最後の女(ひと)
とある病室では現在、別れの挨拶が交わされていた。
「……有難う…。最期まで、僕に付き合ってくれて……本当に、有難う…」
「水臭いコト言わないでよ、セツ君。私は貴方の彼女なのよ? それに、お礼を言うのは私の方だよ。沢山、貴方から貰ったもの。だから……“最期”なんて、悲しいコトを、言わないで…っ」
「叶……ゴメン。愛しーー」
セツの言葉は、途中で途絶えてしまった。それに叶は、声を押し殺して涙を流す。二人のやり取りを見ていた男は、わざとらしく溜め息を吐いた。
「…白々しいな。遺産目当てのクセに」
泣きたいのはコッチだ…と叶を睨み付ける人物は、先程まで息をしていた男のご子息だ。
「わっ…私は別に……」
「アンタの噂は聞いている。死期が近い男に取り入って、遺産をせしめる女狐だとね」
「………」
「出ていってくれないかね? 此処にいたって、アンタが欲しいもんは、一つたりともやらんぞ」
「……解りました…」
叶は病室を後にした。
“…白々しいな。遺産目当てのクセに”
そんなんじゃない。私は…! 言い返そうとして、言葉を呑み込んだのは、コレで何度目だろうか?
「だからヤメろっつったんだ。お節介は、時に迷惑を掛ける事があるんだからな」
「……優夫…」
「いい加減、そーゆう偽善活動はヤメたら如何だ? 誰も幸せにならねぇぞ」
「っ……」
「…なぁ。なんで、そんなコトすんだよ? 」
叶は、物心ついた時から、死期が近い者を識別する能力があった。その能力に気付いた時、叶はそれを自分の欲望を満たす為ではなく他人の為に使おうと考え、現在に至る。
「お前は、残酷な女だよ」
「!? なっ…なんでそんなコト言うの?! 」
「……セツとかいったっけ? 俺達の親ぐらい世代の爺さん。あの“爺さんがお前に向ける愛”と、“お前が爺さんに向けた愛”は違った」
「ッッ……なにそれ…。優夫も、私が財産目当てだって、疑うんだ? 」
「違ぇよ。俺は只…只……もう、お前が他の男に、心を奪われるのが嫌だ…」
震える声に、男の心情が痛い程に伝わってきた。気付かないフリを決め込むのは、もうヤメた方がイイのかもしれない。
「私の噂は聞いてるよね? 」
「…あぁ」
「じゃあ……セツ君や、それ以前に付き合っていた男の人達と、それなりのコトをした過去があるんだけど…大丈夫? 」
叶は、自分の事を狡い人間だと思った。肝心な決断は、相手の回答に委ねて、自分の意見を出さず。なにか不本意があった時に、相手を責める状態を作っているからだ。
「ハハハッ! ………そんなん気にしてたら、とうの昔にお前から離れてるよ、俺は。…叶。俺と結婚してください」
優夫からのプロポーズに、叶は応えてイイのか悩んだ。彼の事は好きだが、それが男と“同じ好き”なのかと問われれば、ちゃんと答えられないし、自分よりも他に相応しい女性がいるのではないか?と思うからだ。
優夫と一緒になったら幸せになれそうな気がした。それが、尚更に叶が彼の気持ちに応えてイイのか悩む処でもあった。
遺産目当てで男に近付く死神みたいな女ーーそれが叶の、世間からのイメージだから。
「私、貴方が思ってる様な女じゃないよ?だから…だから……」
「そうだな。じゃあ、お前が俺に対するイメージも、違ってるかもしれねぇぜ? 」
「……えっ…? 」
「知らない一面なんて、あって当たり前だろ? だから気にすんな。あと、俺に対して冷める一面があっても、見て見ぬフリを宜しくな♡」
「……………ぷっ! 」
このやり取りをキッカケに、叶は優夫と結婚した。
叶の予想通り、優夫と過ごす時間は幸せだった。
喧嘩する時があっても、それは二人の仲を更に深めるスパイスでーー
「………嘘でしょ……ッ」
