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最後に全てがひっくり返るような物語

悪役聖女の殺し方

作者: 蓮見たくま

六作目。

悪女と呼ばれた聖女の秘密のお話。



 聖女が死んだ。



 この国を揺るがす程の一大事件。

 それが私の耳に届いたのは今朝の事だった。


 借りていた安い宿の一室で目を覚ました私は、慣れない硬いベッドで凝っていた体をゆっくりと起き上がらせると、真相を確かめるべく、まずは窓を開くことにした。


 賑やかな街並みが目に映る。

 二階の角部屋から見下ろす景色は今までと何ら変わりなく、寧ろ人々の表情はどことなく明るい様にも見えた。


 国の重要人物が死んだとは到底思えない。

 だが、私は知っている。浅い眠りに苦しむ私の耳に、部屋の薄い壁から確かに「聖女が死んだ」との話し声が聞こえたことを。


 もしかしたら、夢だったのかもしれない。

 或いは、噂好きな従業員たちが、根も葉もない空事に騙されているだけなのかもしれない。


 何故なら聖女は特別なのだ。

 国の高い高い城の上。そこで聖女はひとり守られている。外に出ることは無い。最高級の食事を三食欠かさず提供され、日に二度湯船に浸かり、清潔な服を着て、祈りを捧げ、ふかふかのベッドで眠る。そうして聖女は死なないように国に守られているのだ。


 それが、聖女の役目。

 聖女が死ねば、この国は災いに苛まれ滅んでしまうのだから。


 これは噂ではない。

 言い伝えや伝承なんかでもない。れっきとした事実だ。歴史がそれを物語っている。


 この国は呪われているのだ。

 理由は知らない。魔女だとか魔王だとか。はたまた人間の怨念だとか。そこは重要ではない。事実としてこの国が呪われている。それが、この話の核だ。


 呪いのせいで、国には様々な厄災が降り注がれてきた。


 原因不明の不治の病。

 天変地異の大災害。

 凶暴な魔物の出現。


 これらは過去に実際に起きた出来事だ。

 そして、その厄災から国を守るために聖女が誕生した。


 聖女は王族の血を引く者から選ばれる。

 選ぶといっても、人間が勝手に決めるわけではない。聖女として産まれた赤ん坊には、体の何処かに紋章が刻まれる。そして、聖女として育てられるのだ。


 聖女は必ずひとりだけ。

 紋章持ちの赤ん坊が産まれれば、その子が生きている内は同じ力を持つ者は決して産まれない。


 逆に言えば、聖女が死ねば新しい聖女が誕生する、ということだ。


 きっと、これも呪いのひとつなのだろう。

 人によっては、高級で贅沢な暮らしを生涯満喫できる、と羨ましがる者もいるかもしれない。


 だが、それは妄想だ。

 何故なら、現に聖女は若くして死んでしまったのだから。


 私は一時間程ぼんやりと考え事をしながら街を見下ろした後で、ゆっくりと窓を閉めた。鍵を掛け、カーテンを閉め、薄暗くなった部屋に佇むと、安堵を吐き出すように呟いた。


「⋯⋯本当に死んでしまったのね。可哀そうな聖女様」


 聖女が死んだことを()()()()()私は、わざとらしく悲しむ素振りをして見せたところで、身支度を整えて宿から出ることにした。


 顔を洗い、髪の手入れをし、用意されていた服に着替える。

 最後に、女性が持つには少し大きめなリュックを背負い外に出ると、街は異様な程に賑やかだった。


 人々は笑い合い、手を取り合い、聖女が死んだことを祝していた。


 一歩足を踏み出せば歓喜の声が上がり、さらに一歩踏み出せば聖女への罵倒が聞こえる。


 どんちゃん騒ぎの街中で、私は城を目指す暇つぶしとして人々の会話に耳を傾けることにした。


「ようやくあの悪女が死んだんだってな。アイツは死んで当然さ。婚約相手のピーター様に暴力を振るっていたんだからな。噂じゃ刃物で刺したこともあるんだとよ」


「この国の第一王子に何たる無礼な。自分が聖女だからと全てが許されるわけもなかろうに。しかも、アリシアお嬢様にまで陰湿な嫌がらせをしていたそうだ」


「自分の世話をしてくれた召使いにも酷い態度だったそうな。運ばれた料理を目の前で捨てて見せたり。髪を無理やり切り裂いたり。酷ぇもんだよ全く」


「聖女が病死ってのも皮肉が効いてて笑える。これでピーター様とアリシア様が婚約されれば、新しい聖女が産まれる。結果的には万々歳さ」


 一通り聞こえてきたのはそんな話声だった。


 人々の話を整理すると、聖女はとんでもない悪女だったらしい。この国の第一王子であり婚約相手の男に暴力を振るい、その男が本当に愛している女にまで嫌がらせをする。まさに悪役聖女。最低最悪。死んで当然。人々が喜ぶ気持ちも少しは分かる。こんな聖女など、この国から消えるのがやはり正しいのだ。


