異世界ブラック勇者株式会社
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俺が死んだ理由は、通勤電車に飛び乗ろうとした結果だ。時間ギリギリだった。定期券をかざして、階段を駆け上がり、発車ベルが鳴るなか飛び乗ろうとして――足を滑らせた。
世界が暗転した次の瞬間、俺は真っ白な空間に立っていた。
そこには、やけに金ピカの看板が掲げられていた。
【株式会社勇者業 新卒採用説明会会場】
……は?
「ようこそ、新入社員さん!」
明るい声とともに現れたのは、鎧の上からスーツを羽織った女性だった。首元にはネクタイ、胸には社員証。勇者らしさとOLらしさの悪夢のような融合。
「……株式会社?」
「はい!異世界の平和をビジネスとして運営する世界的大企業、株式会社勇者業です!あなたは本日より魔王討伐事業部・第七課に配属となります!」
早口で説明されても頭が追いつかない。死んだら天国か地獄かと思っていたのに、待ち構えていたのはまさかの企業。
「え、ちょっと待て。俺は……勇者?」
「そうです!おめでとうございます!」
差し出された社員証には、俺の名前と肩書きが刻まれていた。
【勇者一級 契約社員】
勇者なのに契約社員?しかも一級って、二級や三級もいるのか。
「契約って……正社員じゃないのか?」
「安心してください!半年ごとの更新制です!」
全然安心できねえよ。
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説明会は入社式を兼ねていた。長机に新入社員らしき人間が十数人並んで座らされ、前方にはプロジェクター。スクリーンに映し出されたスライドには、こう書かれていた。
・魔王討伐KPI(四半期ごとに幹部1人撃破)
・残業代はモンスター討伐報酬に含む
・年間離職率:90%
笑えない数字ばかり。しかも講師役の鎧スーツ女は、満面の笑顔で読み上げる。
「魔王討伐は我が社の主力事業です!市場規模は年々拡大中!業績は右肩上がり!」
俺の心は右肩下がりだった。
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「質問ある方ー!」
講師が明るく促すと、神官服の青年が手を挙げた。
「休日出勤はありますか?」
「もちろんあります!勇者に休みはありませーん!」
会場に拍手が広がる。何を喜んでいるんだこいつら。完全に洗脳済みじゃないか。
横を見ると、隣の席の剣士風の男が泣きながら拳を握っていた。
「俺、やっと就職できたんだ……ブラックでもなんでもいい……」
求職氷河期は異世界でも深刻らしい。
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式典の最後、講師が朗らかに告げた。
「それでは、社長からのありがたいお言葉です!」
壇上に現れたのは、ド派手なローブに身を包んだ老人だった。髭は長く、声は重厚。だが第一声はこれだった。
「我が社のビジョンは“魔王討伐による持続可能な平和の提供”である!」
どこかで聞いたような経営理念のパロディ。続く言葉も空虚なビジネス用語のオンパレードだった。
「勇者業はサービス業!顧客満足度第一!利益なき討伐に未来はない!」
社員たちが一斉に拍手喝采。俺だけが呆然としていた。
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式典が終わると、俺たち新入社員は部署ごとに案内された。
「あなたは第七課配属です!」
例の鎧スーツ女――名前はリサらしい――が胸を張って言った。
「第七課って、何をするんだ?」
「雑務です!」
即答だった。
「……勇者なのに雑務?」
「勇者も新人はコピー取りからですよ!」
コピーってなんだよ、この世界に複合機あるのか?
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連れて行かれたのは「勇者オフィス」と書かれた石造りの建物。中に入ると、デスクがずらりと並び、鎧やローブを着た勇者たちが山のような書類に埋もれていた。
剣士がため息をつきながらハンコを押し、魔導士が魔法陣を使って紙をスキャンしている。
「……なにこれ」
「勇者の仕事の八割は事務処理です!」とリサ。
「魔物討伐は?」
「二割です!」
逆じゃねえのか。
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俺のデスクに置かれたのは、討伐報告書の山だった。
「これ、何?」
「昨日の案件です!先輩が倒したゴブリンについて、三部複写で報告書を提出する義務があるんです!」
三部複写。古臭い。
「これ、全部……俺が?」
「はい!新人研修の一環です!」
勇者業とは、魔物を倒すよりもまず書類を倒す仕事らしい。
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初日を終えて、帰宅……いや、帰社途中で俺は空を見上げた。
異世界の青空は、無駄に広くて爽やかだ。
けれど俺の心は、すでにサラリーマン時代に逆戻りしていた。
会社は世界を変えても、ブラックはブラック。
死んでも社畜からは逃げられない。
俺は深々とため息をついた。
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