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第一話

ふわと小さく欠伸をして、藤咲冬雪はベッドから起き上がる。

この部屋に引っ越して2年。ついこの前契約を更新したばかり。2年前の面影は薄くなりすっかりと冬雪色に染められていた。

カーテンを開け、窓の外を覗くと河原の桜が花弁を散りばめている。関東州のとある川沿いの街。そこが冬雪の今の住処だ。

「おはよ、お姉ちゃん」

「おはよ、桜」

声をかけられ反射的に返す。

思い出した。昨日急に押しかけてきた妹、桜だ。

「桜、なんで私の朝ごはんを食べているの?」

「早く起きちゃって、お腹が空いてたから」

えへへと笑う桜に、冬雪はジロリと小さく睨む。

「まあいいわ。今日には帰るのでしょ?」

「何言ってるの?私、ここから大学に通う予定なんだけど」

「そう。それじゃあ手続きも進めないとね」

「大丈夫、こっちくる前に済ませてるから」

ほんと抜け目ないわねと、冬雪は朝食を食べながら思う。

「お姉ちゃん、今日もゲームするの?」

「そうね、今はいいところだから、後数日はしっかりとやるつもりよ。週末はショッピングにでも行こうかしら?」

「うん、私のベッドも欲しいし。ショッピング行こうよ」


* * *


朝食を済ませ、冬雪はフロンティアネクサスオンラインにログインする。世界初のフルダイブ型VRMMORPGとしてリリースされたこのゲームは、つい先日1周年を迎えた。

冬雪はそのフロンティアネクサスの世界でアークポラリス商会の商会長としてプレイしている。

COCOONと呼ばれる繭型の機械に身を沈め、蓋を閉めてゲームを起動する。

眩い光に包まれて、冬雪はゲームの世界へとダイブした。


* * *


ログインした冬雪──プレイヤーネーム"リリエル"は、部屋の最奥の椅子に深く腰を掛け、秘書を呼ぶ。

「クリス」

「おはようございます、会頭」

「おはよう、クリス」

「今日のご報告です」

「うん、聞かせて」

クリスは各部下から上がってきた報告をまとめてリリエルへ報告する。

「北方ではいまだに消耗品が不足しておりますが、馬車・護衛共に不足しており増便は難しいです」

「消耗品は今はウェスタンから仕入れてたね?ウェスタン・セントレイア便を一部北方直送に変更するように」

「承知いたしました。つづいて、セントレイアから北方を繋ぐ幹道で賊が出たと報告が上がっております。被害は現在集計中ですが、従業員は皆軽傷で済んでいます」

リリエルはクリスへ幾つかの指示を出してから部屋の外へ出る。石畳の上にいくつもの出店が出ようとしている。今日は雨が降らないのねと、屋根を張らない出店を横目に見ながらリリエルは中央広場を目指して歩く。

セントレイアの街を歩いているとすぐに声がかかる。

「リリエル、おはよう。今日も朝早いわね」

「おはようドレミ。あなたも十分早いわ」

現在時刻は朝の9時。春休み中の学生はまだ夢の中だろう。

「リリエルも今日の会議には出席するのよね?」

「ええ、なぜか呼ばれたわ。別に、私に攻略会議に対する意見なんてないのだけれど」

「だからじゃないかな。公平な立場で物事を見れるから」

「そうだといいわね。有意義な会議になることを望んでいるわ」

「それと、もう少し北方に物資を融通してくれないかしら?」

「それはあなたの意見かしら?それとも・・・・・・」

「前線組の意見としてよ。ニコラさんも雷人も、もちろんヴァーナやほかの人たちも言っているわ」

「別にヴァーナが無理な攻略を試みなければ十分足りている量なのだけれど」

ヴァーナ──猪突猛進な彼の姿を想像しながら2人は他愛のない話を続ける。この話もこの1週間は毎日のようにしている話だ。

「あら?需要のあるところに商品を運ぶのがアナタの好きなことじゃないの?」

「言ってくれるわね。護衛の依頼もあまり受けてくれない前線組にも原因の一端はあるのよ」

「なぜか供給されたらすぐに買い占められるのよ」

「まあいいわ、増便を検討しておくから、早めに攻略しなさいよ」

弓を背負った女性──ドレミに別れを告げてリリエルは中央広場の噴水で北部の街、スルマークへとファストトラベルをした。眩い光に包まれたリリエルはスルマークを選択し、中央広場へと降り立った。