幸せな時間は、突然に終わりを告げようとしていた。
叶は、視えてしまったのだ。
優夫の死期が近い事を…。
なにが原因で亡くなるかはわからない。
だから、防ぎようが無かった…。
「如何した? 叶」
「……えっ…? 」
「最近、元気がないから……なにか、あったか? 」
心配そうに尋ねる優夫に、叶はなんって返答すればイイか困った。貴方の死期が視えるからなんとか生存ルートを探してるケド見つからなくて悩んでるんだ…って正直に話せるわけが無いからだ。
「えーっと……最近さぁ…優夫がなに欲しいのか、わかんなくてぇ…」
「…欲しいの? 」
「えっ…えーっとほらっ! 私、優夫に日頃からお世話になってるし? まっ…まぁ……感謝というべきか…。なにかプレゼントをあげたいなぁ、と……思い、まして? 」
嘘は、吐いてない。只、残酷過ぎる“これから先の未来”を、告げてないだけだ。
「叶ちゃんは殊勝だねェ。…でもなぁ……。“金や時間がめちゃくちゃ掛かるお願い”は、叶には負担が掛かっちゃうしなぁ…」
「私に出来るコトだったら“なんでもする”から言って!! 」
「……なんでも…? 」
先程までの自分を心配する素振りの優しい表情は何処へやら。途端にイヤラシイ笑みを湛える男に、叶は身の危険を感じ、
「っ……“私に出来るコト”だけどね!? 」
と、付け加える。
「あぁ、それならノープロブレム♡寧ろ、叶にしか出来ないコトだから」
イヤラシイ笑みを崩さずにそう答える優夫に、叶は首を傾げた。
「私にしか、出来ないコト? 」
「そそっ♡お願いなんだけどなーー」
「叶さん! 僕の話を聞いていましたか!? 」
男の怒鳴り声に、叶は現実へと意識が引き戻された。
視界には優夫ーーではなく、職場の後輩・シュウが自分を睨んでいる。
「えっ…えーっと……」
「ッッ……僕と結婚を前提にお付き合いしてくださいッ!!!! 」
「!?」
「返事はいつでもイイので…だから……ッ」
「ごっ…御免なさい!!! わっ…私……」
「まだ、“彼”の事が忘れられないからですか? 」
「!」
「貴方が愛した男を悪く言うのはアレですが……僕はその方みたいに、叶さんを寂しい想いはさせないって誓えますよ? 」
「……そうだね。シュウ君は、長生きしそうだもの」
「! だったら……」
「でも……私は、彼を“最期の男”にしたいの。だから…御免なさい」
「………そう…ですか……ッ」
シュンとする男をボンヤリと見つめ、私の事を好きになってくれて有難う、と叶は心の中でお礼をした。もしソレを口にしてしまったら、期待させる様な気がしたから、言葉にはしない…。
『…えっ? 子供? 』
『そっ! 俺とお前の子供。別名・愛の結晶! 』
『っ……他に欲しいものは? 』
『“なんでも”って言ったろ? 』
『“私に出来るコト”とも言いましたが!? 』
本当は、“出来るコトではある”のだが、恥ずかしくて…素直にそのお願いに応えるとは言い出せなかった。
そんな叶に気付いてるか気付いてないかはわからないが、優夫はそうだな…と顎に手を当て考える素振りを見せると、じゃあ…と思い付いた事を口にする。
『……じゃあ…一分一秒でも長く、俺と一緒に過ごしてほしい、かな? 』
『えっ……そっ…それだけ……? 』
叶の言葉に、心外だなぁ…と呟いて、
『“それだけ”って……結構、歯が浮く様な台詞を、頑張って言った俺、可哀想過ぎじゃない? 』
と、優夫は、冗談めかしく言った。
『えっ?だっ…だって……そーゆうんじゃなくて……もっと…こう……』
『死んじまったら、買った物は意味が失くなっちまうだろ? 』
『しっ…死ぬって……縁起でも無いコトを言わないでよッ!!! 』
思わず怒鳴ってしまい、叶はハッとする。自分の様子のおかしさに、優夫に気付かれるのではないか? と思ったからだ。
