめの本を教え合ったりしながら、昼食の時間まで入り浸った。
お腹が空いてきた頃合いで店を出ると、近くのファミレスへと入った。
衝撃の告白からしばらく経った事もあり、普通に清水君と接せられるようになったことで、あの時の疑問を問い掛けてみることにした。
「え、いつから立花さんの事が好きだったかって?」
「……うん」
自分から聞いておいてなんだが、恥ずかしくなってきた。やっぱり聞かない方が良かった。いや、今からでも聞くのをやめよう。
私が清水君を止める前に彼の口は開いた。
「一目惚れって言ったら信じる?」
止め損なった口から出た言葉に驚きと疑問が浮かんだ。
一目惚れを信じる信じない関係なしに、私に一目惚れするだろうか。
まず一目惚れとはいわば容姿を見てということになる。つまり私が美少女でもない限り一目惚れというのはあり得ない。そして私は美少女ではない。多少盛ったとしてもちょっと可愛いくらいだと思う。
「僕はあまり信じてはいなかったんだけどね、立花さんを見て本当にあるんだって思ったよ」
「でも、あの時って今まで居なかった『夢現』を知っている私に会ったんだよね。そのことによる胸の高鳴りが恋と勘違いした、とかじゃないの?」
「初めは僕もそう思ったよ。だから丁度休みになった昨日、君に会いに行ったんだ」
昨日それを確かめて、今もそれが一目惚れだというのならそれは本当という事なんだろう。
「本当はもっと後に言うつもりだったんだけど、ここまでしゃべっちゃったから今言うよ」
改まった様に居住まいを正した清水君に、私も身構えつつそれに倣う。
「立花さんが好きです。あと、これだけは言っておくけど、君の容姿だけに惚れたってわけじゃないよ」
ああ、今度こそ動悸が治まりそうにない。
その時、タイミングが良いのか悪いのか、注文の品が届いた。
そこでここがファミレスだったと思い出す。少し時間帯が遅かった事もあって、周りに人はいなかったが、人のいる場で話す内容ではなかったと、お互いに顔を赤くして俯いた。
ウェイトレスが去って行った事で、ほっと一息吐いた時、ふと清水君が返事を求めて来ない事に気付いた。
だが、私の返事を待っていないわけではないのは少し震える手を見てわかった。
だから返事を求めない清水君に甘えずに、今出来る精一杯の返事をする。
「あ、のさ……、返事は今じゃなくていいかな? 清水君とは会ったばかりだけど、好きだと思う。それが恋愛のそれかがまだ分からなくて」
「うん。いつまででも、と言いたいところだけど、なるべく早く返事が欲しいかな」
「……善処します」
「さっ、冷めないうちに食べよう!」
清水君のその言に笑顔で頷くとフォークを手に取った。
昼食を終えた後、腹ごなしに街を散策していた時だった。
清水君の携帯が鳴った。電話に出た清水君は顔を真っ青にさせると電話を切った。
「ごめん、立花さん、僕ちょっと用事が出来た」
「うん、それはいいけど、顔色悪いよ、大丈夫? 少し休んでからの方がいいんじゃ……」
「ありがとう。でも、急がないと……」
そう言って走って行く清水君をしばらく心配げに見つめた後、ハッとして彼の背中を追い掛けた。
部活動も運動もあまりしない私が走るのは辛かったが、それでも走って何とか清水君の腕を掴んだ。
「えっ……?」
驚いた清水君が立ち止まって振り返る。そんな清水君の後ろに車が通り過ぎるのが見えた。
あと一歩進んでいれば轢かれていただろう。
「……ちゃんと前見て歩かなきゃ」
やっと呼吸が整ったところで、そう言った。
「あ……。ごめん、ありがとう」
「ううん、だけど私も一緒に行くからね」
「わかった」
頷いた清水君と急ぎながらそれでも交通ルールはちゃんと守って辿り着いたのは病院だった。
お互い息を切らしながら、エントランスに入って行くと壮年の男性が清水君に駆け寄ってきた。
「母さんは?」
「今、検査中だ」
神妙な顔つきの二人に何だか場違いな気がしてきて、このまま帰ろうかと思った時、看護士が彼らを呼んだ。
検査結果が出たそうで、先生から説明がなされるそうだ。
何だか流れで診察室の前まで来てしまったが、二人と看護士が診察室に入る傍ら、さすがに廊下に残った。
このまま帰るのも何だし、清水君が出てくるまで待とう、と持久戦を覚悟していたところ、五分と経たずに清水君は出てきた。
「……清水君、大丈夫なの?」
「あぁ、うん。……何だか大げさにしちゃったけど、おめでただってさ」
「えーっと……、清水君のお母さんってことは、兄弟生まれるの?」
「……うん」
どこか恥ずかしそうに視線を泳がす清水君に笑いながら、何事も無くてよかったとほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、私は帰るね」
「あ、ごめん。でも何ともなかったし、今からでも……」
「いーよ、お母さんに付いててあげなよ」
「でも僕から誘っておいて、それは……」
「私、小さい頃に両親を亡くしてるの――」
休みの日に両親と出掛ける約束をしていた。それなのに私は友達に誘われたから、と言って友達と遊びに行った。両親はそんな私に苦笑いしつつ、出掛ける予定を次の休みに変更した。
家に帰って来た私が、両親のいない家に不審に思った時、じいちゃんから電話がかかってきた。――二人が車に轢かれた、と。
予定が変わって二人はスーパーに買い出しに行ったらしい。その帰りに車に轢かれたのだ。
もし私が約束通り両親と一緒に出掛けていれば、二人が死ぬことはなかったのかもしれない。もっと長く二人と一緒に居れたかもしれない。
「――だからね、今回は何もなかっただろうけど、付いててあげなよ」
「……わかった。でも、立花さんも家に着いたら連絡してね。僕は母さんも大事だけど立花さんも大切に思ってるから」
「……元の清水君に戻るんじゃなかったの」
思わぬところでのその発言に清水君を睨む。だが赤くなっているだろう顔ではあまり効果はなかった。
早々に諦めて溜息を吐くと、病院を後にした。
家に着いた後、色々と葛藤はあったが、ちゃんと清水君に連絡した。