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9/10

園長先生

 脚本家の加藤は林田に草稿を渡すと、

「こんな感じですか?」

とぶっきらぼうに尋ねた。今の林田とは仕事をしたくないのが業界の本音だった。

 林田は草稿に目を走らせると、

「うん、こんな感じなんだ。もっとどぎつい感じでもいい」 

林田は心の奥底で辰巳にうんと言わせたかった。この番組を最後に自分は引退してもいい。だからこそ、最後に<いいもの>を残しておきたい。

「この極道の園長先生の敵役は誰なんです?」

加藤は訝しげに訊いた。

「まだ決めてないけど・・・でも交渉するよ」

「そうですか、ま、頑張りましょう」

口では頑張ろうとは言ったものの加藤の口には張り合いというものがなかった。

(林田さんと仕事するなんて。これが10年前だったら二つ返事で答えたのに)

加藤の思惑は複雑だった。林田とは何回か仕事をした。全盛期のころは林田の忠告通りに作品を書けば視聴率は上がった。今の自分の礎は林田にある。しかし、もう役には立たない老いぼれだ。その男が再起をかけている。世話になった男からの頼みを断るわけにもいかなかった。

 加藤はどこかで林田の再起を待っていた。しかし、こう長くスランプが続くとだんだんと林田に対する魅力も失せた。

 加藤は根を詰めて林田の意に沿うような作品に仕上げた。それを見せると林田もうなずいて、原稿を持って走って行った。取りは来月である。本当に大丈夫だろうかと不安になってきた。

 林田は関係者に頭を下げるたびに鉄道を使った。車にはまだ乗れそうになかった。

 辰巳の家に向かうと、

「先生、引き受けてください。私の最後の作品になると思います。どうぞ最後にこの番組を取らせてください」

と頭を下げた。

 辰巳は林田が持ってきた脚本をただひたすらに目視した。その老いぼれには若者にはない巨大なオーラがみなぎっている。

 辰巳は脚本を閉じると、静かにうつむいた。

「先生、ありがとうございます」

林田は辰巳に礼を言うと、足早に家を去った。

 辰巳の出演が決まると、局内はざわめき始めた。あの辰巳柳太郎が林田と組む。それだけでも驚きなのに、なんでもコントをやる。時間は日曜の朝6時。すべてが信じられない。皆がそう言った。

 収録日になると局長をはじめ幹部クラスが何人か視察しに来ていた。幼稚園のセットの中に、割烹着姿の辰巳の姿がある。

「そろそろ開始します」

ADの声に一瞬の緊張が走った。

「5、4、3、2・・・・」

カウントが終わると、

「先生、おはようございます」

小さな児童たちが辰巳に大きな声であいさつをする。辰巳は静かにだがすごみのある風体で、目を鋭い刃物のようにしながら幼児を見つめると、一瞬にして顔を崩して、

「はい、おはようございます。今日もいい声ですね」

と柔らかな口調で話しかけた。

 そこへ若い男の保育士役が現れる。額に刃物で切ったような傷がある。体格もしっかりとしており赤と黒のスーツを着て、その上にピンク色エプロンをしていた。

「元締め」

男が園長の耳にささやくと、

「元締めじゃねぇ、園長先生だ。うちは立派な公立の幼稚園なんだよ。わかっているのか、お前」

辰巳の凄味がかった声が、男の胸くらをつかむのと同時に耳元にささやかれた。

「せんせい、こわい~」

園児の一人が泣きそうだった。すると辰巳の顔がまたグシャとつぶれて、

「怖くないですよ。おはようございます」

となっている。スタッフサイドから笑いが起こった。

「時に園長先生」

もういちど男は園長に話しかけた。

「西町保育園の園長がうちとドッジボールでけじめつけようって言ってます」

「けじめってなぁ、なんだい?」

「いや、その。なんでしたっけ?親善試合って言ってました」

「じゃ、それでいいじゃねえか」

「へい」

二人のやり取りを林田を含めスタッフたちは笑った。その笑い声も収録にしっかり入る。

そこへ、青のスーツ姿で金時計をはめたいかつい男が現れた。それは長瀬だった。林田はここで長瀬が入るとは知らなかった。長瀬は、

「どうも、元締め。いやいや東町の園長先生お元気そうですな」

と辰巳にむかってふてぶてしい態度で言った。しかも右手には葉巻を持っている。

「これは西町の・・・」

二人は目をぎらつかせて見合った。そこへ児童がまた一人、

「おはようございます」

と挨拶をした。すると、三人の顔はいっぺいんに緩み、

「はい、おはようございます」

となる。

「東町の。うちの生徒は知能もいいが野生の魂を持った荒くれ者じゃ。ドッジボール大会はうちの勝ちですわ」

すると辰巳扮する園長が、

「西町の。おたくの貧相なガキどもと一緒にしたら困りますよ。こっちのほうが才覚も技術も上ですから」

とにやけた。

「おう、見とれ!こちらが勝つのは目に見えとる。それまであくせく練習することですなぁ」

「その言葉そのままお返ししましょ。あたしの生徒達におたくのボールはあたりません」   

ここでカットという声が聞こえた。

 辰巳と長瀬のやりとりを林田や局長、そしてスタッフ一同が笑っていた。その笑い声は辰巳と長瀬の演技が終わった後もしばらく続いていた。

 長瀬が林田のところへやってきた。

「なんか面白いことやるって聞いたから私も出させてもらおうと思いましてね。口をきいてもらったんです。林田さん、辰巳先生が出るなら私もでますよ。この役、結構さまになっているでしょ?」

長瀬の言葉に林田は笑顔でうつむいた。その笑顔は長瀬にとって今まで見たことがない笑顔だった。顔面全体の皺が緩み頬の筋肉に若干の力が入った満面の笑顔だった。




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