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Honey、honey。  作者: 林 ちい
貴竜ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートの章
1/4

Honey、honey1

いくら私が竜だからって、いきなりこれはどうだろうか?


「竜って、なんで人間を食べるんですか? 人間って、そんなにおいしいんですか?」


翼を休めるため気まぐれに降りた森で、人間に出会った。

それは開口一番、そう訊ねてきた。

変な奴だ。


「……食う奴もいるが私は食わないので、その問いには答えられない」


竜は翼ある存在の中で最も大きく、甲冑のような硬化した表皮と地を駆ける肉食獣に似た牙と爪を持つ。

確かに人間を頭から喰らいそうな見た目であり、人間を好んで食う奴も稀に存在する。

だが、私は人肉を口にしたことはない。

美味いか不味いかなんて、食ったことがないので知らん。


「そうなんですか……」


木々の葉が色を変え始めた森で出会った人間は、まだ幼い少女だった。

綻ぶの目立つ簡素な衣類を身につけ、皮で出来た粗末なサンダルを履いている。

背まで伸びた髪は白く、頬骨の浮き出た顔にある目はぎょろりとして……赤い。

白い髪と、赤い目。

ああ。

なるほど。

<白子>ゆえに、捨てられたのか。


「私は甘党なので、人間は食わん。特に蜂蜜が好きだ」

「蜂蜜? あたしも好きです! 甘いの大好きです!」


甘い蜜の味を思い出したのか、私を見上げていた瞳が細まり目尻が下がった。


「そうか、それは奇遇だな」


蜂蜜を好む竜は少ない。

昆虫が作り出したソレを口にするのに、多くの者が抵抗感を感じるからだ。


「蜂蜜、1回だけ食べたことあります……すごく、おいしかったです!」


下がった目尻の下には、乾いた涙の跡。

かさつきひび割れた頬を、それがさらに荒れたものにしていた。


「……ならば」


この森は。

近隣の人間共が<捨ての森>と呼ぶ場所だ。

“口減らし”は貧しい農村部ではよくあることで、珍しいことでは無い。

老いた者や弱き身体の者が、この森に連れて来られて置き去りにされる。

子供が連れて来られ、置いていかれる場所ではないのだが……暮らしに困って子を手放すならば、金銭と替えるだろう。

女ならば、男よりも買い手が付き易い。

だが、この娘は売られるのではなく捨てられた。


「ならば。私と蜂蜜を食いに行くか?」

「え? あたしが一緒にですか!?」


粗末な衣類から出ている細い手足には、無数の傷がある。

その傷から滲むのは、悪意を超えた嫌悪。

<白子>は、鳥や蛇等でも稀にいる。

珍しいと珍重され高値で取引されることもあるが、この少女の村では<忌み>の対象だったのか。

やせ細った薄い身体、傷だらけの肌。

そうなるような扱いを受け、そうして日々を生きてきたのだろう。


「蜂蜜の話をしたので、私は蜂蜜が食いたくなった。だからこれから食いに行く。お前も連れて行ってやろう」

「蜂蜜……食べたいです。でも……でも、お父さんが、ここから動いちゃいけないって言ってたから……だから、あたしは……」

「お前の父親はお前を捨てた。ここに留まればいずれ死ぬ」


残酷な言葉だが、事実だ。


「飢えて死ぬ前に、獣の餌だ」


色以外は平凡極まりない造作の顔が、不細工に歪む。


「……ッ」

「お前は、それを分かっているな?」


私はこの娘に同情する気は無いが、興味はある。

この娘は舞い降りた私に駆け寄り、自ら話しかけてきた。

話しかけてきた内容はともかく。

自分から、寄って来た……それが重要だ。


「……うん、うん。わかる。わかります、あたし、うちにいたら“駄目”なんだって……あたしは“駄目”なんだってわかって……ます」


人間であるのに、竜である私を怖がらない。

それは、とてもとても“珍しい”。


「そうか。なら話は早い。父親にとっては前は“駄目”でも、竜である私にとってはお前は“駄目”じゃない。なので、私がお前を拾う」

「え?」


ああ、この娘が、その身から失っているのは“色”だけでは無いようだ。

“どこか”、が。

“なにか”が、が足りず。

人として“欠けて”いる。

これはなかなか面白い。

面白く、珍しいぞ!


「ひろ……う? あなたが拾うんですか? “駄目”なあたしを?」

「そうだ、拾う」


私はお前を拾う理由は。

お前が、今まで見た人間の中で。

最も“珍しい”く、“面白い”からだ。


「捨てられたお前を私が拾い、お前は私と一緒に蜂の巣を食い行く。私がそう決めた。お前に選択肢は無い」


私は潰さぬように力加減に注意し、左手で少女の腰を掴んだ。


「きゃっ!?」

「落とさないから安心しろ」

「と、飛ぶんですかっ!?」


荒れた唇は、私へ問い。

赤い目玉は、空を見上げた。


「私は竜だ。移動は地を足で駆けるのではなく、空を翼で駆ける」

「……そ、ら……空」

「空は嫌いか、怖いか?」


この娘が空が嫌いだろうが怖かろうが、私には関係無いのだが。


「……す、すすす好き、大好きです!」


……嘘だな。

大好きと言いながら、痩せこけた身体は震えている。

骨を砕く牙と肉を裂く爪を持つ竜は恐れないのに、空が怖いのか?

