火宅の人
〈猫抱いて寒風だけとなりにけり 涙次〉
【ⅰ】
怪盗もぐら國王と中目朱那は、韓国は濟州島の豪奢なホテルにゐた。*「誓ひの日」の後、新婚旅行ではないが、2人はカジノで適当に儲けたりスッたりし、適当に樂しい時を過ごしてゐるのだ。ホテルの屋外ジャグジーに2人つきり。國王が浮かない顔をしてゐるのを朱那は目聡く指摘し、「だうしたの、國王? 折角のリゾートぢやないの」-「うん。少しだけだが哲平の事、考へてた」-「まだ諦めが付かない譯?」-「** 奴を失つたのは、俺にとつて大きな障害なんだ。ルパン三世には次元大介がゐたゞろ?」-「仕事する張り合ひをなくしたつて事?」-「まあね。俺は俺で一人でも續けるがね」
* 當該シリーズ第165話參照。
** 前シリーズ第195話參照。
【ⅱ】
三笑亭POMの助、こと三つ目鸚鵡のPOMは、久し振りに母、* 憂花の前にゐた。父・枝垂哲平のマンションに合鍵を使つて入つたのである。枝垂は不在。POMの助は、新しい、(ピン藝人としての)彼の藝を母にお披露目に來たのである。「えー每度馬鹿馬鹿しいお咄を一席。え゙、何? 馬鹿馬鹿しい話なんて聴きたくない? ぢや眞面目な話を... え゙、眞面目な話聴きに誰がこんなところ來るもんかつて?(暫し沈黙)(突如キレる)どつちなんぢや! 落語ナメとんのかワレあ!! ぢや、これで。(中坐する)(再び出て來)えーこんちお日柄も宜しいやうで-」「母さんこれが新ネタ。アントナン・アルトオの罵倒劇の要素を取り入れてみました」-憂花「POMは勉強熱心なのね、あたしなんかお笑ひのセンスないから、ちつとも理解出來ないわ」
* 當該シリーズ第124話參照。
【ⅲ】
憂花はふと、孤獨感に苛まれてゐる自分に氣付く。POMは才能あるから自由に好き勝手に羽撃けるけれど、何もない鸚鵡のあたしは何時まで經つても籠の鳥。おまけに枝垂は最近本妻(?)の惠都巳の許に入り浸つて、憂花の事など一顧だにしない。せめて、一介の鸚鵡としてゞもいゝから、あたしの事愛してくれるなら− そんな憂花に【魔】が囁かない筈がない。彼女とて魔界の出身者なのだ。
※※※※
〈キレがありコクがあるとは何の事藥嚥み干す冬ビィルかな 平手みき〉
【ⅳ】
そんな事とはつゆ知らず、枝垂がマンションに帰つて來た。(POM、來たのか)−POMはマンションを辞してゐたが、「にほひ」で分かる。(ねえ、枝垂さん)と憂花は云ふのである。(何だい改まつて)−(貴方にとつて、あたしつて何?)−枝垂は返答に詰まつた。仕方なく、かう答へた。(何つて、俺の可愛い憂花だよ)−(そんなその場劃りの云ひ譯が通用するもんですか!)マンションの部屋は、忽ちの内に「魔的空間」の修羅場と化した。枝垂「く、苦しい、息が出來ない」−枝垂、窒息でその場に昏倒した。
【ⅴ】
(さて、この裏切り者をだう料理してやらうかしら)−憂花、籠から出やうとした。だが、籠は、何処を押しても引いても、びくともしない。さう、この籠にはカンテラが魔力を使つて封印をしてゐたのだ。こんな事も將來起き得るだらう、と君繪が入れ知惠をしてゐたのだ。君繪の豫知能力の事なんか、憂花は知らなかつたけれども、この儘枝垂と一緒に息果てる迄この部屋に閉じ籠もつてゐるのは、彼女の本意に叛してゐた。「あたしはたゞ自由の身になりたかつたゞけなのに−」
【ⅵ】
憂花は「魔的空間」を解いた。枝垂の笑顔がたゞひたすら戀しかつた。
枝垂は昏睡した儘だつた。憂花は急ぎ、POMの助に念波を送つた。「貴方のお父さん、窒息狀態で倒れてるわよ」。POMは複雜な心境だつた。母を顧みぬ父。この儘見殺しにしてくれやうか。だが結局、超個人主義者のPOMにも、人に對する善意と云ふものが一欠片殘つてゐたのだ。POMはカンテラの事務所に、他人の聲色を使つて連絡した...
【ⅶ】
で、かうやつて枝垂は今も健在でゐる。憂花は己れの愛に負けた。
※※※※
〈猫抱いて寒風だけとなりにけり 涙次〉
POMの助は現金書留で、偽名を使つて仕事の報酬をカンテラ一味宛て、送つた。それがそりの合はない父への、最大限の愛情の吐露であつた。暗い話である。「火宅の人」と題名をつけやう。それぢやまた。