* * *


スルマークに降り立ったリリエルは、薄く雪の積もる石畳を踏み締めて散策をする。

ふとインターフェースの時計を確認するとすでに10時。攻略会議は30分後だ。

「やあリリエル、今日はよろしく頼むよ」

不意に後ろから声がかかる。いわゆる勇者然としたスタイルの大剣使い──雷人だ。

「何をよろしく頼むのかしら?物資の確約はできないわよ」

「いやまあ、それも欲しいが・・・・・・。アイツのことだ」

「そう、さっきもドレミと話してきたわ。別に、私はいるだけなのだから、あなた達で好きにすすめなさい」

リリエルはそれだけ告げて去ろうと思っていた。

「ああそう、あなた達。今回のは高くつくわよ。特急料金を請求するわ」

「なんでだよ!通常便に少し荷物を多く積むだけだろ?」

雷人の語調は強いが、笑っている。おそらくヴァーナに──攻略ギルド【ネクサシア】にその大半を請求するつもりだろう。

リリエルにとっては誰の財布でもよかった、支払いさえあれば。

「西からの直行便を出したわ。明日か明後日には到着するでしょ?」

「そうか、感謝する」

「ドレミにもきちんと伝えることね。彼女の要請よ」

「わかった」

2人は話しながらスルマーク総督邸へ入っていく。顔パスだ。

「総督閣下、本日は会議室をお貸しいただきありがとうございます。」

やはり雷人はリリエルを待っていたようだ。

挨拶は大体リリエルの担当だ。

「異界の商人と異界の勇者よ。商人リリエルと勇者雷人よ。そう畏まらないでも良い。神々のため、共に歩む。それだけだ」

「もったいなきお言葉にございます。総督閣下がいらっしゃるだけで百人力でございます」

リリエルの挨拶にスルマーク総督ボゴミルは満足げに頷く。

「部屋はいつもの場所だ。案内はいるか?」

「不要でございます。それでは私どもはこれにて」

「ああ、存分に使ってくれ」

リリエルと雷人は大きな会議室に入ると息を吐く。

「いやあ、リリエルがいてくれてよかった。俺一人じゃあ総督にあんな流暢な挨拶はできないさ」

雷人は大袈裟にリリエルを持ち上げる。

それもそうだ。先ほどの総督との会話に雷人は一切言葉を話していない。

「ふん、わたしを待っていたくせに、よくそんなことを言えるわね」

そんな話をしているうちにも続々と人は集まっていく。

会議はもう、始まる。


* * *


現在時刻は10時29分。刻々と迫る会議の時間に会場はガヤガヤとする。

そして10時30分ぴったりにリリエルは宣言する。

「これよりネクサス攻略会議を始めます」

大きな声で、ただし語調は強くなく、注目させるための声。

周囲の雑音が消えた感覚を覚える。

「それじゃあ雷人、状況説明を」

「今オレたちが挑んでいるダンジョン、スルマーク北方第11ダンジョンだが、この度正式に名称を登録した。雷毒竜の巣だ」

雷毒竜──先日確認されたダンジョンのボスヴァジュリスクの通称。ボスが確認されたことで正式に名前がつけられた。

「どんな奴でも敵は敵だろ?情報収集もそこそこで会議だなんて何ができるんだ?」

発言者はヴァーナ。イケイケのファンタジー勇者然とした雷人と対照的に、ヴァーナは熱血勇者然としている。

「効率的な情報収集は必要だ!オマエはそれを分かってない!」

雷人はヴァーナに呼びかける。

「いいか、落ち着け。確かに情報は挑戦しなければ手に入らない。だからこそ、挑戦した時に勝てるように会議をするんだ」

「そんなのは詭弁だ!」

ヴァーナが反論する。リリエルはこの会議の行末が見えているのか、すでに飽きているようだった。

ダンッ!と不意に大きな音がした。

その場にいる全員がその方向を向く。

副議長ニコラテラスが机に両手を置いて、立ち上がっている。

「そんなに言うならオマエらだけで行ってこい!私の権限でそれを許可する」

ニコラテラス、片手槌を使う堅実なプレイヤーだ。バトルセンスも堅実で、それは前線プレイヤーたちに信頼されている。

「そう。それじゃあヴァーナ、頑張って」

リリエルの言葉でその日の会議は終了する。そのまま会場を後にしたリリエルは、商会に戻りログアウトした。

後に残った面々も、1人また1人と会場を出て行った。


* * *


ログアウトしたリリエルは、ため息をつきながら昼食の準備をする。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