空が好きな私には理解できない考えで、これまたなかなか面白い。


「なぜ空を怖がる? 拳を持たぬ空は、お前を殴りも叩きもしない。意思も感情を持たぬ空は、お前に悪意も嫌悪も抱かない」


そう。

空は、すべての生き物に平等だ。


「こ、怖いのは少しだから……へへ、へ平気です! だから、あたし、一緒に蜂蜜を……あ! 名前! あたし、テンネです!」


テンネ?

名前があるのか?

<忌み子>でも、名を与えられていたのか。

珍しいな。


「お前はテンネ?」

「はい! あたし、春に12才になりました! 竜さんのお名前は?」


12……12?

貧弱な体躯は12には見えない。

8歳程度かと思った。

栄養不足による発育不良か?


「私の名? 私はガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラート。歳は……数えてなかったので分からない」


600を越えたあたりから、私は歳を数えるのを止めた。

意味が無いと、気づいたからだ。


「あのっ、お名前、長かったからもう一回いいですか?」

「長い? 竜にしては短いのだが……ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートが長いなら、適当に略せ」

「りゃ、く?」

「……省略を許してやる。名にある音をいくつか使用し、短くしてみろ」

「は、はい! え~っと……」


テンネという名のこの娘は。

父親にここへ捨てられ。

私に。

竜に。

拾われ……飼われる。

動物を飼った事は無いが、飼ってみたいと思ったことはある。

犬や猫が良いかと考えていたが、人間のほうが知能が高く……この娘、テンネは色だけでなく中身も他の人間とは変わっているようだから、飼って観察したら犬や猫より数倍面白いだろう。


「急げ。私はどちらかというと短気な性質だ」


これに飽きたら、父親のように私もこれを捨てればいい。

飽きなければ、少女の短い寿命が尽きるまで飼ってみよう。


「は、はいっ! いそぐから、ちょっと待ってくださいね!」


飼う……飼育。

飼育、飼育だ。

私の新しい『趣味』が見つかったわけだ。

竜にとって、『趣味』はとても重要だ。

なぜなら、『趣味』は『執着』を満たしてくれるからだ。


「え~っと、ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラート……ガン……レ……ラートだから……え~っと、短く……」


なんだ。

覚えてるじゃないか。

まぁ、当然か。

竜にしては短いうえ、簡単な名だからな。


「ガン……レン……ラート」

「そろそろ決まったか?」

「はい! 決まりました!」


『趣味』は『執着』……竜という種族は『執着』が強い種族だ。

竜が光り物を、財宝等を好んで溜め込む性質……金銀、宝石といったモノ対し『執着』する例が人間には広く知られている。

何に『執着』するかは個体により嗜好差があり、異なる。

強い執着心を持つ竜だが、その『執着』の対象は不変ではなく変化する。

私は特に“飽きっぽい”性質だ。


私が最近『執着』し『趣味』にしてていたのは“種”だった。

植物の種に『執着』し、収集していた。

理由は……振り返ってみると、自分でもよく解からない。

あんなに集めた種だが、それに『執着』することに今の私は飽き、全く興味が無くなってしまった。

私の執着=趣味遍歴は生きた時間が長いだけに、多種多様なもので……植物の種子の前は“匙”に執着し、匙の前は鳥の飾り羽、その前は茸、その前は貝殻、その前は……。


「ハム!」


執着=趣味遍歴の回想を止めたのは、手に掴んだ少女の弾んだ声だった。


「ハム! ハムがいいです!」

「……ハム? 食いたいのか? 街まで行けば手に入るぞ」


確か、一番近い街の名物が豚のハムだったような……。

蜂蜜じゃなく、ハムが食いたくなったのか?


「え? ちがいます。ハムヴィンラートの“ハム”です」

「ハムヴィンラートのハム?」


……さっき、ガンとかレンとかラートとかぶつぶつ言っていたのに、結果は“ハム”か。

ハム?

ハム。

ハム!

ハムだと!?

この私が、竜の中でも高位に属する<貴竜>である私が“ハム”……。

加工食品みたいな名だ。

いや、みたいではなく、そのままか。


「よし。面白いので許可する」

「いいんですか?」

「ああ。気に入った」

「気に入ってもらえて、うれしいです!」


漆黒の鱗に覆われた私を映す赤い目に広がる揺らぎは、歓喜からくるものか。

少女のひび割れた唇が、感情のままに弧を描く。


「ハムさん! ハムさん、竜のハムさん! あの、えっと、あたしを拾ってくれて、ありがとうございます!」

「うむ。テンネ、お前は私に感謝しろ。それが正しく正解だ」

「はい! ハムさん!」


捨てられた人間の少女を、白い髪に赤い目のテンネを私が拾ったその日。

私は新しい『趣味』を開始した。

珍しい白子の人間の少女を、飼育し観察するという趣味だ。


「ハムさん、どこに蜂蜜を食べに行くんですか?」

「西の丘陵地帯にいる馴染みの養蜂家の所に…………ん?」


--ハムさん、どこに蜂蜜食べに行くんですか?

ーーはむさん、どこに……

ーーはむさん、ど……


「ッ!! “さん”はつけるな」


同時にそれは。

私が。


「? なんで?」

「私はハムサンドが大嫌いだからだ」


ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートが。

“ハム”になった日、だ。


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