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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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栞作り②

 まず初めに、栞を作る前にイチョウを押し花にする必要がある。

 しかしその前に、押し花や栞作りについて書いてある本が必要だった。

『押し花づくりを楽しむ いつまでも美しい花を残すために』という本がちょうど図書館内にあったので、エセルはこの本に従って押し花を作ることにした。

 本の著者はティモシー・ギルフォードという名前の男の人だった。ヒョロリと背が高く、穏やかそうな風貌で、雰囲気は少しローラスに似ている。軽装の上に薄手のエプロンを身につけていて、本の作者は大体がローブを羽織っているので少し意外だった。

 はじめまして、とエセルが頭を下げると、ティモシーは眉尻を下げてふわりと笑う。


『そんなにかしこまらなくてもいいよ。気楽にやろう』

「はいっ」


 気楽に、と言われたのについつい力一杯返事をしてしまった。

 そんなエセルにティモシーはますます笑みを深め、『じゃあ、早速始めようか』と言った。


『押し花に適しているのは水分が少なく、厚みのない花。イチョウの葉は最適と言えるね。葉を紙の上に置き、その上から薄紙を載せ、重しに本を置く。そのまま二、三日もすれば完成だ』

「それだけ?」

「それだけ」


 ティモシーはニコニコと言った。


『厚みがあったり、花びらが多い花だともっとやることも多いのだけれど、イチョウの葉は作業が少ない。初めての押し花作りにピッタリだ』


 意外にもやることが少なかったので、あっという間に終わってしまった。


「待っている間に本の修復をしようかな……」


 エセルが『エクレバー冒険記』と作業道具を取り出そうとしたところ、図書館の扉が開き、コツコツとヒールの音が響き渡る。

 この靴音は、間違いない。フィカが来た。

 その瞬間、エセルおよび魔法書たちの動きは速かった。

 エセルはとっさに浮遊魔法を使って塔の天井付近まで舞い上がって作業机から離れ、魔法書たちはバサバサとありとあらゆる方向に飛び散っていく。

 フィカが図書館内に入ってきて、中央で立ち止まると、天井スレスレを浮遊するエセルを見上げ、自身もふわりと舞い上がってエセルの隣へとやってきた。

 エセルはとっさに一冊の魔法書を本棚から引き抜き、読んでいたフリをする。


「エセルちゃん、もう魔法を使っても大丈夫なのかしら?」

「う、うん。もう全然すっかり元気になったから」

「そう……それならいいけど、無理はしないでね。何か探し物があるならアタシが手伝うわよ。ところでその本は、まだエセルちゃんには早いと思うわ」

「えうっ?」


 エセルはその時初めて、自身が持っている本に注意を向けた。

 血のように赤い文字がびっしりと書き連ねてあり、逆さ釣りになった人間が大釜に出したり入れたりされている、かなりおどろおどろしい挿絵が描かれていた。ページを閉じてタイトルを読んでみた。

『人体の神秘―苦痛を与えて命を奪う―』著者のグリモラン・フォーゲイジが落ち窪んだ目でジッとエセルを見つめている。エセルはごまかしの笑いを浮かべながら、本をそっと本棚に戻した。


「えへへ……えっと、フィカさんは今日はお出かけしなくていいの?」


 フィカは近隣の街に薬を売りに行ったり、ダームスドルフに魔法書探しに行ったりしているので、最近ではあまり魔法図書館に近づかない。なんの前触れもなくこうしてやって来るのは珍しかった。

 フィカは肩をすくめる。


「いいのよ。エセルちゃんの体調がもう少し良くなるまで、アタシも図書館にいることにしたわ」

「そんな、わたしはもう大丈夫だよ」

「ダメよ。病み上がりに無理すると、ぶり返したりするんだから。それに……また無茶を言う連中が出て来るかもしれないし」


 フィカがジロリと下の方を見やると、何冊かの魔法書が震えた。

 フィカは視線の険しさをやや柔らげた後、フッと息をつく。


「アタシも、エセルちゃんにここを任せすぎていたって反省したの。本喰い虫が出なくなったからって、やることがなくなったわけじゃないからね。だから、しばらくは図書館いるわ」

「そっかぁ。ありがとう、フィカさん」

「こちらこそ、いつも魔法書たちの相手をありがとうね」


 フィカが図書館にいてくれるというのは単純に嬉しい。けれど、一つ困ったこともあった。


(印刷本の修復ができない……)


 フィカは印刷本を嫌っているようなので堂々とフィカの前で修復することはできない。

 仕方がないので、しばらく作業はお休みかなぁ、と諦める。たぶんこうして諦めることも大事なのだ。フィカだって、何十日も図書館にいるわけではなく、エセルの体調が万全なことを確認したらまたいつもの日々に戻るだろう。

 そう考えたらむしろ、フィカがいる時にしかできないことをしよう、と思うようになった。


「今日はなにか読むつもりだったのかしら?」

「うーんと……じゃあ、初級魔法術を読もうかな」

『呼んだかねっ』


 エセルが言うや否や『初級魔法術』の魔法書がすっ飛んできた。真っ黒い表紙に金箔を押された分厚い本はエセルの前で急停止をすると、著者の姿がスルリと表紙から現れる。


『お久しぶりですな、フィカ殿』

「ええ、久しぶりね」


 フィカはスッと手を伸ばし、初級魔法術の本を手に取った。


「懐かしいわねー」

「フィカも読んだことあるの?」

「もちろん。ダームスドルフに住んでいる子供が『初めてのルーン文字』の次に学校で習うのが『初級魔法術』よ。魔法を学ぶ子供にとって必須の教本なの」

「へぇぇ」

「『初級魔法術』で魔法の基礎を学び、『中級魔法術』で応用を学ぶ。その後に『上級魔法術』でさらに高度な魔法を学び、『変化の書』や『魔法薬の作り方』、『魔法解呪術』なんかの専門書を読んで知識を深めるというのが一般的な魔法学の進め方よ」

「へ、へぇぇ……」


 フィカの説明を聞きながら、エセルは目が泳いでしまった。

 エセルは『初級魔法術』を読むより前に『魔法解呪術』を読み、フィカの施した複雑な三重封印魔法を解いているし、『変化の書』を読んで変化の魔法を覚えたりしている。


(わたしのやり方って、普通じゃなかったんだぁ……)


 欲しい知識をその場その場で吸収していたので全然知らなかった。


(で、でも、魔法ちゃんと使えてるんだからいいんだよね、きっとっ)


 うんうんと頷いて自分に言い聞かせる。

 フィカは『初級魔法術』をパラパラめくりながらエセルに問いかけてきた。


「で、エセルちゃんはどこまで魔法を覚えたの?」

「えぇっと、火魔法と風魔法で……今は水魔法を練習中」

「エセルちゃんは魔力の調整がうまいから、きっとすぐ水魔法を覚えるようになるわ。浮遊魔法もあっという間に覚えられたことだしね」


 確かにエセルは、ダームスドルフに行った時にフィカから浮遊魔法を教わっていた。

『初級魔法術』の本にも浮遊魔法の方法が書かれていたが、それを読む前に習得してしまったのだ。

 エセルは、フィカが開いている水魔法のページに目を落とした。

 前章まで同様、そこには属性魔法を使うための基礎知識と実際に魔法を使用するための呪文が書かれている。


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