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第六話

地下牢の石壁はジメジメとしている。部屋には逃走防止のためか、換気口もない。リリエルは、暇つぶしとばかりに歩き回っては止まり、止まってはまた歩き出している。


コツコツとヒールが石を叩く音が聞こえる。ブーツを履いた憲兵だろう。リリエルは興味がないとばかりに行動を止めない。


「これより、被疑者リリエルの取り調べを行う」

高らかに宣言した憲兵は、地下牢の鍵を開けて中へ入ってきた。


* * *


「ほら、動け」

憲兵はリリエルを後ろから追い立て、取調室へ促す。

「私に話すことはないわ」


「そうか。それでもこちらは聞かなければいけないんだ」

細剣を持った憲兵は、切先を喉に突きつけて話す。

「なぜ『罪なき森の民』を殺した」

憲兵の細剣がわずかにリリエルに向かう。首元にチクリとした感触がある。


「『罪なき森の民』ですって?彼らは、私たちの荷馬車を散々に襲ったわ。いったいどれほどの被害が出たと思っているのかしら」

「貴様らの被害は知らん。今は我々の被害について話している」

憲兵は聞く耳を持たず、描かれた餅を焼くように空白を埋めていく。


「先日、貴様は『盗賊狩り』と称して『罪なき森の民』を虐殺して回った。そして悪びれもせずその後複数回このウェスティニアに足を運んでいる」

リリエルは何も言わずに続きを促す。


「何も言わないということは、肯定と見ていいな?」

しかしリリエルは何も言わない。今これ以上尋問をしても無意味だと考えた憲兵は、リリエルを元の地下牢に戻した。


* * *


翌日、再びログインしたリリエルは未だ地下牢の中にいる。

(さて、クリスはそろそろ着くかしら?前線の誰かに護衛を頼むべきだったかしら?)


ログアウトをすれば逃げられる自分自身より、この世界に生きているクリスを心配するリリエル。部下を案じるのは上司としての役目というだけでなく、単純にこの状況をゲームとして楽しんでいるのだろう。


「起きてるか?ほら動け」

しばらくして、昨日と同じ憲兵が来る。リリエルはまた取調室へ連れて行かれる。


「私はなにも悪いことをしていないわ。降りかかった火の粉を払い除けただけよ」

「強情なやつだな。認めちまえばここから出られるってのに」

憲兵はあくまでも罪の自白をさせたいようで、リリエルに精神的苦痛を与え続ける。


ふと、コツコツと部屋の外から足音が聞こえ、憲兵が振り向いた。

「ん?誰だ?今は重要な取り調べの最中なんだが……」

ピチッと着られた軍服に、肩にはしっかりと肩章が付いている。将校だ。


「憲兵、官性名を」

「ハッ、小官は第一首都師団第二大隊憲兵隊のフリッツ曹長であります」

「そうか。フリッツ曹長、ご苦労だった。あとは私が引き継ぐ」

フリッツはその言葉を聞くと敬礼をして足早にさっていく。


「さて、リリエル殿。私はあなたを解放する用意があります」

「それは、ありがとう。お名前を教えてくださるかしら?」


将校は背筋を伸ばして答える。

「私はノルド・ド・ミグル。陸軍にて、中佐を任官しています」


ミグル中佐はリリエルに歩幅を合わせ、外へ案内する。リリエルはミグルの後に着いて牢の外へ出ていった。


* * *


「あらクリス。数日ぶりかしら?」

「会頭、ご無事で何よりです」

クリスはリリエルを出迎える。


「ところで、そちらの軍人殿は……」

「こちらはミグル中佐殿よ。私を地上まで案内してくださったの」

紹介を受けたミグルはクリスの方を向く。


「今し方紹介を受けた、ノルド・ド・ミグルだ」

「ほう、ミグル中佐殿……」

クリスは何かを感じたようで、軽く考えるように復唱する。


「さあクリス、帰るわよ。直接セントレイアまで行くわ」

リリエルの声にクリスは考え事をやめて待機させていた馬車を呼ぶ。


「それじゃあミグル中佐殿、またどこかでお会いしたら、よろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

少し芝居掛かったリリエルの態度を、ミグルは拒否せず受け流す。リリエルはヒラリと馬車に乗り、セントレイアへと出発した。


* * *


ミグルと別れ、馬車の中で話をする2人。リリエルは先ほどの不自然なクリスの反応に引っかかっている。

「クリス、あなたはノルド・ド・ミグルを知っているのかしら?」


「知っているも何も……そう言えば、会頭は異邦人でしたね。10年前の革命で貴族位を失った貴族ですよ」

クリスは当時を知らないリリエルに、軽く説明をする。

「彼はミグル子爵家の次男で、兄と父は革命の時に王に殉じました。それはもう、見事な最期だったと特に南方では小芝居になっているほどです」


「そう、少し厄介な案件ね。まだ貴族称号であるドを使っているのは、貴族に返り咲くためかしら?」

リリエルの独り言は特に返答を求めた者ではなった。

「手のものに探らせましょう。きっと数日後には情報が入るはずです」


「そうね、よろしく頼むわ。それと、今回の費用を後で正確に紙にして欲しいわ」

リリエルの要求に、クリスはただ、かしこまりましたとだけ返した。当然だが、馬車の中はやることがなく、リリエルはクリスに少し休むことを伝え、ログアウトした。


* * *


ログアウトした冬雪は、静かに伸びをする。

「最近、ゲームが多いからか体が固まっている気がするわ。今度桜を誘ってランニングでもするべきかしら」


とりとめないことを考えながら、冬雪はスケジューラーを見る。予定の確認は重要だ。

「あら?明日までの課題が未提出ね。忘れないうちにやらなきゃね」

少し課題を進めていると、桜が帰ってくる。


もうすぐ夕食の準備を始めようかという時に、冬雪の端末が通知を告げる。

「お姉ちゃん、通知だよ」

自動調理器に献立を入力していた冬雪は、桜に呼ばれて端末を手に取る。


「ありがとう、どうやらゲームのようね」

「それじゃ、先に食べてようか?」

「いいえ、ゲームは後でできるわ。先に夕食を食べましょう」

自動調理器からは、暖かな湯気が上がっていた。


* * *


夕食を終えた冬雪は、再びフロンティアネクサスの世界へログインする。

「会頭、お目覚めですか?」

「ええ、充分に休ませてもらったわ。馬車がそろそろセントレイアにつくと思って、体を起こした(ログインした)のよ」


クリスに迎えられたリリエルは、セントレイアが見えてきた道を進む馬車にしばらく揺られている。

商会に到着し、会頭室の椅子に座ったリリエルは、クリスに労いの言葉をかける。


「お疲れ様ね。クリス、私がいない間ありがとう」

「それが私の仕事ですから」

「そうね。それじゃあ次の仕事に行こうかしら」

リリエルは書類を広げて次の商材を選び始めた。

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