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ESP部シリーズ

ESP部のとある軌条

作者: 式織 檻

 とある県立高校の、夏休み初日。

 前日に比べて明らかに人口密度が低くなった校舎内、その部室棟の三階の『ESP研究会』の部室で、二名の生徒がくつろいでいた。

「あっつい〜」

 部室の中ほどの椅子の上、プラスチックの下敷きでバタバタ仰ぎながら、ショートヘアーの女子生徒、五月が唸るように言った。

「ちょっと、坂巻君、家から扇風機持ってきてよ〜」

「ウチに扇風機ないよ。去年建て替えたおかげで全室クーラーになったんだ」

 窓際で雑誌をめくっていた坂巻は、声だけで答える。

「じゃ、クーラー持ってきて」

「できるか!」

 今度はさすがに顔を上げて反論した。五月はヘンッと嘲りながら、

「まったく、思いやりの欠片もないわね〜」

「……お前はどうなんだ」

 呆れるように言いながら、坂巻が再度雑誌に戻ろうとしたその時、

 コンコンッ

 入口のドアがノックされた。

「あ、はい」

 と答え、坂巻はドアの方を見やる。

 横開きの部室の扉は、現在、風通しがいいように半分開けられており、そこから廊下が見えている。しかしそこに人影はなく、じゃあノックの主はもう半分に隠れてるのかと思いながら、坂巻は雑誌を傍らに置き、来訪者を迎えるために立ち上がった。

 少なくとも現部員にはドアをノックするなんて習慣はないし、じゃあ先生だろうか、でも顧問の春日井先生は今週は来ないと聞いてたはずだけど、と坂巻が思考を巡らせつつドアに近づいていくと、

「お、坂巻君。ひっさしぶりー」

 坂巻がドアにたどり着く直前、ひょいと顔を覗かせてきたのは、ウェーブのかかったセミロングの髪を揺らしている女性。ノースリーブにジーンズという、学校敷地内ではあまり見かけない私服を纏っている。

 その女性の顔を見て、坂巻は一瞬口元を歪ませ、

「げ…………お久しぶりです。心深(こころみ)先輩」

「…………ちょい待ち。なぜに麗しの先輩が久しぶりに会いに来たってのに、第一声が『げ』なの?」

「いやいや、気のせいじゃないですか? もしくは聞き間違えとか? 幻聴ってやつですか? きっと先輩、新しい環境に入って知らず知らずのうちにストレスでも溜めちゃってるんですよ。だからそんな被害妄想的な声が聞こえるんです。うわー、大学生って大変なんですねー。先輩のこと、心配だなあ。本当、心配だ。これじゃあ僕、心配で心配で夜も眠れませんよ」

 大振りのジャスチャーで答える坂巻。

「…………やけにわざとらしいわね。まあ、そういうことにしておいてあげるわ。それより、他のみんなは?」

 心深はきょろきょろと部屋の中を見回す。下敷きを振っていた五月と目が合い、五月は首を曲げて会釈した。心深は笑顔で手を振り、それに返す。

 扉の脇に立ち尽くしたままの坂巻が、

「現部長は今特別授業で、三時頃来るそうですよ。受験生ですからね」

「いや、あの可愛げのない眼鏡君はどうでもいいのよ。それより新入生は? 一年生の女の子が入ったっていうじゃない」

「ああ、まいみちゃんですか? まだ来てないですね。そろそろ来るんじゃないですか? 今日の部活は一時から開始予定ですから」

 そう言いながら、坂巻は壁時計に目をやった。長針と短針は十二時五十分を示している。

「ん? 眼鏡君が来ないのに、部活始めるの?」

「ええ。藤沢が仕切りますよ。仮にも副部長ですから」

「ああ、あの子が副部長になったんだっけね。意外なような、そうでもないような。……しかし、少し心配な気もするわね」

「……まあ、そうですね」

 苦笑いを浮かべる坂巻。心深は腕を組んで、う〜んとしばらく考え込む仕草をした後、

「……心配だし、今日は私が仕切ってあげようか?」

「ええ? …………いや、そんな、わざわざお忙しい先輩の手を煩わせることもありませんよ。大丈夫です。心配いりませんよ。何かあってもちゃんと僕がフォローしますから。もう先輩は、今すぐ回れ右して帰っていただいてもなんら問題ありません」

