大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?
よく晴れた日の昼下がり。そのラーメン屋に客はいなかった。
角刈りの店主は厨房で腕組みをしている。
引き戸がガラガラと音を立てる。
一人の客が入ってきた。
年は二十代ぐらい、中肉中背の青年だ。
白いシャツにジーンズを履いている。
細長い店内にはカウンター席とテーブル席があり、青年はカウンター席に腰かける。
「ご注文は?」
店主が聞くと、青年は「ラーメンお願いします」と答える。
すると、店主は言った。
「無料で大盛りにできますが、いかがいたしますか?」
青年は少し考えてから返事をする。
「普通でいいです」
店主はラーメン作りに取り掛かる――と思いきや。
「大盛り無料ですよ?」
またも聞いてきた。
青年は右手を左右に振る。
「いえ、普通で……」
「大盛り無料ですよ?」
「普通盛りを食べたいんで……」
青年は「普通盛りを食べたい」と答えたが、店主はなおも聞いてくる。
「大盛り無料ですよ?」
青年の顔にいら立ちが表れる。
「普通のサイズで食べたいので、大盛りにしなくていいです」
怒りのこもった口調で、しっかり答えた。
だが、店主の態度を変えることはできなかった。
「大盛り無料ですよ?」
「いや、だから……!」
「大盛り無料ですよ?」
「大盛りって気分じゃなくて……」
「大盛り無料ですよ?」
「無料でも結構です!」
「大盛り無料ですよ?」
「いりません!」
「大盛り無料ですよ?」
青年は改めて店主の顔を見る。
すると、ぞっとした。
店主は全くの無表情のまま目を見開き、その瞳孔は大きく広がっている。
(魚……!?)
店主の目は魚を連想させるものだった。
「大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?」
店主は抑揚のない声で連呼する。
「大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ? 大盛り無料ですよ?」
止まりそうもない。
恐ろしくなった青年はついに観念する。
「お……大盛りで!」
店主の口が止まる。
「大盛りにしてください!」
ずっと無表情だった店主が、初めてにっこりとスマイルを浮かべた。
「かしこまりました」
最初からそう言えよ、と言わんばかりの態度だった。
店主はラーメン作りに取り掛かり、青年はスマホをいじり始める。
理由は二つ。これ以上店主を見るのが怖かったのと、たまたま入ったこのラーメン屋を検索するためだ。
ところが――
(あれ……? ない……?)
いくら検索しても、このラーメン屋が出てこない。
小さく、ホームページもないような飲食店なら、検索しても出てこないということはあり得るが、青年の額に汗が浮かぶ。これは決してラーメン屋ならではの熱気によるものではなかった。
程なくして、青年の目の前にラーメンが置かれる。
ゴトッという音とともに現れたそれは――
「ええっ!?」
青年が声を上げてしまうほどのビッグサイズだった。
直径30センチほどの巨大どんぶりに、具や麺がこれでもかと積まれている。
その様は、まるで山――というより“塔”に近かった。
明らかに数十キログラムはあり、「大盛り」なんてものではない。
「なんですか、これは!?」
「ですから、当店のラーメン大盛りですよ」
「大盛りってレベルじゃないですよ!」
「ああ、ついでに申し上げておくと、もし食べ切れなかった場合……“大盛りを頼んだのに残した罰”として、あなたの命をいただきます」
「そ、そんなっ……!? 聞いてないですよ!」
「そりゃそうですよ。言ってないんだから」
「僕はちゃんと断ったのに……!」
店主の目が鋭く光る。
「断ったかどうかは問題じゃない。だって最終的に大盛りを頼んだんだから。判子をついちゃったお前が悪いんだよ」
「冗談じゃない! 帰らせてもら――!?」
見ると、出入り口の引き戸が消え、ただの壁になっている。
青年は呆然とする。
自分はどこかとんでもない世界に迷い込んだと悟ったらしい。
店主は腕組みする。
「まあ、諦めるんだな。世の中、こういうことっていくらでもあるだろう? 自分は今日も平和に一日を終えるだろうと思っていたら、突然車に轢かれる、異常者に刺される、猛獣に襲われる、落雷に打たれる……そういうことがさ。それが今回はたまたまお前の番だったってことさ」
店主は魚のような目で青年を睨みつける。
怖気づいた青年は箸を持とうとさえしないが――
「さあ食えよ。食わないと今すぐ死んでもらうことになるぞ」
「わ、分かりましたっ……!」
青年は震える手で箸を持ち、最初の一口を食べた。
***
10分ほど経過した。
「ごちそうさまでしたー!」
青年は完食していた。
どんぶりには麺一本、具一つ、スープ一滴すら残っていない。
「いやー、案外いけるもんですね」
「……!」
「ちなみにおいくら?」
「850円……です」
「この量で850円は安い!」
青年が財布を見ると、ちょうど850円出すことができた。
「それじゃ、どうも。美味しかったです!」
いつの間にか出入り口の引き戸が復活しており、青年は意気揚々と店を去る。
店主は空っぽになったどんぶりを見て、独りごちた。
「世の中、こういうことはいくらでもある……。それが今回はたまたま俺の番だったってことか」
おわり
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