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だんだんと落ちていく

 喫煙室を出てからの林田の行動は異常だった。食堂でコーヒーを飲もうとしてこぼしてしまった。ズボンがぬれたが、「アチッ」と叫ぶ前にカップを思い切り投げだしていた。息が少々乱れた。周りにいた職員たちがあっけにとらわれている。

 林田は局長室を訪ねるとノックも申し訳程度にして、

「家で仕事します。しばらく休みます」

と呟いて急ぎ足で出て行った。

 駐車場に止めてあったBMWに乗るとアクセルを強く踏んだ。ハンドルを急激に回してはタイヤが泣き叫ぶように鳴った。

 信号が赤になっているのに気が付いてブレーキを強く踏んだ。反動で自分の体が前方にのけぞる。そのまま頭をハンドルに何度も打ち付けた。時折クラクションが鳴ってしまい、気が付くと前方のドライバーが訝しげにこちらを睨みつけている。

 直進して我が家に帰るつもりだったが、左折信号が出ると急に車線を変えて左に折れた。曲がってしばらくすると山道に入っていた。ふと時計を見たら夜の9時を廻っていた。

 テレビマンとしての自分は終わっていたのかもしれない。その前にもう人間として朽ち果てていたかもしれない。そう考えるとやるせなくなっていた。

 もうどうでもよくなってきた。仕事が駄目なら、自分の存在価値はなんだろう。たぶん何もない。林田の手はハンドルを離れ、目は見ることをやめていた。

 ドンという音ともに林田は我に返った。人を轢いたかもしれない。あわてて外に出ると、後ろに黒い塊がある。懐中電灯を持ってそっと近づいてみるとその黒い塊は犬だった。犬はうっすらと白い目を開けて身動き一つしない。林田は犬の背中を何か不気味なものを触るかのように撫でた。

(犬だ)

林田はもう一度犬の背中を撫でた。犬は身動き一つしない。死んでいるのか。多分、死んでいる。

 あたりを見回すと一台の車も通らない。自分が犯してしまった行いは誰にも見られていない。林田は車に帰るとトランクに入っていた毛布を取り出した。毛布でくるむと塊となった犬の死骸を抱き起した。車のトランクへ運ぶとBMWは暗い山道をひた走った。林田はUターンできるところまで車を走らせると、今度は家路に向かってアクセルを踏みだした。

 家に着いたときは日付けを超えていた。毛布にくるまった犬の死骸を運んできた林田に妻の美津子は驚いて、

「早くどこかへやってくださいよ。どうして山に置いておかなかったんです」

と叫んだ。家に入れてくれるなとばかり、玄関から出てくると、スコップを持ってきた。

「さぁ、早く済ませてくださいよ」

林田はスコップを持って庭の片隅を掘り起こした。何かのはずみでこの死骸と出会わなぬようにと祈りながら念入りに深く掘った。

 穴の中に入れられた毛布に包まれた物体を林田は凝視した。

(俺が殺したんだ)

美津子が後ろからせっついた。

「早くしてくださいよ。ご近所に知れたらどうするの」

後ろから聞こえる女房の声はだんだんと遠のいていった。

(俺が殺したんだ)

林田はスコップに手をかけると掘り起こした土をかぶせた。土をかぶせ終わっても林田の中で吹っ切れないものがあった。かぶせた土を何度も踏みつけた。急に眼鏡を取るとしゃがみこんで目を覆った。涙は出なかった。泣きたい気持ちになってもこんな姿は見せられない。しかし、美津子には見られたはずだ。はっとして、後ろを振り返ると玄関のドアは閉められており、カーテンで閉められた部屋の明かりがほんの少しばかり林田を照らした。

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