 と、そんなこんなで人々の話を楽しみながら歩いていると、目当ての場所に辿り着いた。


 王城だ。

 白くて大きな素敵なお城。見上げると首が痛くなるほどの高い高いお城。権力とお金とエゴで造られたこの国の象徴。


 ここに私がやってきたのは、人と会う約束をしていたはずだからだ。

 だが、目の前には多くの民衆が敷き詰められている。これは探すのに手が掛かりそう。


 人混みを掻き分け私がウロウロとしていると、民衆の見上げる先から、低く汚く大きな声が上がった。


「私たちはこの国の宝を失った! だが安心してほしい。私は今日ここにアリシアとの婚約を発表する! 新しい聖女の誕生は目の前だ!」


 高らかな宣言と共に、崇拝するバカな民衆たちは今日一番の歓声を上げた。


 馬鹿らしい。

 とんだ茶番だ。


 私は半眼で、城のバルコニーから笑顔で手を振るう男を見上げた。


 この国の第一王子ピーター。

 整った顔と甘いマスクに、清潔な身なりと長身。所謂イケメンという奴だ。ついでに圧倒的な金持ちで権力者。人生勝ち組のお坊ちゃま。吐き気がする。だが、これで見納めと思えば、いくらでも耐えることができた。


 そんな王子様の隣には、あの女⋯⋯アリシアが立っている。

 可愛らしくも華のある女性。あと胸がデカイ。その胸をピーターの右腕に押し付けこれでもかと密着している。頬は赤らみ涙まで流している。そうですかそうですか、余程嬉しいみたいですね。私としても喜ばしい限りですよホント。その大きな赤いドレスで隠したお腹の子が産まれてくる瞬間を楽しみにしておきますわ。


「⋯⋯ン。⋯⋯おい! アンナ!!」


「え⋯⋯?」


 私がお熱いお二方に思いつく限りの悪態を吐いていると、突然背後から肩を掴まれた。


 驚いて反射的に振り向くと、そこにはひとりの男性が心配した様子でこちらを見ていた。


 サッパリとした茶色の短髪に、広い肩幅。掴まれた手も男らしく大きい。だが、特別に筋肉質というわけでもない。程よく良い筋肉だ。マッチョじゃなく細マッチョ。よりも少しは筋肉があるかな。とにかく良い筋肉だ。格好良い。素敵な私好みの筋肉さん。


「どうしたんだアンナ? 呼んでも聞こえないみたいだったし。それと、そんなに僕をジロジロ見て」


「ごめんな⋯⋯ごめんごめん! そうよ、私はアンナだもんね。今日も格好いいよルーク」


「あ、あぁ。ありがとう⋯⋯」


 私の練習通りの笑顔にルークは少しだけ困惑する。

 おかしいわね。完璧だったと思うのだけれど。


 すると、ルークは目を細め、ジッと私の顔を見つめた。


 心臓が跳ね上がる。

 嫌な予感がして無意識に後ずさりしようとした時、ルークがそっと私の頬に手を伸ばした。


「なぁ、なんでマスクなんて着けているんだ?」


「あっ、これね! これのことね!」


 私はルークの手を優しく払いのけると、ひとつ咳払いをして続けた。


「ちょっと風邪気味でさ! 熱もあるかもだし、あんま近づかない方が良いよ」


「だからさっき名前を呼んでも返事しなかったのか。風邪だと頭ボーっとするもんな」


 何故か都合よく勘違いしてくれた。

 そういう間の抜けたところがルークは可愛い。


「そうなんだよね。はは、薬師なのにバカみたい」


「仕方ないさ。それに薬師ならラッキーだろ? 後で効く薬調合してやるよ」


 優しい。

 こんなイケメンに薬を調合してもらえたら、不治の病だって治る自信がある。


 私が嬉しそうに頷くとルークも安心したように笑った。


「⋯⋯それにしても凄い人だな。聖女が死んだし当然か。そういえばアンナと聖女は仲良かったんだろ? 残念だったな。病治らなくて」


「うん、悲しいよ。本当に悲しい」


 私は再び上を見上げた。

 楽しそうに、嬉しそうに笑うピーターとアリシアの姿。だが、聖女の⋯⋯彼女の姿は無い。もうどこにも彼女は居ない。


 埋められたのか。

 焼かれたのか。


 良くも悪くも手際が良い。そして頭が悪い。今こうしてバカ騒ぎが起きている以上、碌に死体を調べることも無かったのだろう。実に残念だ。


「聖女様が重い病に冒されて、それを聞いて私たちこの国に来たのにね。ごめんねルーク。私、力不足だった」


「バカ言え。アンナに治せない病気はどこの誰にだって治せないよ。聖女は運が悪かった。それだけさ」


 ルークが悲しむ私の体を優しく抱きしめる。

 優しい。ルークは本当に優しい。だから、大好きなの。他の誰よりも大好きで、どんな手を使ってでも手にしたくなる。そう、どんな手を使ってでも。


「さぁ、そろそろ行こう。もうこの国ともお別れだ」


 ルークが歩き出す。

 彼の背中はとても大きくって、私の中の不安や悲しみを一緒に背負ってくれているようだ。


 この背中に、私は一生ついていく。

 何年、何十年、何百年だって。もう二度と、この幸せを手放してやるものですか。死ぬ気で掴んだこの人生を、失ってたまるものですか。


「死ぬ気で掴んだ、ね」


 私は歩き出すと、徐に口元を隠していた布切れを取っ払った。


 涼しい風が熱を冷まし、新鮮な空気が肺を満たす。

 露わになった口元。その右の頬へと手で触れる。


 あの忌まわしい、私の人生を狂わせた()()()()がまだそこにはあった。


「さよなら聖女様。ようやく死ねたね」


 幸せに満たされた私の顔は、きっと世界の誰よりもどす黒く邪悪に笑っているのだろう。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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一生、籠の鳥で外にも出れず、自由もなく、安全装置として幽閉されるのは、ただの懲罰ですよね。聖女として産み落とされることが最大の呪いとしかいいようがない。 逃げたくなるのも当然ですし、そんな境遇に置かれ…
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