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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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滅亡の魔法都市②

 パタパタ、パタパタと無数の紙が図書館中を飛ぶ。

 何の規則性もないように縦横無尽に飛ぶ紙は、一見すると図書館を飛び回る魔法書と変わらないように見える。

 だがこれらは全て、エセルが風魔法で操っている紙だ。

 複数の風の軌道を示すことで紙があたかもひとりでに動いているかのように見せる。

 その光景に二人は感嘆の息を漏らした。


『素晴らしい光景だっ。これほどまでに自由に風を操る魔法使いはみたことがない』

『あぁ、本当に! とてつもない才能だな』

「えへへ」


 エセルは紙を目で追いかけながら、二人のノトケルの賞賛にはにかんだ。

 攻撃性を持たせなければ、風の操作は簡単だった。

 なんとなくだけれど、エセルは以前の暮らしでも無意識のうちに風の流れを読んで暮らしていた気がする。だからこそ、こうして風を呼び、無数の紙を浮かせることができたのだろう。

 フワフワと浮かぶ紙に向けて指を一振りすると、自由に飛び回っていた紙がゆっくりと集まり、元のように一箇所に重なった。

 エセルは手を握ったり開いたりして、今の感覚を忘れないように確かめる。


『それにしても、なぜまた急に風の中級魔法を使いたいと思ったんだ?』


『初級魔法術』の方のノトケルが首を傾げながら問いかけた。


『そこまで風魔法に執着せずとも、先に水の初級魔法を覚えるという手もあったと思うが……』

「ううん、それじゃダメだったの」


 エセルはキッパリと首を横に振る。グーにした手をぎゅっと握り締め、真っ直ぐにノトケルを見た。


「ダームスドルフのかわいそうな幽霊さんたちを助けるためには、風を操れないといけないの」


 エセルのサファイアブルーの瞳は、図書館のオレンジ色の灯りに照らされて宝石のように煌めいている。その煌めきに気圧されるかの如く、二人のノトケルはそれ以上何も問いかけず、わずかにたじろいだ。

 

 その日の夜、エセルはフィカに「ダームスドルフに行きたい」とねだった。

 フィカは今まさに食べようと持ち上げていた、キジ肉のステーキが刺さったフォークをピタリと空中で止め、エセルを凝視する。

 フォークをそのまま皿に戻すと、エセルの言葉を復唱した。


「ダームスドルフに行きたい、ですって?」

「うん」


 エセルのお願いに、フィカはいい顔をしなかった。迷惑とかではなく、心配している表情だ。

 エセルはそわそわと膝に載っているナフキンをいじりつつフィカの言葉を待った。


「でもねえ、エセルちゃん。アタシ考えたんだけど、やっぱりあそこは子供を連れていくような場所ではないわよ。往復の上空飛行は体に障るし、都市の内部は崩壊しているから足元が悪いし、ウジャウジャと悪霊は出るし」


