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第四話

入学式も終わり、そろそろ春休みも終わる頃、冬雪は桜の履修登録の面倒を見ていた。昔は入学式の後すぐに講義が始まっていたが、近年は新入生がサークルに慣れる期間として少しだけ時間を空けてから前期の講義を始めている。

「お姉ちゃん、シラバスってどう読めばいいの?」

「シラバスは講義の内容とそれを受けて取れる単位数、それを受講することができる年次が書いてあるのよ」


冬雪は桜の隣に座り、丁寧に説明をする。妹を思う姉の気持ちはどの時代でも変わらないとその姿は物語っている。

「教員はそれに沿って講義を進めていくから、大体のことはシラバスを読めば分かるわ」

「それができるのは一部の人たちだけだよ、お姉ちゃん……」


桜は冬雪の暴論に呆れているが、冬雪は至って真面目だ。

「そうかしら?確かに大学の講義はそれまでの授業と違って教員ごとの思想が出やすい分、細かいニュアンスは変わるけれど、それも各教員の出版した本を読めば大体分かるわ。それに、各教員の本は大体図書館に置いてあるから、お金を出して買う必要もないのよ」


「ま、まあ興味のある講義を単位上限まで詰め込めばいいんだよね!」

「まあそうね。ただ詰め込むだけだと単位を落としてしまうかもしれないから、ある程度自分の力量で調整すればいいと思うわ」

桜は冬雪にありがとうと告げ、パソコンに目を落とす。桜の季節はそろそろ終わるようで、窓の外には花吹雪が舞っている。


冬雪は履修登録が終わるのを見届けてフロンティアネクサスの世界へログインをする。西方の問題は片付いたのだろうか、と考えながら、意識は電子の世界に埋もれていった。


* * *


ログインしたリリエルはいつものようにクリスの報告を聞く。

「前々より被害の増えていた西方方面ですが、さらに被害が増えております」

既に会話だけではまとめきれなくなってきたのか、リリエルの手元には紙がある。現代人にとって、紙は貴重なものという認識はないだろう。しかし、この世界では王族や諸侯でさえも無駄遣いをすることはできない貴重品だ。


「……紙にまとめるほどの被害、そろそろ本腰を入れて対処をしなければいけないわね」

リリエルは少し考え事をしつつ手元の紙を眺めている。


「そうね、とりあえず当面の処置として野盗の討伐依頼で対処するしかないわね」

「承知いたしました。組合に依頼を出しておきます」

「よろしく頼むわ」

「報告は以上になります。では、組合へ行って参ります」

クリスが出ていき1人になった部屋でリリエルは思案する。


(原因を探らなければならないわね……。雷人が適任かしら?)