あまりにも多いため息に、桜も心配なようだ。

「ん?ああ、ちょっとゲームで面倒なことになってね」

冬雪は桜にでヴァーナの話をかいつまんでする。

「ふーん、ゲームなんだし、適当にやればいいんじゃない?」

「それは、そうなのかもしれないけどね。結構な儲け話だから無視できないんだよね」

「なるほどね?」

しかし桜はあまりピンときていないようで、コテンと音が出そうな感じに首を傾げていた。

「まあ、何とかなるよ」

「よくわからないけど、頑張ってね?」

「うん、ありがとう。頑張るよ」


* * *


「お前ら!わかってるだろうな!今回こそはあのヴァジュリスクを倒すんだ!死ぬ気でやれ!行くぞ!」

ヴァーナは声を張り上げて仲間を鼓舞する

ヴァーナと仲間達は一斉にヴァジュリスクに襲いかかる。

無数の矢、無数の魔法が後衛から射出され、前衛はその合間を縫って剣や槍、槌などの思い思いの武器でダメージを与える。

しばらく後、そこにはヴァジュリスクただ一頭のみが残っていた。


* * *


くそ、また負けたとヴァーナは悪態を吐きながらスルマークの街を歩く。向かっているのはアークポラリス商会、リリエルの店だ。

「邪魔する。会頭はいるか」

ヴァーナは扉を開けてすぐ、受付に向かって声をかける。

「何か用事?私ならここにいるわよ」

リリエルは中央の受付卓に座っている。

「物資を補充したい」

「そう、でも残念。あなた、残高不足よ」

アークポラリス商会は名前と身分証明カードを使って先に入金した分だけであればいくらでも買い物をできるシステムを採用している。

このシステムにより様々な換金アイテムを収集するプレイヤー達は多くの現金を持ち歩かなくて済むようになり、またアークポラリス商会も現金のやり取りの回数を減らすことができるようになった。

