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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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秋のお散歩③

 エセルの体調が回復するまでに、それから三日ほどかかった。

 倒れた日から数えると、五日ほど経っているらしい。

 初めてメイホウの森を訪れた時よりは早かったけれど、エセルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 一日中ベッドにいるのにも飽きた本日。久々に寝巻きを脱いで普段着に袖を通したエセルは、鼻からフンスと息を吐く。


「もう二度と倒れないようにしようっと」


 回復したエセルはそう気合を入れる。まだエセルに付き添ってくれていたローラスも同意してくれる。


「良い心がけですね。今日は図書館に行くのですか?」

「ううん。今日は森をお散歩するの」


 図書館に行けば魔法書たちに囲まれて、この五日間どうしたのか質問攻めにあうのが目に見えている。さすがにすぐに魔法の練習をする気にもならないので、今日は行かないことにした。

 今回倒れたことで、欲張らない、焦らないと決めたばかりなのだ。

 ならば思い切って、うんとゆっくりしようと決意していた。


「気候がいいので、散歩にはもってこいです。私も一緒に行きましょう」

「来てくれるの? 嬉しい」

「はい。お供しますよ」


 こうしてエセルはローラスと、ローラスの肩に乗っているリスとともに森を散歩することにした。

 秋のメイホウの森は、自然の恵みでいっぱいだ。

 地面には赤や黄色、橙色の葉が厚く積もり、踏み締めるとサクサクと音がする。

 見上げれば木々にはふっくらとした実が実り、それをリスや小鳥がせっせとついばんでいる。

 イガイガに包まれた栗を割っているのは小人だった。

 夏には鮮やかな紫色のウィステリアで出来たトンネルの下で涼んでいた小人だったが、秋には栗採取に勤しむらしい。

 そうした光景の一つ一つを、足を止めてじっと見つめる。


「……わたし、最近ずっと走ってフィカさんの家と図書館を往復してるだけで、森の様子が変わってることに全然気が付かなかった」


 自分の頭の中の計画や考え事でいっぱいで、目に映るものに意識を向けていなかった。

 森はただの通り道で、何があり、どんな生き物がどんなふうに暮らしているのか、興味を持つことすらしなかった。

 気がつけば季節は進んで、メイホウの森はこんなにも楽しいもので溢れていたというのに。


「それってすごく、もったいないことだったんだね」


 しゃがみこんで小人を見ていたら、小人は爪を使って器用にイガイガを割り、中の栗を取り出して大事そうに抱えて去っていった。小人の爪が意外にも鋭いということにエセルはこの時はじめて気がついた。

 見上げたローラスは、エセルの言葉に「はい」とも「いいえ」とも言わず、ただただ優しく微笑んでいる。「気がついたならいいんです」と、視線はそう言っているような気がした。

 エセルは立ち上がり、キョロキョロと周囲を見回した。


「ユニコーンさんはどこにいるかな?」

「月湖の周りに。きっと、エセルさんが来るのを待っていますよ」


 春と夏に、一緒にメイホウの森を散歩したユニコーン。友達のはずなのに、すっかり会いに行くことを忘れてしまっていた。

 思い出したら会いたくなって、エセルは森の奥に歩みを進める。

 魔法図書館の方角ではない場所に行くのは久しぶりだった。

 ローラスの言う通り、ユニコーンは月湖のそばでゆったりくつろいでいた。四つ足を折って地面に座り、目を瞑っている。

 エセルが駆け寄ると足音に反応して目を開き、そして嬉しそうに嘶いた。


「ユニコーンさん、久しぶりっ」


 首に抱きつくと、優しく頬擦りを返してくれる。柔らかな毛並みに思わず笑みが溢れた。


「全然会いに来なくてごめんね」


 ヒン、と鳴いたユニコーンは「気にしなくていい」と言ってくれているようだった。

 月湖に来たのも久しぶりだ。魔力をたくさん含んだ水は相変わらずキラキラと輝いていて、うっとりするほど綺麗だった。

 周辺にたくさん生えているヒソプの木も葉の色を変え、今は薄黄色い葉を茂らせている。

 この葉を使って布を作り、魔法書の魔力戻しをしたのが随分前のことのように感じた。

 エセルはローラスたちと一緒に月湖の水で喉を潤し、それから散歩を再開した。

 あまり遠くまで行かず、周辺でいろんなものを見る。


「どんぐりっていろんな形とか大きさがあるんだね」


 大きいもの、細長いもの、コロンと小さいもの、イガイガの帽子を被ったもの。面白くて色々と集めたエセルは、まじまじと見つめる。


「月桂樹はどんぐり落とさないの?」

「我々はどんぐりは落としません。けど、雌木には小さな実がつきます。ちょうどそこに月桂樹の雌木がありますね」


 ローラスがほらと手で示すと、確かにそこには黒っぽい小さな実がついていた。


「月桂実というらしく、フィカ曰く胃薬やオイルになるようで、この時期になると実を採取してますよ」

「へええ。わたしもちょっと採っていこうっと」


 エセルは木に近寄ると、幹に手を当てる。


「《こんにちは、月桂樹さん。実を少し、分けてもらってもいい?》」

「《どうぞ。枝を傷つけないようにしてね》」

「《うん》」


 どうやって取ろうか。考えたエセルは、ついこの前まで練習していた風魔法で取れないかと考えたが、すぐにこの考えを打ち消した。

 エセルの風魔法はまだ未完成。むやみに幹や枝葉を傷つけかねない。

 ちょっと考え、木の真上に向かって浮遊魔法を使うことにした。

 体をふわっと浮き上がらせ、実がなっている枝の高さまで浮くと、慎重に実をもいで持ってきていたバスケットに大切に詰めた。


「《ありがとう》」

「《どういたしまして》」


 月桂樹の木はすこし梢を揺らし、礼を言ってくれた。


「エセルさんは時々、エルフ語を話しますね」

「えっ!?」

「今もエルフ語で月桂樹に話しかけていたではありませんか」

「そうだったの?」

「もしや、気付いていませんでした?」


 エセルは頷いた。


「以前ヒソプの布を織った時も、エルフ語で唄を唄っていましたよ」

 確かにエセルはあの時に唄を唄った。けれど、何の言語を使っていたのか、まるで意識していなかった。


「そっかぁ……あれって、エルフ語だったんだ」


 自分でも驚きだ。

 メイホウの森に来る以前のことはほとんど覚えていないけれど、必要に迫られると無意識にエルフ語を喋っているようだ。


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