 フィカの言いようは、想定の範囲内だ。だからエセルは負けじと自分の意見を述べる。


「大丈夫。もう体はすっかり元気だし、足元の悪さにも慣れたし、それにわたし……霊をなんとかする方法を思いついたの」

「悪霊どもを? どうやって?」

「詳しく説明するのは難しいんだけど……エルフの唄でね、そういう魔法があったのを思い出したの」

「ふぅん……」


 フィカは信じきっていないらしく、なんとなく疑わしげな顔でエセルを見ていた。

 エセルはフィカの圧に負けないよう、瞬きもせずにフィカの顔をじっと見つめながら言い募る。


「エルフの魔法は、ルーン魔法とはまた違う力があるから。ねっ」

「けどねぇ」

「もう倒れたりしないから!」


 珍しく押しの強いエセルに対し、フィカは迷っているらしい。赤い瞳をキュッと細め、ひとまず葡萄酒の入ったグラスを手に取り、中身をゆっくり味わうように口に含んだ。

 この間もエセルはそわそわと膝のナフキンをいじっていた。きっちりとアイロンされたナフキンがしわくちゃになっている。

 やがてフィカはグラスをテーブルに戻すと、らしくない小さな声で念を押した。


「…………無理はしないって、約束してくれるかしら」

「うん、もちろん!」


 フィカから遠回しの了承の言葉を引き出せたエセルは、思わず口元を綻ばせながら力一杯頷いた。


「それで、いつ行きたいの?」

「行けるなら、明日にでも!」

「明日、ねえ。……ま、いいわ。明日はちょうど予定もなかったことだし、行きましょうか」

「うん、ありがとう!」


 大喜びするエセルに、フィカは片眉を上げて「変な子ねぇ」と呟いていた。

 確かにあの場所は大喜びして出かけたくなるような心躍る場所ではない。

 それでもエセルは、嬉しかった。

 翌朝早くに起きたエセルは早速、出かける準備をする。

 朝食をしっかりと取り、着替えて髪型を整え、ベレー帽を角度に気をつけつつきちんと被る。それから鞄の中に『エクレバー冒険記』を詰めて留め具をパチンと留めると背負った。


「お気をつけてくださいです」

「お帰りまでに、お食事を用意しておくのです!」

「今日の夕食はとびきり脂の乗った肉にしてちょうだい」

「行ってくるね!」


 ロフとロネに見送られ、箒を手にしたエセルとフィカは、家の外に出ると箒にまたがり呪文を唱えフワッと浮き上がった。

 ダームスドルフまで行くのはこれで五度目、倒れて体調が回復してから行くのは初めてだった。

 本日は生憎薄曇りの天気で、日の光が届きにくく全体的にどんよりとしていた。

 箒の柄をぎゅっと握りしめ、しっかりと前方を見て空を飛ぶ。

 木々よりも高く飛ぶのも久しぶりだ。

 初めは高くて怖かったけれど、最近では慣れてきて景色を楽しむくらいの余裕ができた。

 メイホウの森を覆う木々は夏の深い緑色から赤や橙、黄色へと変わっている。


(あの黄色い木が多い場所は、ローラスさんと一緒に行ったイチョウの木がたくさん生えている場所かな)


 日差しはイマイチだったが、それでもはらはらと風に吹かれて色とりどりの木の葉が舞い上がる様は美しかった。

 そうして空を飛んでいると、あっという間にダームスドルフまでたどり着く。

 相変わらず都市の出入り口は大きく、まるで怪物がいびつな口をポッカリと開けているかのようだった。


「準備と覚悟はいいかしら?」

「うん、大丈夫」


 とっくに覚悟は決まっている。

 フィカに目線でそう訴えると、意図を汲んだフィカもまた頷くとダームスドルフの中へと入っていく。エセルはキュッと唇を引き結び、それに続いた。

 内部は相変わらず瓦礫と静寂に満ちていた。

 大きく採られた窓や瓦解した建物の隙間から光が差し込んでいるが、以前来た時よりも冷えている気がする。エセルは前方を行くフィカのドレスローブの裾をくいくいと引っ張った。


「あのね、フィカさん。ダームスドルフで一番高い場所に連れていって欲しいの」

「高い場所?」

「うん。これから使う魔法は、高い場所の方が効果があるから」

「……わかったわ。なら、城の尖塔がいいわね。見晴らしもいいし、街が一望できるわ」

「ありがとう、フィカさん」


 フィカについてエセルはどんどんとダームスドルフの奥へと潜っていく。

 途中で出る霊たちはフィカが炎で威嚇をして追い払い、エセルは何度か通っておぼろげながら記憶しつつある道を辿っていった。

 宮廷図書館とは異なる道を折れ、さらに先に進み、ぐるぐると螺旋を描く階段を登っていくと、やがてぽっかりと外が見える空間に出る。手すりから外を眺めたエセルは、思わず目を見開いた。