「……言葉の端々にとげがあるのよね。あんた、そんなに私のことが嫌い? そりゃ、去年はすこ〜しばかり可愛がっちゃったけどさ」

 心深はいくぶんしおらしい顔を作り、坂巻の目を直視した。

「いや、そんな、心深先輩のことが嫌いなわけないじゃないですか。ありえませんよ。タイムトラベルが明日実現されるくらいありえない。心深先輩が嫌いな人なんて、人じゃありませんよ」

 ――段々坂巻の目の焦点が定まらなくなっていき、

「僕だって例外じゃないですよ? そりゃもう、心深先輩のことを愛してると言っても過言じゃないです。ええ、もう愛してますよ。愛してますったら愛してます。実は明日告白しに行こうと思ってたところで。何なら今返事をもらえます――」

「ちょ、心深先輩、坂巻君に何言わせて――」

 坂巻の言葉の羅列に、部室の奥から五月が顔を上げた瞬間、

 ドサッ

 心深の背後、廊下から鈍い音がした。坂巻がはっと我に帰りそっちに目をやると、口を半開きにしたまいみの姿。横には鞄が落ちている。

「……ご、ごめんなさい。聞く気は、なかったんですけど……」

 目を丸く見開いて、まいみは呟くような声。坂巻は慌てて、

「ちょ、違うんだ、これは……」

「そんな、大丈夫ですよ。他人に言いふらしたりしませんから。言い訳なんてしなくても。だって先輩、心の底から『愛してるー』って言ってましたし」

 まいみは病人を労わるような笑みを浮かべている。余計に焦る坂巻は、

「いや、だから違うんだって。こんな性悪先輩に愛とか。ありえない。もう、ありえなさ過ぎるよ。五月にこそ劣るが、それでも去年、この人が僕に何をどれだけしたか。それを僕が――」

 と、その横から

「あ、あなたがまいみちゃん?」

 心深が顔を出してきた。まいみは坂巻の弁解を完全に聞き流しながらそっちに顔を向け、

「あ、はい」

「うふ、初々しいわね〜。五月ちゃんも入学当初はこんな感じだったんだけど」

 部室の中で、五月がぴくっと顔を引きつらせた。

「初めまして、まいみちゃん。私は去年ここの部長をやってた心深。今、大学生。今日はまいみちゃんに会いに遊びに来たのよ」

「あ、初めまして。今年入部した花塚まいみです」

 言いながら、ぺこりとお辞儀をする。

「去年の部長さんですか〜。どんな人か話は聞いてましたけど、カッコいいですね」

 ――まいみは心深の肩の向こうを見つめながら、

「カッコよすぎます。ぜひ先輩の妹にしてもらいたいくらいです。毎日先輩の家に通いますよ。朝も昼も夜も、まいみがご飯作りますし。掃除も洗濯も任せてください。お背中だって流しま――」

 パチン

 心深が指を鳴らした。すると、まいみはハッと目の焦点を心深の顔に戻し、

「へ? 今私、何を言って……?」

「うふ。分かった? これが私の能力、精神操作」

「精神操作?」

「そ。私と目を合わせると、それだけで心の中を支配できるの」

「へ〜」

 心底感嘆した声を出すまいみ。横から坂巻が

「ね、分かった、まいみちゃん? さっきのはこの人にずっと言わされてて――」

「ところで坂巻君?」

 部屋の中から、室温を百度下げるようなおどろおどろしい声が響いてきた。ギクッとした坂巻がそろりと部屋に視線を向けると、そこには微笑を浮かべた五月の顔。額に青筋が立っている。

