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ゆめうつつ  作者: 月村ゆの
番外編
10/11

桜木悠人の物語

 荷物の詰められた段ボールをガムテープで留めると一息ついた。

 引っ越しの前にいらない物を纏めていたが、始めてみれば段ボール一箱分になっていて苦笑いを浮かべる。

 あとはこれを捨てに行かなければならないが、これだけ頑張ったのだから少しくらい休憩しても罰は当たらないだろう、とそのまま寝転がった。




 一年前、母さんが幼馴染と旅行に行くと言って出掛けて行った。

 もう俺も高校生だったし、数日母親がいなくなったところで、料理のクオリティーが下がる以外は困らなかった。だから玄関まで見送らずに、行ってきますと言った母さんに気のない返事で送り出した。

 数時間後、テレビを見ていた時に速報が入った。――母さんが乗ると言っていた飛行機が墜落した、と。




 慌てて母さんに連絡をしようとして、受話器を持った途端に電話が鳴った。

 今、電話に出てる場合じゃないと思いつつも、母さんからかもしれないと電話に出た。その相手は母さんからではなかったが、一緒に旅行に行くと言っていた母さんの幼馴染である知佳おばさんだった。


「ゆう君、はるちゃんも私もあの飛行機には乗ってないよ」


 その言葉に一安心して、力が抜けた体は床に座り込んだ。


「ただ、はるちゃんと連絡が取れないんだ。待ち合わせの時間に来なかったから、あの飛行機には乗らずに済んだけど……」

「分かった。俺の方からも連絡してみるよ」


 一度電話を切ってから母さんの携帯に掛けたが、繋がらなかった。

 母さんの行きそうなところを手当たり次第探したが見つからず、警察に届けを出した。だが、未だ母さんは見つかっていない。

 本来なら、そんな状態で引っ越しはしないだろうし、俺も父さんに言ったが何故か笑って大丈夫というのだ。知佳おばさんに相談してみても、同じように大丈夫と笑っていた。

 二人とも母さんが心配じゃないのだろうか。いや、母さんが行方不明になった時、必死に探していたからそれはないと思いたい。

 結局、俺の抗議も空しく引っ越しすることになった。




 休憩を終わりにすると、さっき纏めた段ボールを持ってゴミ置き場に向かった。






 新居に運び込まれた荷物も解き終わり、これで少しゆっくり出来るとソファーに沈んだ。


「悠人、本棚の本はあれだけか?」

「そうだけど。引っ越す前に少し整理したから少なくはなってるだろうけど……、どうかした?」

「あぁ、父さんと母さんが出会うきっかけになった本がないんだ」


 母さんという言葉に反応して父さんを見れば、少し焦ったような顔をしていた。


「どんな本?」

「『夢現』っていう深い赤色に金色の縁がある装丁の本なんだが……」


 そんな本あったっけな、と記憶を遡る。

 荷解きをした時はそんな本はなかった。荷造りの時もなかった。その前に本を見たのはいらないものを整理していた時だが。


「あ……」

「何か思い出したか?」

「あ、いや、やっぱ知らないや」

「そうか……」


 残念そうにする父さんに冷や汗をかく。

 あの時、古い本だったし埃を被っていた事もあって、いらないだろうと判断して捨ててしまったそれは、今父さんが言った特徴と同じだった。まさか、そんな大事な本だとは思わなかった。

 そして父さんにそれを捨てただなんて言えない。怒られるとかそういうのではなくて、父さんが母さんとの思い出の品を大事にしているのを知っているからだ。

 どうやら、ゆっくりとしていられなくなった様だ。




 父さんに気付かれないように、ネットでその本を調べてみたが、どうやらネットでは売っていないらしい。

 次に俺は近くの古書店を虱潰しにあたったが、どこにも置いていなかった。


「はぁ~……、隣町でも探してみっか」

「隣町でも置いてるとは思えんけどね」


 最後に入った古書店の店主のおっちゃんが呆れたように言った。


「どういうことだ? おっちゃん」

「何だ、知らないで探してたのか? その本は個人出版で元々版数が少ないんだが、装丁が綺麗だという事でマニアに人気なんだ。もし売っているところがあったとしても、坊主に買える金額ではないだろうな」

「……そうだったとしても、一応探してみるよ。ありがと、おっちゃん」


 もし見つけたとしても買えるか分からないなんて、そんな本がうちにあった事に驚く。

 過去に戻れるとしたら、あの時本を捨てようとした自分を打ん殴ってでも止めたい気分だ。だが、出来ない事をいくら考えたって無駄だ。

 そのまま電車で隣町へ向かった。




 結果は空振り、その町でも結局見つからなかった。


「明日は……バイトだから、明後日からまた探してみるか……」






 二日後、やる気満々で家を出て、日暮れ間近まで歩き回ったが、やっぱりどこにも置いていなかった。 それに加え、昼頃から空を覆ってきた厚い雲から、ぽつぽつと雨が降り始めていた。