リリエルは雷人にシステムメッセージを送った。


* * *


「それにしても、リリエルから森に行きたいなんて珍しいね」

雷人は森を歩きながらリリエルに声をかける。ここはセントレイア西方の森──ウェスティニアとの国境のあるウェス大森林の中だ。


「そうね。戦闘スキルを育てていないから、あまりきたくはないのだけれど……今回ばかりは例外だわ」

「例外ね。確かに最近のウェスティニアは危なそうだ。エネミーの数がいつもより少ない」

先日より、ウェスティニア発着の便の損害が増えている。護衛依頼を増やしたことから雷人や他のプレイヤーにも筒抜けだ。


「特定のエネミーが増えた様子ではないし、数は減ったとはいえ弱くなったり、逆に強くなったりもしていないわね」

「ああ、この辺りの平均的なレベルだね。そうすると、エネミーが少ない原因は人為的なものだろうか」

リリエルは少し考えてみる。


「そうね。ただ、大規模なエネミー狩りだけでは説明がつかないわ。理由は何かしら?」

「ウェスティニアが開拓を始めたという話も聞かない。大規模な集団が動いていないと説明はつかないな」

雷人の言葉にリリエルはハッと思考の波から顔を出す。


「まさか、レッドプレイヤーの拠点があるのかしら?」

「それにしてはプレイヤーが被害にあった話を聞かない」

フロンティアネクサスではいわゆるレッド行為──プレイヤーキルなどは禁止されていない。ただし、執拗な行為であればBANをされる可能性がある。


「ええ、そうね。そうなるとまた別の要因かしら?考えすぎて頭が痛くなってくるわね」

「調査を進めるしかないだろうさ」

「そうね。先に進みましょうか」

リリエルは一旦考えるのをやめて、先に進むように促した。


* * *


ウェス大森林深部よりややウェスティニアへ寄ったあたりを散策するリリエル一行は、不審な気配を察知した。


「嫌な雰囲気ね。何か出そうだわ」

「リリエル商会長が何か出そうだなんて……イヤだなぁ、ボクが悪霊みたいじゃないですか」

「うわ出た!?」

突如、何もなかったはずのところから人が出てきて雷人は思わず抜剣する。


「イヤだなぁ雷人さん、まるで攻撃されたかのような反応じゃあないですか」

「あらギフトボックス、私たちを狙っているのかしら?」

ギフトボックスと呼ばれた丸腰の少年は、雷人の正面から後ろ、リリエルの前へと移動する。有名人以外は眼中にないとばかりにリリエルに近づいた。


「私を倒しても何も落ちないわよ?生憎、金目のものは持っていないの」

「ギフトボックス、君ほどのレッドプレイヤーならリリエルを倒すことが悪手だとわかっていると思うが……それとも何か理由があるのか?」


「まあ、無くはないんですけどね。さすがにリリエルさんを敵に回すのはイヤなので、違約金払って手を引きました」

どうでもいいことのように笑って話すギフトボックスに、リリエルは少し考える素振りをして話す。


「そう、私のためにありがとう。違約金は肩代わりする。明後日以降どこの支店でも受け取れるように手配をするわ」

「受け取れませんよ。ボクが人の命の価値を決める悪い人みたいじゃないですか」

「金次第で暗殺を請け負うのは、命の価値を決めていることじゃないのか?」

雷人がボソリとツッコむが、ギフトボックスはそれを丁寧に無視した。


「ところで、稼業でないのならどのような用事かしら?」

「そうです。最近、ウェスティニアの一部住民と新参レッドが組んでこの辺りの流通を荒らしていると聞きました。ボクとしてはプレイヤーはいくら被害に遭ってもいいと思うんですけどね」

