再起
林田は病室で真新しい大学ノートに目を移していた。自分がしてきたことが頭を何度もよぎる。よぎっては消えていき、またふとした瞬間に頭をかすめる。辛いことや恥ずかしいことには背中を背けたくなる。自分が犯した冒険には照れ笑いをした。林田はボールペンで思いつくままに何かを書いてみた。
最初に思いついたのはこわもての男だった。しかしその男は顔に似ず優しい。
たくさんの子供たち。
(そうだ幼稚園を作ろう)
林田の顔のしわが引き締まってきれいな笑顔になった。
こわもての園長先生と子どもたち。
ペンを置いて想像してみる。たくさんの子供と手を取って遊んでいる園長の姿。この人は心の奥底では優しい人だ。ただ、こわもてだから大人からは恐れられている。きっと声も低いだろう。それでも、人に対する優しさは人一倍なのだ。
林田は退院すると富士テレビに向かった。局長室に出向くと、
「番組を一本持たせてください」
と頼んだ。局長は渋い顔をした。林田の今の力量を知ってしまってはさすがに「うん」と言えない。
「何をやりたい?」
「子供番組を作りたいんです。」
「子供番組?」
「大人も笑って楽しめる子供番組です」
「誰が出演するんだね?」
「まだ決めていません」
局長はかぶりを振った。
「時間を下さい」
林田の頼みに局長は横目で林田を見ながら言った。
「子供番組をゴールデンでやらせるわけにはいかんよ。第一、出演者も決まっていない。もしどうしてもというなら、日曜の朝6時ならくれてやってもいい。あの時間は年寄りのために民謡を流していたが、視聴率もジリヒンだ。ただしな、林田よ。またうまくいかなかったらもうこれまでだからな」
林田は笑顔で頷いた。それを見た局長は、
「なんだか変わったな、お前」
「いえ、別に変ってなど・・・」
そのあとの言葉が続かなかった。変わったかもしれない。でも、どう変わったのかわからない。
「これから出演交渉してきます」
「誰に?」
林田はニッと笑うと部屋を出て行った。
林田は鉄道に乗ると、辰巳柳太郎という役者に会いに行った。辰巳は役者の世界では一目置かれる存在だった。林田がまだ若かったころ辰巳を主役にした時代劇を作った。この作品は視聴率をこれでもかと稼ぎ、今でも時代劇専門のチャンネルで放送している。
林田が辰巳に面会を求めると、老齢の婦人が部屋に案内してくれた。辰巳も年を取った。顔中に皺が寄って誰が見てもおじいさんだ。しかし、魂が抜けていない。まだ生き抜いて芸の道を求めようとする気持ちが林田には伝わった。
「先生御無沙汰しています」
辰巳はゆっくり顔を上げた。以前、名を馳せた名プロデューサーもここまで年を取ったか。自分も老いたと辰巳は感慨にふけった。
「先生、もう一度私と仕事をしていただけないでしょうか」
辰巳は林田の言葉をゆっくりかみしめるように聞いていた。時折茶をすすりながら、頷きもせず、ただじっと林田の声に耳を傾けていた。
「先生、この作品は自分の最後の作品になるでしょう。時間帯も失礼ながらよい時間帯ではありません。しかし、私は最後に先生が笑って児童と遊んでいる姿を取りたいのです」
林田は辰巳の言葉を黙って待った。辰巳は林田が書いたノートをじっくりと見た。そして低い嗄れ声で、
「あたしじゃなきゃだめかい?」
と顎をあげた。
「だめです」
「どうしてもかい?」
「先生にやっていただきたいのです」
辰巳は茶をすすると話を続けた。
「林田。あたしが新劇でならした役者だというのは知っているだろう。もっぱら時代劇だ。なのにどうしてそのあたしが子供と遊ぶんだい?的外れじゃないか」
「的外れかもしれません。しかし、先生がおやりになった役はどこかに小さな優しさの塊があったと思います。先生のほんの小さな塊を子供たちに伝えたいのです」
辰巳は林田を凝視した。そして頬を緩めると、
「煮詰まったらまたおいで」
そう言ってノートを返した。
林田は礼を言うと家を後にした。




