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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館
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エセルの新しい生活⑦

「〜〜〜〜! 〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 半透明な人型は、エセルには聞き取れない何だか分からない言葉を喚いていた。

 それを皮切りに、エセルとフィカ、ローラスの周りにどわっと板の塊のようなものが集まってくる。

 どれも中から半透明の姿を現し、嬉々として話しかけてくるのだ。


「〜〜〜〜!」

「〜〜〜〜〜!!!」


 どれも何を言っているのか全然わからない。

 困り果てたエセルは、隣にいたフィカにぴったりと張り付く。


「あの、フィカ、これって一体……?」

「ああーもう! うるっっさいわね! いっぺんに話しかけないでちょうだい! 下がんなさい!!」


 エセルの言葉を最後まで聞かず、フィカは声を張り上げた。

 至近距離での大声にエセルの鼓膜がビリビリと揺れ、耳がキーンとする。

 フィカの剣幕に押されたのか、板の集合体たちはすごすごと下がっていき、本の本棚に収まった。


「はぁ〜。ったく、読み手に飢えている本ていうのはこれだからもう……困っちゃうわ。『初めてのルーン文字 レインワーズ・ルルーシュ著作』こっちに来てもらえる?」


 フィカの声に呼応して、一つの板の集まりがふよふよと飛んできた。

 フィカがそれを手にする。濃い緑色の板に、金色の「文字」が書かれていた。


「エセルちゃんにはまず、『本』が何なのかというところから教えなきゃいけないみたいね。ちょうどローラスに教えた時みたいに」

「ふふ。私も随分と苦労したものですよ」


 控えていたローラスが、眉尻を下げて苦笑を漏らす。


「ローラスよりも覚えがいいといいんだけれど。コイツ、覚える気があるのかないのかよくわかんなくって……じゃ、そこの椅子に座って」


 びしりと指された場所には、あつらえたように長椅子と長テーブルが存在していた。テーブルは前方が少し傾いている、変わった形をしていた。


「いい、エセルちゃん。これが『本』よ」

「ほん」

「そ。さっき説明した文字をたくさん書いて、より多くの情報を伝えるため、残すために発明されたもの。寿命が短い人間族が編み出した情報伝達手段よ」

「へぇ……ほん」

「本は、植物を加工して作った『パピルス』『紙』や動物の皮を加工して作った『羊皮紙』なんかを何枚も重ねて、綴じて作られてるの。そこにインクで文字を書く」

「インク?」

「文字を書くために使うもので、鉱物とか植物とかから作られるものよ」

「へぇ」


 フィカから聞く言葉はどれもこれも新鮮で、同時に驚きでもあった。

 言葉を、残す。

 文字として綴り、本にして伝える。

 それはエセルが今まで見たことも聞いたこともない方法で、斬新で、そしてとてもおもしろい。

 手渡された「本」は、ずっしりとした重さがあった。

 フィカが丁寧に説明をしてくれる。


「一番最初の分厚い紙が『表紙』、めくったところに『遊び紙』があって、これをめくると『標題紙』、それからやっと本文頁が始まるってわけ。ま、目次があったり挿絵のページが挟まったりもするから、一概には言えないけどね」

「でもこれ……私には全然意味がわかんないです」

「わかりたい?」


 フィカに問われ、エセルは本から目を上げた。フィカの赤い瞳は何も語らない。ただただじっとエセルを見下ろしているだけだった。

「文字」は「書く」のだという。

「言葉」を「話す」のと同じようなものだろうか。

 だとすればこの「本」には、何かしらの「意味のある文字」が「書かれている」んだろう。

「何」が「書かれて」いるんだろう。

 ……エセルは、何もわからない。

 自分の過去も、どこに誰と住んでいたのかも、顔も名前も、それどころか自分の名前すらも曖昧で。

 それでもエセルを優しく迎え入れてくれたフィカとロフとロネ、それにローラスと一緒にいることが居心地良くて。彼らと同じ目線でいたいと思う。


「……フィカとローラスは、何が書かれてるかわかるんですか?」

「当然よ」

「ええ」

「むしろアタシが書いた本もあるわ」

「え……フィカがですか? どの本ですか?」


 フィカが書いた本と聞き、エセルの興味は先ほどの数十倍に膨らんだ。

 ぱちんとフィカが指を鳴らすと、本がひとつ飛んできた。それは今エセルが手にしている本よりも大きく、エセルの手の先から肘くらいまでの分厚さがある。エセル一人だと持つことすらできないようなものだ。


「コレよ」

「こここ、これぇですかっ!?」


 声が裏返った。

 この分厚い「紙」の束全部に文字が書いてあるのだとしたら、とてつもない量である。エセルは恐れおののいた。


「読みたい?」

「よみ……?」

「『本』はね、『読む』ものなのよ。読んで、内容を自分の知識にするの。あるいは楽しむために読む」


「本」は「読む」ためにあるらしい。

 フィカの本はあまりにも分厚いので一瞬躊躇したが、それでも、おずおずと頷いた。


「え……う……はい。フィカが書いたものを、知りたいです。お世話になってるから……フィカのことが好きだから、フィカが書いている本を、読んでみたいです」

「まー、可愛いわね! 食べちゃいたいくらいよ!」

「あうっ!?」


 突如本を放り出してエセルを抱き寄せて頬擦りをするフィカ。


「んふふ〜そうと決まれば、文字を覚えましょう! ここに置いてある本はぜーんぶルーン文字で書かれているから、それさえ覚えてしまえばいいのよ。簡単、あっという間よ」

「あっという間!」

「そ。アタシはそうそうずっと付き合っちゃいられないけど、幸いここには暇人のローラスがいるわ。本を片手にコイツに教わればいいわよ」

「暇人とは失礼な。これでも毎日忙しく過ごしているんですよ」

「例えば?」

「日光をたっぷり浴びて、水を飲んで糧に変えて日々葉を成長させることとかに」

「この上なく贅沢な時間の使い方ね。いいからエセルが文字を覚えるのを手伝うのよ」


 問答無用で本をローラスに押し付けると、フィカは「じゃ、夕食までに戻るから」と言って去って行った。

 残されたエセルはやる気満々だった。フィカがサファイアブルーと称した青い瞳をキラキラさせ、「よぉしやるぞっ」と勢いよくローラスに頭を下げる。


「ローラスさん、よろしくお願いしますっ」

「まあ、そうですね。とにかくやってみましょうか」


 ローラスはやや困惑しているものの、いつもながらの穏やかな笑みを浮かべてそう言ってくれたのだった。


 なお、エセルたちが建物内にいる間、ロフとロネはずっとお茶会の後片付けをしてくれていた。

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