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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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エクレバー冒険記 ネイト・クレバリー著②

 本当に面白い本に出会った時、人は時間も忘れて夢中で本を読み耽ってしまう。


 ルーン文字をマスターし、はじめて『おとぎ話全集』を手に取った時もそうだったのだが、今のエセルはまさにその状態だった。

 昼寝から目覚めたエセルは、シャッキリとした頭で読書を再開した。

 中盤以降は竜を仲間にしたため、エクレバーの冒険はますます広がりを見せ、そしてますます壮大なものになっていった。それがとてつもなくハラハラドキドキもので、エセルは目が離せなくなってしまった。


 序盤も面白かったのだが、その比ではない。

 増える登場人物、大きくなっていく事件、求める幻の宝石がどんなもので、どういう役割を持ち、世界にどんな影響を与えるのか。


 エクレバーは知らないうちに大きな事件の中心人物になっていて、自分の力で世界の運命を変えなければならない……。

 結末が早く知りたくて、エセルのページをめくる手は止まらない。

 お茶会の時間ももどかしく、本を片手に紅茶を飲もうとしたらロフとロネに「だめです!」「本を一度閉じるのです!」と怒られてしまった。

 本を閉じたエセルは、少し眉を吊り上げる。


「だって、早く読みたいんだもん」

「でも食事中に本を読むのはいけないって、フィカさまも言っていたです」

「大事な本に紅茶がこぼれたら大変なのです」

「うぅ……」


 確かに二匹の言い分はもっともだ。

 この本はエセルが半月ほどかけて直した、特に思い入れも強い一冊。

 エセルの不注意によって紅茶のシミでも出来たりしたら目も当てられない。

 仕方なしに本を閉じたエセルは、早く続きを読みたいなぁと思いながら紅茶を飲む。

 ふとテーブルに影が落ちたのに気づき、エセルはティーカップから目を上げた。


「あれ? ローラスさん」

「お茶会、私も参加してもよろしいですか?」

「うん。けど……リスさんはいいの?」

「彼女も参加いたしますよ」


 ローラスの長い薄茶色の髪をカーテンのようにめくり、リスが姿を現した。手にはしっかりとどんぐりを握りしめている。


「フィカに、一人でするお茶会ほどつまらないものはない、と伺っておりますので」


 エセルはぱぁっと顔を輝かせる。

 確かにこれまでにも一人でお茶会をすることはあったが、フィカがいる時に比べて断然つまらなかった。


「じゃあ、じゃあ、ロフとロネも一緒にお茶会しよ!」

「我々は使い魔なので……」

「ご一緒するわけには……」

「フィカさんいないし、わたしが一緒にお茶会してほしいんだし、使い魔とか関係ないよ。ね、お願い!」


 エセルが頼み込むと、二匹は顔を見合わせる。


「そういうことなら……」

「……ロネたちも断る理由はないのです」

「やった!」


 こうしてエセルは、いつもとはちょっと違うお茶会を楽しむことになった。

 お茶会の後は再びの読書。

 もうこの頃には肌寒くなってくるし、日没も早いので、エセルは本を持ってフィカの家に戻ることにした。


「お茶会、楽しかったです」

「ロネたちいつも給仕なので、新鮮だったのです」


 エセルとローラス、ロフとロネにリスとのお茶会は、みんな食べるものも飲むものもバラバラだったのだが、それはそれで不思議と楽しかった。ロフとロネはエセルに気を使ったのか、生きたトカゲやカエルではなくりんごを食べていたし、ローラスは水を飲み、リスは持参したどんぐりを齧っていた。


「またフィカさんがいない時には一緒にお茶会しようね」

「はい!」

「はいなのです!」


 翼と前足をあげて元気に返事をする二匹と一緒に家路につく。

 いつも通りのルーティンを済ませ、エセルは部屋にこもってまたしても『エクレバー冒険記』の続きを読む。

 もう物語も終盤に差し掛かっていたし、全部読み切ってしまいたかった。

 こんな中途半端なところでやめてしまっても、どうせ続きが気になって眠れないだろう。

 最近は無理も無茶も控えていたけれど、今日は夜更かしする気満々だった。

「早く寝るのよ」というフィカの声には「はぁい」と素直に返事をし、ベッドに潜って本を読む。

 いつまでも起きていることに気が付かれないよう、部屋の照明は落とし、ベッド周囲だけ照らすようランタンに灯りをともしてベッド脇の棚に置く。


「続き……」


 栞を挟んだページを開く。栞は便利だ。これさえあれば、どこまで読んだのかいちいち探す必要がない。

 エクレバー少年の冒険は、本人が思ってもいなかった方向にどんどんと進んでいく。

 それでも最初の目的は見失わず、エクレバーは幻の宝石を手にするべく探し続ける。

 やがてそんなエクレバーの耳に一つの情報が届いた。

 宝石はどうやら、遥かなる山の頂に住む種族が所持しているらしい。

 エクレバーは早速真相を確かめるべく、竜の背中に乗って空を飛ぶ。

 到着したその場所には誰も住んでおらず、荒廃した村が広がっているのみだった。

 不審に思ったエクレバーが村を探索すると、そこは何者かの襲撃を受けて滅ぼされており、かつての住民たちの魂がただよっていた。嘆き悲しむ住民たちは天界に行くこともできず、ただただ悔しい思いを胸に村をさまよっている……。

 エクレバーはこの惨状にひどく心を痛め、どうにかならないかと悩む。

 そしてふと頭をよぎったのは、竜と出会うきっかけにもなった花の妖精たち。

 困ったことがあれば力になると言われたことを思い出し、相談を持ちかけることにした。

 話を聞いた妖精の姫は植物でできたベルをエクレバーに手渡し、言った。


「このベルは妖精の魔法でできた神秘のベル。一度鳴らせば報われない魂を天界へと導くことができる。他でもない貴方にならお貸ししましょう」と。


 滅んだ村に戻ったエクレバーは早速、音がよく響くように村で最も高い大岩の上に立つと、ベルを鳴らす。

 エクレバーがベルを振るたびに、音と共に光の粒子が飛び出して、螺旋を描きながら空へと昇っていくのだ。

 魂たちは光と音に吸い寄せられるように集まり、そして空へ空へと昇っていく。

 エクレバーは夢中になってベルを振った。

 リン、リンとベルの音は町中に響き渡り、それはまるで音楽のように美しい音色を奏でる。

 とうとう最後の一つとなった魂が空に昇る前にエクレバーの前で止まり、語りかけてくる。


 ーー我らを救ってくれてありがとう。お礼に君には、我らの種族に伝わる宝石の在処を伝えよう。どうか持っていってくれ。


 そうして見つけ出した宝石こそが、エクレバーがずっと探し求めていたものだったのだ。

 エクレバーは竜の背に乗り、宝石を握りしめて故郷へと戻っていったのだったーー。


「…………!」


 時間も忘れて夢中になり、夜がすっかり更けてしまったことにも気が付かず、本を読み終わったエセルの胸には複雑な感情が押し寄せてきた。

 素敵な物語を読めたことに対する満足感。

 もうこれ以上続きを読むことができない少しの寂寥感。

 それらは極上の物語を読んだことに対する、誰もが得る読書体験。

 しかしそれとは別にエセルの胸に湧き上がった感情がある。


「……ダームスドルフの霊を助ける方法、わかったかも……!」


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