「来ると思っていたから私がいたの。あなた、前に従業員相手に少しやりすぎたわよね?」

「その節は反省した。買い物をさせてくれ」

「残高不足よ」

「【竜の角】は売れるか?」

ヴァーナは少し落ち着いたようだ。

インベントリを見ているのか、リリエルと視線が合わない。売れる物もそう多く持っていないのだろう。

「少し値が落ちてるわ。15000でどう?」

「10個ある。残高に入れといてくれ」

「確かに。それで、なにを買いたいの?」

リリエルは【竜の角】をヴァーナから受け取り、近くに控えていたNPCに後ろへ下げさせる。ヴァーナの残高は別のNPCが増やしているようだ。

【回復ポーション】(回復薬)【マナポーション】(マナポ)を2スタック、それと【携帯食料】があればそれも1スタック欲しい」

「全てSランクでよかったかしら?」

「ああ、頼む」

【回復ポーション】も【マナポーション】も【携帯食料】もランクごとに回復できる量が変わる。前線ではその量が勝敗を分ける。

「全部で21000シルバーよ。1000シルバーは負けてあげるわ」

「そうか、ありがとう」

ヴァーナはそれだけ言うと、商品をインベントリに入れて足早に去っていく。

ヴァーナを見送ったリリエルも後ろへ下がり、ヴァーナの台帳に20000シルバーの消し込みを入れる。

少し値引きをしたが、それでも利益は出ている。リリエルは頬を緩めてログアウトした。


* * *


先日の会議から5日後、その日は平日だったので、午後8時から会議が始められた。

「で、ヴァーナ。そろそろ攻略できそうか?」

「まだだよ、だがもうそろそろだ」

雷人は前回から続けられているヴァーナの攻略が行き詰まった頃かと思っていたが、ヴァーナはまだ全く諦めていない。

「それでも、この3日間で30万シルバー、1週間で100万シルバー使っているのは少し無駄じゃないかな?」

確かにリリエルにとっては大きな利益になっただろうが、そろそろ先に進んで欲しいリリエルは口を挟んでみる。

「それ見たことか。ヴァーナには悪いが、装備の更新でもなきゃ1週間で100万は使わねーよ」

ちょうどいいとニコラも口撃に参加する。

「あはは、はは、はぁ〜。あなた、散財の才能あるわね」

ドレミもここが攻め時だと思ったようだ。

「う、うるせぇ!消耗品を買うのに一々金額なんか確認しねぇよ」

「で、その結果が100万シルバーと。あなた、覚えていないだろうけれど、これでも全部で10万シルバーは負けているのよ」

ヴァーナは反論するが、リリエルが即座に撃ち返す。

「ともかく、だ。ヴァーナ、お前もうここら辺にしておけ。情報の共有は先ほどしてもらったな。ここら辺で動こうか」

ニコラが攻略のために全体をまとめ、雰囲気が良い方向へ向かっていくのをリリエルは感じている。

「ヴァーナ、お前の敗因はなんだと思う?」

「知らねぇよ」

「それはな、手数だ。1人なら10程度の手数しかないだろうが、10人なら1000手100人なら100万手に増えていくんだ。これを飽和的に攻撃できるのが、レイドの利点だ。これよりスルマークより出撃し、雷毒竜の巣を潰す!いざ行かん!」

ニコラがいい感じに締め、なぜかそのまま攻略に向かっていく。1人取り残されたリリエルは、彼らの帰りを待つしかない。


* * *


「うおらぁ!」

誰のものかもわからない豪気な声がダンジョン最深部に響き渡る。

薄紫がかった霧にバチバチと静電気が走っている。

「来るぞ!総員回避姿勢を取れ!」

後衛の誰かが竜の動きを見て大きな攻撃が来ると悟った。

「後隙を逃すな!行け!」

ヴァーナもそのほかの前衛もここぞとばかりに竜に襲いかかる。

大きな爆発で土埃が舞う。

竜が大きくいなないた。


* * *


リリエルは商会の受付カウンターでたそがれていた。

会議が終わって30分。攻略に向かった人たちの帰りの報告を聞いていない。

商人として初めて取り扱う商品を従業員に任せたくないというプライドだけで待っている。

ふとスルマーク支店の金庫残高が気になる。もしかしたら現在の残金では足りないのではないか。

アークポラリス商会はそのシステムからあまり多くの現金を各支店に保管していない。そのほとんどはセントレイアの本店に保管されている。

しかし今から取りに行くのも彼らの帰りを見逃す可能性がある。

「まあ待つか」

結論はすぐに出た。ただ待つこと、今のリリエルにできるのはそれだけだ。

さらに15分が経っただろう頃、商会の扉が開け放たれる。そこにはボロボロのエフェクトを纏ったヴァーナと身支度を整えたように綺麗に仕上がっているニコラが立っている。

「戻ったぞ」

ヴァーナが親指を高らかに掲げる。

「勝った。勝ったんだ」

しみじみと、しかし簡潔に伝えられた勝利の報は次第に大きな歓声へと続いて行く。


* * *


商会の会議室にはリリエルと主だった前線組のメンバーが集まる。雷毒竜の素材の値段を決めるためだ。

結果、その素材の多くをリリエルが買い取り、前線組の財布は潤うこととなる。

「今回もいい買い物ができたわ。あなた達がダンジョンを攻略してくれるおかげで、とても儲けることができたの」

リリエルは全体を見てとてもいい商売になったと心から思っている。売り手良し、買い手良し、攻略良しの三方良しだ。

「前線組のみんなのために、パーティを用意しているわ。2階に行きましょう」

ここからは宴の時間だとばかりに主張の抑えられた音楽が流れている。

とても落ち着いた音楽で、まさにオシャレなバーにでも居るかのような錯覚まで覚えるほどだ。

パーティ会場にはすでに料理が運び込まれている。

乾杯の音頭をニコラが取る。

ヴァーナが曲芸を披露する。

雷人がドレミと決闘を始めた。

楽しい時は夜明けまで続いた。


* * *


後日、アークポラリス商会には多くの雷毒竜の素材が持ち込まれた。

安定して雷毒竜の巣を攻略できるようになり、素材の供給量が増えたのだろう。

リリエルは素材を並べて微笑んでいる。

明日にはセントレイアの職人達の手元に多くの素材が届くのだろう。

職人の作品を売るのも、リリエルの仕事だ。

明日からも忙しくなるだろう。

第二話は鋭意製作中です。

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