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大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?

掲載日:2026/06/19

 よく晴れた日の昼下がり。そのラーメン屋に客はいなかった。

 角刈りの店主は厨房で腕組みをしている。


 引き戸がガラガラと音を立てる。

 一人の客が入ってきた。

 年は二十代ぐらい、中肉中背の青年だ。

 白いシャツにジーンズを履いている。


 細長い店内にはカウンター席とテーブル席があり、青年はカウンター席に腰かける。


「ご注文は?」


 店主が聞くと、青年は「ラーメンお願いします」と答える。

 すると、店主は言った。


「無料で大盛りにできますが、いかがいたしますか?」


 青年は少し考えてから返事をする。


「普通でいいです」


 店主はラーメン作りに取り掛かる――と思いきや。


「大盛り無料ですよ?」


 またも聞いてきた。

 青年は右手を左右に振る。


「いえ、普通で……」


「大盛り無料ですよ?」


「普通盛りを食べたいんで……」


 青年は「普通盛りを食べたい」と答えたが、店主はなおも聞いてくる。


「大盛り無料ですよ?」


 青年の顔にいら立ちが表れる。


「普通のサイズで食べたいので、大盛りにしなくていいです」


 怒りのこもった口調で、しっかり答えた。

 だが、店主の態度を変えることはできなかった。


「大盛り無料ですよ?」


「いや、だから……!」


「大盛り無料ですよ?」


「大盛りって気分じゃなくて……」


「大盛り無料ですよ?」


「無料でも結構です!」


「大盛り無料ですよ?」


「いりません!」


「大盛り無料ですよ?」


 青年は改めて店主の顔を見る。

 すると、ぞっとした。


 店主は全くの無表情のまま目を見開き、その瞳孔は大きく広がっている。


(魚……!?)


 店主の目は魚を連想させるものだった。


「大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?」


 店主は抑揚のない声で連呼する。


「大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?」


 止まりそうもない。

 恐ろしくなった青年はついに観念する。


「お……大盛りで!」


 店主の口が止まる。


「大盛りにしてください!」


 ずっと無表情だった店主が、初めてにっこりとスマイルを浮かべた。


「かしこまりました」


 最初からそう言えよ、と言わんばかりの態度だった。


 店主はラーメン作りに取り掛かり、青年はスマホをいじり始める。

 理由は二つ。これ以上店主を見るのが怖かったのと、たまたま入ったこのラーメン屋を検索するためだ。

 ところが――


(あれ……? ない……?)


 いくら検索しても、このラーメン屋が出てこない。

 小さく、ホームページもないような飲食店なら、検索しても出てこないということはあり得るが、青年の額に汗が浮かぶ。これは決してラーメン屋ならではの熱気によるものではなかった。


 程なくして、青年の目の前にラーメンが置かれる。

 ゴトッという音とともに現れたそれは――


「ええっ!?」


 青年が声を上げてしまうほどのビッグサイズだった。

 直径30センチほどの巨大どんぶりに、具や麺がこれでもかと積まれている。

 その様は、まるで山――というより“塔”に近かった。

 明らかに数十キログラムはあり、「大盛り」なんてものではない。


「なんですか、これは!?」


「ですから、当店のラーメン大盛りですよ」


「大盛りってレベルじゃないですよ!」


「ああ、ついでに申し上げておくと、もし食べ切れなかった場合……“大盛りを頼んだのに残した罰”として、あなたの命をいただきます」


「そ、そんなっ……!? 聞いてないですよ!」


「そりゃそうですよ。言ってないんだから」


「僕はちゃんと断ったのに……!」


 店主の目が鋭く光る。


「断ったかどうかは問題じゃない。だって最終的に大盛りを頼んだんだから。判子をついちゃったお前が悪いんだよ」


「冗談じゃない! 帰らせてもら――!?」


 見ると、出入り口の引き戸が消え、ただの壁になっている。

 青年は呆然とする。

 自分はどこかとんでもない世界に迷い込んだと悟ったらしい。


 店主は腕組みする。


「まあ、諦めるんだな。世の中、()()()()()()っていくらでもあるだろう? 自分は今日も平和に一日を終えるだろうと思っていたら、突然車に轢かれる、異常者に刺される、猛獣に襲われる、落雷に打たれる……そういうことがさ。それが今回はたまたまお前の番だったってことさ」


 店主は魚のような目で青年を睨みつける。

 怖気づいた青年は箸を持とうとさえしないが――


「さあ食えよ。食わないと今すぐ死んでもらうことになるぞ」


「わ、分かりましたっ……!」


 青年は震える手で箸を持ち、最初の一口を食べた。



***



 10分ほど経過した。


「ごちそうさまでしたー!」


 青年は完食していた。

 どんぶりには麺一本、具一つ、スープ一滴すら残っていない。


「いやー、案外いけるもんですね」


「……!」


「ちなみにおいくら?」


「850円……です」


「この量で850円は安い!」


 青年が財布を見ると、ちょうど850円出すことができた。


「それじゃ、どうも。美味しかったです!」


 いつの間にか出入り口の引き戸が復活しており、青年は意気揚々と店を去る。


 店主は空っぽになったどんぶりを見て、独りごちた。


「世の中、こういうことはいくらでもある……。それが今回はたまたま俺の番だったってことか」






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
大盛り無料をしつこく押し付けて、しかもその大盛りはとんでもない量!? 嘘だろこの店主!? ……嘘だろ青年!!? この店主が条件遵守型だったのが不幸中の幸い……いややっぱあの量を10分で食い切れる青年も…
シンプルに笑えました。
 突然、日常に紛れ込んで相手を捕まえる、都市伝説型の怪異のようですね。  スフィンクスの伝説よろしく、難題を攻略された怪異は存在意義や面目を失い、破滅や消滅の運命を辿るものも多いです。  失敗した…
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