 どこか雨宿りできるところはないかと探していると、“ゆめうつつ”の文字が見えた。どうやら古書店のようだが、中は暗くて開いているのかすら分からないが、ドアに掛けられた『OPEN』と書かれた板に、思い切って入ってみた。

 中に入ると外から夕日の赤い光が入ってきていて、奥に店員だろう同い年くらいの少女がいた。

 少女は本を読んでいたのか、開いた本をを手に持っていた。その本を見て、驚きに目を見開いた。

 深い赤色に金色の縁がある本。タイトルは遠くて見えなかったが、それが『夢現』なのだと分かった。




 店員の少女と少し言い合いになったが、何とか『夢現』を買う、まではいかなかったが予約する事が出来た。

 おっちゃんに言われていた事もあって、どんな高い値段がつけられているのかと思えば、高校生の俺でも頑張れば買える程度で拍子抜けしてしまった。

 ここの店主はこの本の価値を知らないのだろうか。だが、そのおかげで買う事が出来るのだから、店主には悪いがここは黙っておくことにする。

 『夢現』を買うために、バイト代を前借りさせてもらわなくては、と店を出る。意気揚々と外に出たが、雨が降っている事を忘れていた。

 雨宿りの為に店に戻ろうとしたが、何故かドアが閉まっていた。しかもドアに掛けられていた板はいつの間にか『CLOSE』となっていた。

その時、ふっと店内の様子を思い出した。空は雨を降らす厚い雲がかかっている。しかし店には何故か夕日の赤い光が入っていた。

 俺は夢か幻でも見ていたのだろうか。






 数日後、すっかりあの不思議な古書店へ行ったことなど忘れさっていた俺の元に、知佳おばさんが訪ねてきた。


「ゆう君、お久~、元気だった?」

「……うん、おばさんは相変わらず元気だな」

「あ、これ新居祝いね」


 とてもアラフォーには見えない若々しさに押されつつ、新居祝いと差し出された袋を受け取った。中に入っていたのは焼き菓子。

 昔からだからあまり不思議には思わなかったが、あの知佳おばさんが持ってくる物にしてはまともだ。

 母さんは昔よりはましになったと言っていたが、あのファッションセンスは未だに受け入れられない。奇抜というわけでもなく、一つ一つ単体で見れば変ではないのに、それを一緒に着ると変に見える。まさに知佳おばさんマジック。

 そんな事を考えながら入れたお茶と一緒に持ってきてくれた焼き菓子を知佳おばさんに出す。


「ありがとう。それともう一個持って来たんだけどね……」


 そう言って知佳おばさんは、かばんをがさごそと漁りだした。

 やっと取りだしたのははがきサイズの封筒。受け取って中身を取り出すと、それは写真だった。


「これは?」

「昔撮って現像したんだけど、はるちゃんに渡すの忘れててね」

「ってことはこれ母さん?」

「うん、確か速人君と出会う前じゃなかったかな」


 父さんと出会う前の母さん。そう言われて写真を見る。

 本棚に囲まれた中で笑う母さん。他にも何枚かあったが、どれも本棚や本に囲まれていた。


「これ、どこで撮ったんだ?」

「はるちゃんのおじいちゃんがやってた古書店だよ。ほら、この人」


 知佳おばさんが指を差した写真には笑顔で母さんと映っている老人がいた。この人が俺の曾祖父。


「ゆう君が生まれる前に亡くなっちゃったからね。そういや昔、この店はたまに別の時代に繋がるんじゃ、って言ってたなぁ」

「別の時代って……、あり得ないだろ」

「ん~、はるちゃんもそんな事言ってた事あるし、ない事はないんじゃないかな」


 大人が子供につく夢のある嘘だろう、と笑って否定すると、意外な事に信じている知佳おばさん。母さんですら、その話をしていたという。

 笑うに笑えず乾いた笑いをしている俺を気にせずに、知佳おばさんは写真を見つめながら過去に思いを馳せる。


「あぁ懐かしいな~、私もよく“ゆめうつつ”に遊びに行ったなぁ」

「……ゆめうつつ?」

「うん、この古書店の名前」

「……その店って今どうなってるんだ?」

「数年前に売り払って、近々取り壊されるって聞いたけど」


 その言葉に俺は立ち上がった。


「おばさん、ちょっと俺出掛けてくるから留守番頼んでもいいか?」

「別にいいけど、どこに行くの?」


 知佳おばさんに行き先を告げると、すぐに家を出た。




 あり得ないと笑おうとした話に、信憑性が出てきてしまった。

 別の時代へ繋がるという古書店。俺が『夢現』を予約した古書店。そしてその店で出会った店員の少女と写真に写った若い頃の母さん。

 本当はまだ半信半疑だ。だけど、それはその店に行けば分かる。




 電車に乗って二駅。走って向かったのは“ゆめうつつ”。そのドアを勢いよく開けた。




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