「さっきの君の発言。言葉の理解があまり得意じゃない私には良く分からなかったんだけど、何か君、私が世界一の性悪みたいな言い方、してませんでした?」

 坂巻は滝のような汗を流しながら、

「……いや、めっそうも――」

「嘘つくなっ! 誰が性悪よっ! あんたこそ人のことないがしろにするくせにっ! この前の買出しのときだってそうだったじゃないっ!」

「い、いや、あれはお前が勝手に言い出したんだろ。僕の予定も聞かずに」

「だってあれは仕事よっ! 義務よっ!」

「それにしたって、タイミングってのがあるだろ。じゃあ、僕も言わせてもらうが――」



 結局始まった二人の言い争いを、心深とまいみは並んで椅子に座って傍観している。

「あのお二人、事あるごとに喧嘩してて、仲悪いですよね。私、いつも冷や冷やしてるんです。去年もこんなだったんですか?」

「そんなことないわよ? だってあの二人、去年の今頃付き合ってたもの」

「え?」

 声を裏返すまいみ。心深はまいみの方に顔を向け、

「めっちゃ仲良かったのよ、あの二人。目も当てられないくらいにね。登下校も毎日一緒だったんだから。五月ちゃんが弁当作って来たりとか」

「ええ? ……でも、そんな……じゃあ、今……」

「うん、私の能力で記憶を変えたのよ」

 心深は破顔した笑顔で大きく一つ頷いた。まいみは鯉のように口を開け、

「そ、そんなことできるんですかあ?」

「簡単、簡単」

「だってだって、それって一年前なんですよね? 今も効いてるんですか?」

「私が完全に記憶を捻じ曲げちゃったからね。忘れてるというか、もう二人にはそんな記憶ないんじゃない? 人の思考なんて電気信号だし、記憶だってつきつめれば分子の形状でしかないもの。記憶の操作なんて造作もないことよ」

「そんな、お二人がかわいそうですよ〜」

 眉をハの字にして眉間にシワを寄せるまいみ。しかし心深は含み笑いで、

「そうでもないわよ。あのままいってたら、きっと今頃は喧嘩して別れてたわ。何か、上っ面だけで付き合ってた感じ? むしろ今の方が心は近いんじゃないかしら」

「でも、そばにいるってだけで、距離が近づいたりとかしてるとは思えないんですが……」

「ま、執行猶予みたいなもんだわね。有罪か無罪か。是か非か。ふふ。あなたにもまだ希望はあるってことね」

「ちょ、な、何言ってるんですかあ、心深先輩!」

「うふふ。じゃ、活動の邪魔しちゃ悪いし、まいみちゃんも見れたし、私はそろそろ帰るわ」

 言いながら心深は微笑み、そして立ち上がって部室を後にした。



「『ESP部』も、当分は賑やかそうだわね。ふふふ」

  あとがき


 本作「ESP部のとある軌条」を持ちまして、式織の「ESP部シリーズ」は一区切りとさせていただきます。ありがとうございました。

「とある日常」を含め、このシリーズのコンセプトは「超能力設定の隙間産業」といった所でしょうか。

 超能力なるものが物語の道具として使われる際、ストーリーを成り立たせたりスムーズにしたりするため、埋められている隙間がありますが、これを主軸に(できるだけ)持って行こうとしたのが、このシリーズだったりします。

 もちろんそういう設定は話が広がらないから省かれてるわけで、必然的に短編になるしかなかったわけです。ここまでキャラを立たせたんだから今から長編書けないかなとも思ったんですが、現実味はないですね。


 一応順番に並べますと、

「ESP部のとある日常」

「ESP部のとある現状」

「ESP部のとある身上」

「ESP部のとある登場」

「ESP部のとある事情」

「ESP部のとある軌条」

 となっております。


 順番に読んで頂くとスムーズに行くと思いますが、ばらばらに読んで頂いても擬似叙述トリックのような楽しみ方ができるかもしれません。

 というわけで、他の作品の方もお付き合いくださればと思います。

 ではでは、ありがとうございました。


                   式織 檻

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