この世界のNPCは基本的に生き返らない。


「つまり、NPCの被害を憂いているわけね」

「そういうことです。この点なら、リリエルさんと利害が一致しますよね?」

一行は話をしている間に森を抜けていた。ウェスティニアの街はすぐそこにある。


* * *


ウェスティニアの街に入った一行はプレイヤー経営のカフェで話の続きをしている。雷人たちは依頼の途中、ギフトボックスは取り引きとして、この場はリリエルの奢りだ。


「ここのお店はハチミツバタークッキーと紅茶のセットがおすすめよ。自然な甘さだから食べやすいのよね」

リリエルは何も気にしていないようにクッキーを1つ摘んで食べる。


「さて、本題に入ろうか。ギフトボックス、君は新参のレッドが秩序なく暴れているのが気に入らないということだったね?」

「まあ、だいたいそうです。ボクとしては不必要な被害を出したくないんですよね」

ギフトボックスは目でリリエルに話を流すが、リリエルは雷人にそのまま目線を送る。


「つまり、今回の騒動から1人でも多くのNPCを救いたいということか?」

「はい。そのためにリリエル商会長と手を取り合えたらと思っています」

隣で広げられている面接劇を横に、リリエルは紅茶を一口飲む。


「雷人、行くわよ。ああ、ここの支払いはするから安心しなさい。私は私の、あなたはあなたのやりたいことをする、それでいいでしょう?」

ギフトボックスは咄嗟の出来事に反応できないままただリリエルたちが去っていくのを見るだけだった。


* * *


「早めに切り上げるとは思わなかったな。いつもなら、もう少し話をしてから切り上げていないか?」

カフェを退店し、ウェスティニアの街を歩くリリエルに追いついた雷人は疑問を投げかける。

「そうかしら?彼には目的はあっても手段がなかったのよ。仮に同志だとしても、お互いに何をするかを明確にすることは重要よ」


リリエルはギフトボックスのことを全く気に留めず、ウェスティニアの街並みを歩く。

「都市国家は予算が少ないのかしら?雷人、あなたも歩きづらそうね」


「そうだね。前来た時よりも歩きづらいかもしれないな」

道は汚く整備されておらずガタガタで、とてもじゃないが歩きやすくはない。


「そうね。私も同じ意見よ。共和制だとどうしても専制に比べて動きが遅くなるのよね。ウェスティニアは上がしっかりしているということかしら?」

「ん?道がガタガタなのにか?」


リリエルの評価に疑問を持った雷人に、リリエルは丁寧に答える。

「勘違いされては困るのだけれど、都市国家規模のこの国でさえ数千人か数万人は暮らしているのよ。あなたもギルド長なら周りの意見をまとめる大変さがわかるはずよ」

「たしかに数十人でさえまとまらない時はある」


なるほどと相槌を打つ雷人に、リリエルはさらに続ける。

「それが国家規模になればさらにまとまらないわ。みんな自分の家の近くの道を直して欲しいのよ。専制なら偉い人の好きなところから直せばいいのだけれどね」


「道ひとつをとってもこれか。政治家は大変な仕事だな」

「それもそうね。私には政治はできないわ」


リリエルはさらに先へ進み、開いていない市場までたどり着く。

「普通なら活況でもいいはずなんだけどな」

「そうね。もしかしたら、原因はこれかもしれないわ」


何かを思いついたらしいリリエルは雷人に引き返すよう伝える。

「もういいのかい?」

「ええ、あとは夕方からまた頼めるかしら?」

時刻は昼の12時を指している。


* * *


「みなさんようこそお集まりくださいました」

アークポラリス商会ウェスティニア支店の大会議室でリリエルは集まった前線組に挨拶をする。時刻は18時、定刻だ。


「みなさんご存知の通り、最近ウェス大森林で盗賊が多く出ています。そこで私たちアークポラリス商会は、大盗賊狩りをみなさんに依頼します」

リリエルの言葉で会議室に鬨の声が木霊する。各員やる気十分といったようで、しかし冷静さもあるのかすぐに静まり返る。

「報酬はみなさんに10,000シルバー。さらにギルドに対しても1人あたり10,000シルバー供出します。ギルド運営の方ぜひメンバーにお声掛けください」


リリエルが言葉を切ったタイミングでウェスティニア支店の職員がゴンドラを押してリリエルの横につける。リリエルはゴンドラにかかっている大きい布を取り去る。そこにはボロボロの武器や防具が乗っている。

「ウェス大森林にはこのような残虐な行為をする凶悪な盗賊もいます。盗賊1人につきその武器をお持ちくだされば5,000シルバーの追加報酬をお渡しします」

リリエルの宣言にさらに期待が高まったプレイヤーはより大きく鬨の声を上げた。


「集合は3時間後の21時、この場所にて。基本報酬の先払いを約束します」

リリエルは全て話し終えると、商会の奥へ戻って行った。


* * *


22時30分、リリエルは商会の受付で帳簿を眺めている。

「参加者200人、うちギルド所属が180人。これだけで380万シルバーなのよね」

すでに続々と運び込まれている盗賊の(ものらしき)武器は山のようだ。


「500万シルバーならNPCへの売名込みで元を取れると思うのだけれど、それでも不安だわ」

ここはウェスティニア支店、当然だがクリスはいない。


「どうも、武器の持ち込みいいかな?」

「あら雷人。一旦引き上げてきたのかしら?」

「ああ、インベントリが埋まりそうだったからね」

雷人は持ち込んだ武器を受付に並べる。


「弓が2つに剣が30、全部で16万ね」

「忙しいとは思うけど、記帳で頼めるかな?」

「もちろんよ。書き足しておくわ」

武器の売却を行なった雷人は足早に前線へ戻っていく。リリエルは雷人の口座に16万シルバー入金の記帳をする。


「支店長、明日の便で全て中央に送るように。よろしく頼むわ」

「承知しました」

時間が経つにつれ、リリエルの前に行列ができ始める。

「支店長、窓口の増員をお願いできるかしら?」

「承知しました。5名追加します」


結局、その日リリエルが窓口から離れられたのは終了時刻の24時を過ぎて1時間後だった。

「全部で弓が87本、剣が293本、棍が154本。534本で267万シルバーね。647万シルバーは予算オーバーだけれど、ここまで大々的にやればNPCの盗賊でも襲いたくなくなるでしょうね」


リリエルは一仕事を終え、伸びをしてログアウトした。机の上に残ったクッキーの空袋がすこし遅れて霧散する。


* * *


大盗賊狩りから3日経ち、便が正常に動いていることを確認したリリエルはウェスティニアに再び降り立った。


「それでも閑散としているわね。物流も戻っているはずなのだけれど」

「それはそうですよ」

「あら、ギフトボックス。心の声が漏れていたかしら?」

死角から現れたギフトボックスに大して驚きもせず、リリエルは平然と話す。


「それはもう、ダダ漏れですよ。あの盗賊団ですけどね、ウェスティニアで働いていて、まともに食べていけない住民がほとんどだったんですよね」

「やはりそうだったのね。確証はなかったのだけれど、これで繋がったわ」

リリエルは情報料としてギフトボックスに3,000シルバーを渡して(押し付けて)セントレイアの本店へ帰る。これからのウェスティニアは波乱に満ちているようだ。

このフロンティアネクサスの世界ではこれから、新しい物語が始まっていきます。どうぞお楽しみください。

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