プロローグ
常盤台と呼ばれる新興住宅地がある。きれいに補整された道路の半分以上は坂だった。
ひどい豪雨と雷鳴で辺りには人の影もない。
片側一車線の道路の間には土と草で覆い茂った分離帯がある。その分離帯から土が液体のように道路に溶け出してアスファルトを染めていた。土と草の分離帯は十字路でいったん切れて、またまっすぐにあてどもなく続いていた。
交差点の信号機には「常盤台住宅」とある。その下に一台のスクーターが横たわっていた。よく見ると、電柱の隣にリュックを背負った男がうつ伏せで倒れている。倒れてから数十分は経ったかもしれない。歩行者信号の色が点滅し、数秒で赤になった。車道用の信号が黄色に変わり、赤に変わってもその状態が変わることはなかった。道路には車一台どころか、風にあおられている人の姿もなかった。
立とうとすると右足が熱っぽく感じられた。右足が水たまりに入ると、靴の中に水が入ってぐちゃぐちゃと音が立つようになった。雨水を靴底から感じながら、男の右足は雨水で熱を少しずつ冷やそうとしていた。
少しばかりして、男は立ちあがった。スクーターのところまでたどり着くのに5分近くかかった。男は息を整えようと荒い息遣いを何度かした。そして、スクーターのハンドルを持つと、渾身の力を込めて起こそうとした。しかし、車輪を立てよとした瞬間風が男を押し倒した。男の体はスクーターとともにまた道路に倒れた。今度は起きる力もわいてこなかった。雨の音が次第に大きくなるにつれて男の意識は薄らいでいった。




