雪太郎編 雪椿が咲く雪解けの季節2
暖かい布団に寝かされている人の子は目を開く。
動こうとするも、身動きができずに小さく息を吐く。
「起きましたか?」
薄青く見える銀糸の髪に金色の瞳をこちらに向けて声をかけてきた少女に目を奪われていた。
「ほらほら、夜、起きないと人の子が潰れてますよ」
身動きできなかったのは腹の上に誰かがのしかかっていたせいだったらしい。
「……ふぇ?」
少女に声をかけられて目を擦り擦り起き上がっている黒髪の女性夜は人の子を見ていた。
幼子を見つめた夜の時がゆっくりと進む。いち、に、さん、……秒後に覚醒した夜は目に涙を浮かべた。
「いきてたよー。 死んでるかと思ったよー」
「……自分も、死んだと思ってた」
夜の鳴き声混じりの言葉に人の子も呟いていた。
「一体、いつからどうしてここにいたんです?」
「氷結鬼の生贄……? らしいからここにいろって言われた」
少女の言葉に人の子は簡潔に答えた。
「天華様……生贄を要求したんですか?!」
夜は天華を見つめて声をあげる。
夜の反応に天華は頭を抱えていた。
「私がいつ、夜の前で生贄を要求していましたか?」
笑顔の天華の言葉に怒気が含まれていることを察知して夜は黙る。
「……あんたが氷結鬼?」
まじまじと薄青い瞳で天華を見ていた。
「氷結鬼……まぁ、似たようなものなので、その認識でいいと思いますが」
天華は戸惑いながらもうなづいていた。
「死んでる時に食べられたかったんだけど……。意思がある時に痛みを感じさせながら食べるってめっちゃ悪趣味だと思う」
“もしかして悲鳴聞きながら食べたいって奴?”と冷めた声色で言い続けている人の子に天華は頭を抱える。
「私は人間を食べる気ないんですよね」
天華はすっごいため息を吐きつつ言葉を紡いでいた。
「……多分ですが、その情報は先代氷結鬼だと思う」
「……」
幼子は布団を眺めて考え始めていた。
「戻るなら送り届けますよ?」
天華は首を傾げて幼い人の子を見た。
「戻れないよ」
人の子は天華を見て声をあげる。
「……あいつら、変な力を持ってるってオレを本気で殺す気でこの場所に置いていったんだ」
「……天華様」
夜は冷気がたちのぼる人の子を見て天華の袖を引っ張る。
そんな夜の反応に天華は目を伏せて考えた。
「夜、冬用の毛皮を獲ってきてください。人の子、君が飽きるまでここに居ていいですよ。ついでに力の使い方を教えます」
天華は夜に指示し、人の子に声をかけた。
「服の仕立ては、小鬼に頼んでください」
夜はうなづいて出ていった。
「今、使ってる布は君にあげる。この場所にある厚手の布だから寒さ避けに使えると思うから」
人の子が包まれている厚手の布が布団として被せられている布を確認し、絶句していた。
使っている綺麗で上等な布を持ち上げて見ている人の子に天華は言いながら動き出す。
「少し待ってて……あなたの部屋、温めてくるから」
天華は扉から消えていった。
少し陽の光が差してきた空を見上げて“ひかり?”と思って、縁側の廊下を途中で小鬼たちは立ち止まる。
「小鬼ちゃんたち、久しぶりの晴れ間に入ったから区切りのいいところで終わって今日は遊んでおいで」
天華は小鬼に声をかけていた。
「次、いつ晴れるかわからないので」
天華の言葉に小鬼たちは喜んで仕事再開している。
天華はそんな小鬼を見て「遊びに行く時はあったかくしていってくださいね」と声をかけると「はーい」という元気な返事が所々から聞こえてきたのだった。
人の子の部屋をある程度整えて戻ると、人の子は起き上がっていた。
「もうちょっと寝ててもよかったんですよ?」
人の子は首を横に振る。
「助けてもらって住むところを提供されたのに、のほほんと眠れない」
人の子は天華を見た。
「……ここは寒い。まだ衣服が整ってないし、あなた病み上がりなのですよ」
天華は人の子に言い聞かせる。
「何より此処は鬼の世界だから、この屋敷から出せないの」
人の子は天華の言葉に声もなく驚いていた。
「見つかったのが夜だったからよかったものの、別の鬼は、人の子でも小鬼でも食べてたはず」
天華は人の子を見つめた。
「……寒さで死ぬか喰われて死ぬか……」
自身の声でようやくポロポロと涙を落とし始めた人の子に天華は人の常温に戻った背中を撫でた。
「……名前も与えられず、周りの奴らは、力の暴走するたびに化け物を見る目で見てくる」
村長と神職の者が家に訪れ、生贄に選ばれたと知って家族は喜んで彼を差し出していた。
生贄を出せと言われた両親は我が子を護るという行動もせずにまるで、ようやく厄介払いができると言いたげに喜んで差し出していたのだ。
悲しがるそぶり涙を見せるもまたしなかった。
人の子はその時のことを泣きながらひたすらに声を絞り出していた。
「……力の使い方を教えてください。死ぬまで貴女にお仕えしたい」
涙を拭って天華を見た人の子に天華は笑う。
「うん、力の使い方覚えよう……お支えの方は私よりか相応しい人いると思うよ」
天華はうなづいていたのだが、お仕えの話は乗り気ではない様子だった。