何も起こせない日々
私には好きな人が居る。いいえ、正確には居たというべきだろうか。
居たと過去形にしても『好き』という気持ちが無くなったわけではない。であればやはり居ると言った方が適切か。
その人は小中学校の同級生だった。目立つわけでもない、数ある男子グループの一つ。普段なら気にもとめない日常の風景。
その中で楽しそうに笑う彼の顔が印象的だった。
勿論周りの誰もが楽しそうに笑っている。なのに何故その人だったのかは私にも分からない。正確にいつから好きになったのかもよく分からない。
中学生のある時、好きな人を言い合うというなんの得があるのか分からない事が女子の中で流行りだした。別に女子だけではなく男子だってやっていたのかもしれないが、男子の中にまともに話せる友人が居なかった私にそれを確認する術は無い。もしかしたら思春期とはそういうものなのかもしれない。
皆が好きな人を言い合って、もしも被ったりしたらどうするつもりだろう。そんな不安から、私は誰の名前も挙げられなかった。
幸いと言うべきか、その時彼の名前が呼ばれる事はなく、代わりに多く名前が上がったのは彼の友人だった。
安心したことは認めるが、同時に不満だったことも否めない。
確かに彼の友人は明るく人当たりがいい。たまに意味が分からない事を言っているが、それはどの男子も同じようなものだ。面白いし勉強も出来る。
名前を挙げたのは皆、中学校からの友人。
私は小学生時代の事を知っている。知っているからこそ、彼の友人ではなく彼の事を好きになったのだろう。
……なんだ、冒頭では理由が分からないと書いたが、こうやって纏めてみると案外理由はハッキリしているようだ。
好きになったのは、彼が楽しそうに笑っていたからだ。では、何故彼の楽しそうな顔だけが気になったのか。それは少し前の笑顔とはまるで違っていたから。
その隣にはいつも暗い顔をした彼の友人が、ぎこちないながらも笑っていた。それがある時、自然と顔を綻ばせた。
その時の彼の嬉しそうな顔。それがいつまでも頭から離れなかった。授業中も、昼休みも、家に帰っても、ご飯を食べても、お風呂に入っても……。初めての感覚だった。色恋沙汰に疎かった私は、それがどんな感情であるか理解出来ていなかった。
きっかけはその笑顔。そして自覚したのは中学校に入学してからだ。
いつぞやに比べると彼の友人は本当によく笑うようになった。それを見て彼も笑い、周りも笑顔になる。彼の周りには笑顔が溢れていた。
……ああ、好きだなぁ……。
授業中に教科書を音読する彼を見て、不意に出てきたそんな思考。思った瞬間顔が熱くなる。自覚するのが遅い初恋だった。
自覚したら自覚したで面倒な事になる。今まで普通の会話程度なら何でも無かったのに、急に話しかけるのも恥ずかしくなった。話しかけてくれても、思わずそっけない態度をとってしまう。そんな態度をとってしまう自分が情けなくてたまらなかった。
そしてなんのアクションも起こせないまま中学校を卒業し、高校生となった。
特にやりたいこともなかった私は地元の高校である『夢丘高等学校』に入学。彼も似たような理由で夢丘高校に入学していた。そして偶然、そこでも彼とはクラスメイトになった。
勿論嬉しかった。運命というものは信じないつもりだったが、信じてもいいかと思ってしまう程だった。
けど……少し後悔することになる。私はあくまで、たまに会話するだけのただのクラスメイトだったのだ。
今まで彼にそういう話はなかったから油断していたんだと思う。
……ううん、それは言い訳だ。私には度胸が無かっただけ。
友人(私が彼の事を好きだというのは態度で分かっていたと言う)には「早くしないと手遅れになるよ」と言われていた。それでも私は愚かにも安心していたのだ。
高校入学後、一ヶ月半くらいだろうか。
……
……彼に彼女が出来たらしい。
相手は私と同じクラスの女の子。彼と一緒の図書委員。趣味が一緒で少しの間時間を共にすれば、こうなるのは必然だったのかもしれない。
散々忠告されていたのに、私は全く動かなかった。関係が変わるのは……怖い。拒絶されるのは嫌だ。そんな保身ばかりで動けなかった。
おそらく彼女が居ようが居まいが、私はいつまでも動けなかっただろう。
……私は臆病者だ。私の恋は……想いを伝える前に呆気なく終わっていた。
とはいえ、冒頭でも言った通り、彼を好きという気持ちは無くなっていない。彼女とうまくいっていないようならまだやりようはある。
そんな最低な事を考えてしまう私は、臆病者なだけではなく卑怯者でもあった。そんな事を考えて自己嫌悪に陥る。
幸か不幸か、『そんなこと』にはならなかった。
凄く仲が良かった。クラス公認みたいになっているのが嫌だった。認めていないのがここに居るというのに。
次第に私は休み時間の度、別のクラスへ足を向けるようになっていた。
せめて彼女が嫌な人であれば良かったのだが、あんな子を嫌いになれるはずが無かった。
素直で、からかうと可愛くて、話はきちんと聞いてくれて……。
くそー、悔しいな。
くそー、寂しいな。
くそー、……やっぱり好きだな。
彼を見れば楽しそうで、彼女を見れば嬉しそうで、彼等の周りを見てもそれが当然のようにに笑っていて……
「(勝てない、な)」
どうしたらいいんだろう。逃げちゃダメなのは分かるけど、どうしたらいいのか。
そして今日も、何も出来ずに一日が過ぎ去る。もう何も考えられない。考えたくない。
私は主人公にはなれない。そんなことは分かっているけど、どうしても諦めがつかない。
今日も私の意思とは無関係に、物語は進んで行く。
―――好き。
―――大好き。
今日も私は恋をする。
この気持ちは本物だから。
この気持ちだけは無くしたくないから。
たとえもう叶わない恋だとしても。
私が彼を好きだと言うことは嘘になんてしたくない。
今日も私は彼の名を呼ぶ。
枕に顔をうずめながら。
明日もきっと、恋をする。
嗚呼、なんと辛いモブキャラ人生。
中高生で好きな人が居ない人は殆ど居ないでしょう。しかし、殆どの人は告白すら出来ないと思います。
好きだけど動けない。でも動かなければ何も変わらない。変えられない。
おそらく今後、『好きだ』と伝えることなく彼女の物語は終わってしまうのでしょう。
物語に全く出てこない、一人のモブキャラとして。
モブキャラだって恋してるんだよ。でも伝えられないからヒロインになれないんだよ。
そんな多くの人が経験する、一人の初恋と失恋の物語。