秋のお散歩
「エセルちゃん、目を覚ましたのね! 具合はどうかしらっ!?」
夕方に文字通り飛んで帰ってきたらしきフィカが、大きく扉を開けてエセルの部屋に入ってきた。
ローラスが渋い顔をして入り口をくるりと仰ぎ見る。
「フィカ、病人がいるのですからもっと静かに」
「あら、ごめんなさい」
口元を指先で押さえたフィカがしずしずと室内に入ってきたが、何分靴の踵が高いのでコツコツと音が響く。そんなフィカの姿を見たら、なんだかエセルは安心した。
「フィカ、迷惑かけてごめんなさい」
「いいえ。エセルちゃんの不調に気が付かなかったアタシがいけないのよ。保護者失格だわ」
フィカはエセルの額や首筋に手を当て、顔色を伺う。
「うん。大分血色が戻ったわね。何か食べたかしら」
「まだ、お水だけ」
「それはいけないわ。ロフ、ロネ! エセルちゃんのために。栄養のあるものを用意してちょうだい」
「はいです!」
「すぐにお持ちしますなのです!」
キッチンからロフとロネの元気な返事が聞こえ、すぐにエセルの部屋になみなみとスープが注がれた深皿がスプーンとともに飛んできた。フィカが器用にキャッチしてエセルに差し出してくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
湯気の立つスープは、マッシュルームのスープだ。ふやかした麦も一緒にはいっていて、一口飲むと何も食べていなかった体中に栄養が溶け込むようだった。
「ふはぁ……おかわり」
あっという間に空になったお皿を差し出せば、フィカがニコニコと受け取る。
「食欲があって何よりだわ。でも、今まで寝たきりだったんだから、いきなりたくさん食べてはダメよ。あとはデザートに果物をちょっとね」
フィカがパチっと指を鳴らすと、今度は透明な器が飛んでくる。受けとったエセルは、器がとても冷えていることに気がついた。粒状の氷は、ほんのりと黄金色に輝いている。
「わっ……りんごのシャーベットだ」
「さっぱりしているから、病人にちょうどいいと思って作らせたの」
たしかによく冷えているシャーベットはさっぱりとした甘味で、まだ味の濃いものを食べられないエセルにはもってこいだった。
シャーベットをパクパク食べるエセルを見ながらフィカが憂いを含んだため息をつく。
「ごめんなさいねぇ、エセルちゃん。アタシ、ここ数百年は何をしても体調崩したことがなかったから、ついつい自分を基準にして考えちゃってたわ。無理させていたのに気づかなくて申し訳ないわ」
「フィカさんのせいじゃないです」
間髪入れずにエセルは首を否定する。
「わたしが、欲張り過ぎちゃったから……もっと自分の体のこと、考えればよかったの。ローラスさんにも言われてたのに、まじめに聞かなかったから」
エセルはベッド脇に座るローラスをチラリと見た。相変わらず肩でリスを遊ばせているローラスは、エセルの視線に気がつくとニコリと微笑む。
「今回のことで気付いたのですから、良いではありませんか。フィカもエセルさんも、次からは気を付けるようになるでしょう」
「そうね。何かあったらすぐに言うのよ。アタシがいなかったらロフでもロネでもローラスでもいいんだから」
「うん」
「さ、アタシは薬湯を煎じるから、エセルちゃんはもう一眠りしてちょうだい」
「わかった」
エセルは素直に上体をベッドに寝かせると、顎下まで毛布を引っ張った。
エセル用の薬湯を煎じるべく、フィカが部屋を出ていく。なんとなく一人になるのは寂しくて、ついついローラスに話しかけてしまった。
「ローラスさんは、もう森に戻るの?」
「もう少しここにいます。彼女も納得していますし」
彼女、と言いながら人差し指でリスの頭を撫でる。リスは心地よさそうに目を細め、ローラスの頬にふわふわの毛で覆われた頭を寄せた。
ほっとしたエセルはもう一度「ありがとう」と言うと、目を瞑る。
体はまだまだ回復には程遠かったらしく、すぐに眠りが訪れた。
眠りの中で唄が聞こえる。
統一言語ではない。ましてルーン言語でも。
(……これは、エルフの言葉だ)
眠りながらエセルはそう思った。
優しく懐かしく、心があたたかくなるような唄。
エセルはこの唄を聞いたことがある。たぶん、日常的に聞いていた。
(子守唄かな? ううん、ちがう)
ゆるやかな旋律に乗せて、歌詞が舞う。
――
(そっか、これは、…………の唄だ)
それきり意識はより深く沈んでいき、もう夢も見ずにぐっすりと眠った。