急に怒鳴ってしまった事を詫びようと口を開き掛けた時、優夫が顔を近付けてきた。キスされる…! と思った叶は、咄嗟に目を瞑るも、唇への感触は中々来ず。あれ? と思った時、額にコツン、と軽くぶつけられ、思わず目を開ける。
『ッッ……』
思った以上に、優夫の顔が近くにあって、叶は息を呑んだ。
『“短い時間”じゃ、欲しいものなんか見つかんねぇよ。だからさ……現在、思いついたモノが、お前と一緒に居られる時間を、少しでも長くしたい……それじゃ、ダメか? 』
真っ直ぐに見つめて、そうお願いする優夫に、狡いなぁ…と、叶は思った。
惚れた弱みを知ってて…しかも、“自分に出来るお願い”なのだ。叶えてあげたくなってしまう。
『っ……ダメじゃ、ない…』
素直じゃないなぁ…と、そんな自分に嫌気が差しながらも、叶はそのお願い事を聞くと約束した。
「……ねえ、優夫。私…貴方の事を、幸せに出来た? 」
叶は、嘘を吐くのが苦手だった。だからあの時、優夫は叶の様子から、自分の死期を悟っていたのだろう。
その上であーゆうお願いをしたのだと、彼が亡くなってから気付いた叶は、わんわん泣いた。
なんでもっと、一緒の時間を共有してこなかったのか?とか、くだらない事で喧嘩するんじゃなかった等の後悔で…。
“違ぇよ。俺は只…只……もう、お前が他の男に、心を奪われるのが嫌だ…”
ーー貴方だけにしか、心が動かないよ…
結婚話のやり取りに持ち込むキッカケとなった、優夫の台詞を思い出した叶は、現在の自分だったら、こう答えるだろうなぁ…と思った。
“でも……私は、彼を【最期の男】にしたいの。だから…御免なさい”
シュウに言った台詞は、叶の本心だ。
そして、死期が近い男性を見つけても、もう近付かない…という決心の表れでもあった。
【最後の女】
優夫と過ごした日々は、掛け替えのないものだった。
これから先、また誰かに恋をする事があったとしても、優夫との日々を超えられる人とは、出逢える気がしない…と、叶は思った。
それぐらい彼との思い出が濃密で…自分が思ってる以上に、優夫に惚れていたという事でもある。
だから……優夫との思い出を糧に生き、生涯を全うして、あの世で彼と再会出来る日が、楽しみだと叶は思った。
「私はね…優夫との日々を過ごせて、幸せだったの! 貴方のパートナーになれて、幸せでした!! だから…っ! だか、ら……」
【〜大切な人に先立たれる事が、こんなに寂しいものだと、知りませんでした…。〜】
2016年の終わり頃から構想し、漸く形にする事が出来ました(`・ω・´)❤️
最初、長編で叶と死期が近い男達のオムニバス形式にしようかと思ったのですが……ちゃんと書けるか不安で、、、
描きたい処だけ描こう‼️という事で、短編で書こう❗️とするも……めちゃくちゃ時間が掛かったという話です(`・ω・´)((←⁉️
リアルで、とある事があってからは、余り死に関する描写は取り扱わない様にしてきましたが…
(と言いつつも、最近、ヤンデレやメンヘラといった、過激な内容やホラー等の必要だなぁと思うモノに関しては、死にネタを連発してますが…←⁉️)
此処まで「死」を直接取り扱ったのは久し振りな気がします。
昔、とある方の【死×純愛】がめちゃくちゃ美しいなぁ…私も書いてみたい‼️という気持ちで、【最後の女】を書くキッカケとなったのですが、、、
ちゃんと作品にそれが落とし込めれてるか心配…。。(´・ω・`)
叶は、自分の近くにいたら怖いタイプですが、かなり魅力的な女性に描けれてたらいいなぁ…(*´꒳`*)❤️❤️❤️
という事で、此処まで読んでくださり有難う御座いました!!!!m(_ _)m❤️❤️❤️❤️❤️