「わ、すごい……高い!」


 フィカが案内してくれたのは、都市全体が一望できる場所だった。

 複雑な建造物が連なって出来上がっているダームスドルフの屋根屋根がエセルの視界の全てに収まっている。


「ここでいいかしら?」

「うん!」


 エセルは頷いた。

 眼下に広がるダームスドルフの街――そこには、無数の霊たちが蠢いている。

 窓や崩壊した建物の隙間から霊が出入りし、そのうちの一部がこちらに向かってきているのが見えた。フィカが舌打ちする。


「アイツら、ほんっとうにしついわね。今日は日差しが少ないから、いつもより活動が活発で嫌になっちゃうわ」


 そうして指先に拳よりも大きな炎を灯したフィカをエセルが腕で制した。


「大丈夫。わたしがなんとかするから」


 そうしてエセルは、蠢く霊たちを見る。

 まずは、ルーン魔法。昨日の練習を思い浮かべながら呪文を口にし、発動させたい魔法をイメージする。


「【ルーンの力を示せ。風よ、我の意志を汲み、我の意のままに動け】」


 エセルを中心に、風が吹く。

 それは決して、全てのものを切り刻む鋭利な風の刃でも、地に根を下ろすものたちを容赦無く抉り取っていく嵐のような暴風でもない。

 萌え出る新芽の葉をわずかに揺らすような、夏の暑さに疲れきった生き物に心地よいと感じさせるような、ささやかなそよ風。

 ただし数が膨大だった。

 数百、数千とも言える数の風がエセルを起点にダームスドルフ中に広がっていく。

 隣にいるフィカがわずかに息を呑む音が聞こえた。きっとこれだけの風を操れるようになっていたなんて、夢にも思っていなかったのだろう。

 エセルは無数の風に金の髪を散らしながら、右手を喉元に当てた。

 ここからが正念場。

 しっかりと目を開き、眼下のダームスドルフの街並みを見つめながら、エセルは唄った。


「《今わたしは唄う 魂の休息の唄を どうか彼らが迷いなく安息の地へとたどり着けるように ここに光の道を示さんことを》」


 エセルの声はおせじにも大きいとは言えない。

 けれどルーン魔法によって風を自在に操れるようになったエセルは、声を都市の隅々まで届くように調整していた。


「《骸から解放された魂を 永遠の光に満ちる安穏の地へと導いて 彼らを照らしますように》」


 魔法の風に唄が乗り、風の道が淡く光り輝く。

 柔らかな金色の道に吸い寄せられるように霊たちが集まり、エセルの見ている前で天に伸びる道を昇っていく。


「《悲しみも苦しみもない安寧の地で魂は休息を得て 再び生まれ変わる時を待つ》」


 唄と風と光が渾然一体となる。霊たちは自らの意志で進んでいるようだった。まるでその時を待ち侘びていたかのように。

 エセルの目の前で、一人の女の人の霊が微笑んだ。

 それは初めてダームスドルフにきた時に出会った女の人の霊だ。

 彼女は憑き物が落ちたかのように柔和な表情でエセルに言う。


『ありがとう……これで私も坊やも救われるわ』

「《この世での生を終えた魂たちに救済と休息を 再び生まれ変わるその時まで 安穏たる祈りをここに捧げる》」


 今や都市中の霊たちが集まり、一心に天に昇っていっていた。

 その光景は神々しく、そして物悲しい。

 エセルは唄を繰り返した。ダームスドルフの霊が一人残らず天に昇れるよう、何度も繰り返して唄った。

 膨大な魔力が奔流し、天界に通ずる道を開き、そこを霊たちが駆け登っていく。

 薄曇りの天気にもかかわらず、ここだけが目を開けていられないほどに眩しく照らされている。

 やがて最後の一人がふわりふわりと天へと昇っていったのを見届けて、エセルは唄を終えた。

 天への道は閉ざされ、再び空は鈍色の曇り空へと変わる。

 都市中に風を張り巡らせ、そこに唄を乗せたので魔力をかなり消耗していた。

 体がだるい感覚に襲われ、手すりに体重を預けつつ、隣に立つフィカを見上げた。

 そしてエセルは目を見開いた。


「フィカ……泣いてる?」


 フィカの瞳からは、確かに涙が溢れていた。エセルに指摘されたフィカはローブの裾で涙を拭い、震える声で言う。


「泣いてないわよ」

「え……でも……」

「気のせいよ、気のせい」


 その時、魔力の使いすぎでエセルの体がふらついた。それをしっかりと支えたのはフィカだった。

 フィカはそのまましゃがんでエセルの首筋に顔を埋め、小さな声で呟く。


「エセルちゃん……ありがとね」


 エセルの首筋に、水滴が伝う感覚があった。

 やっぱりフィカは泣いている。でもこれは、悲しみの涙ではない。

 だからエセルもフィカの背中にぎゅっと腕を回し、言った。


「うん。喜んでもらえて、良かった」


 そして力尽きたエセルはそのままこてりと眠ってしまったのだった。


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