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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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初級魔法術 ノトケル・バルブルズ著④

「うぅ、すっかり遅くなっちゃった」


 薄暗くなった森の中を駆け足でフィカの家へと急ぐ。

 めっきり秋めいてきた最近では、日没が夏に比べてとても早い。

 油断しているとあっという間に暗くなってしまう。

 メイホウの森は魔法植物に溢れていて、夜になると蓄積した魔力を放出して薄ぼんやりと光るランタン草や内部に明かりを蓄えるフクロツタがあちこちに生えている。真っ暗になることはないのだが、それでもなるべく明るいうちに帰りたい。


「た、ただいまぁ」


 どうにかして日が暮れる前にフィカの家に辿り着いたエセルは、膝に両手をついて息を整える。


「おかえりです!」

「おかえりなさいなのです!」


 ロフとロネの声に安堵し、顔を上げたエセルは、室内を見回してまたもフィカがいないことに気がついた。


「フィカさん、まだ帰ってきてないの? 最近、遅い日が多いね」

「いつもこんなものですよ」

「むしろ、エセルさまが住み始めてから帰りが早くなったのです」

「そうなの?」

「はいです」


 ロフが玄関に設けられている止まり木で羽を休めながら答えた。


「きっとエセルさまを心配して、帰りを早くしていたです」

「フィカさまはお優しいので!」


 ロネも、階段状になっている棚をたたんと駆け上がりながら言った。


「そっか……フィカさん、わたしのことを気にしてくれてたんだね」


 人間の街に連れて行かないのも、エセルが余計なトラブルに巻き込まれるのを心配してのことだ。


「とにかく、お風呂に入るです」

「今日はサシェを用意しているので、これをお風呂に浮かべるといいのです」

「ありがとう」


 ロネから受け取ったサシェは柑橘系のすっきりと甘い匂いがする。両手で受け取るとエセルはお風呂に急いだ。


 エセルの毎日は、忙しく過ぎていく。

『エクレバー冒険記』修復、ウィディとの変化の魔法の練習、ノトケルによる水魔法の指南、帰ってからは『琥珀の姫と茨の騎士』読書。たまにダームスドルフに行ってはまたしてもこっそりと印刷本を持ち帰り、クローゼットの中には少しずつ読みたい本が溜まっていった。

 いつしかエセルの頭の中は、やりたいこと、今日やらなきゃいけないことでいっぱいになっていた。

 そうして森の中を忙しなく行き交い、図書館にこもり、夜は遅くまで読書をして過ごす。


(はやく、はやく、やらないと。わたしががんばらないと)


 エセルは気づいていなかった。

 自分で課題を課しているうちに、少しずつ重荷となっていたことに。

 自分で自分を追い込んでしまっていたことに。

 秋も半ばまで過ぎたある日。

 とっぷりと日は暮れ、メイホウの森の中は魔法植物の放つ明かりで満たされていた。

 そんな森の中をエセルは一人走る。


「はぁ、はぁ……!」


 体がやけに重く感じる。いつもよりも走るのが辛い。


「おかしいな……そんなに魔法の練習してないのになぁ」


 今日はやけにぼうっとして集中できなくて、本の修復も魔法の練習もはかどらなかった。


『今日はこのくらいにしようじゃないか』と言うウィディに無理を頼んで練習に付き合ってもらったのだが、エセルは羽ペンをミミズに変えることすらできなかった。いつもならこのくらい、難なくこなせるのに。

 おかしいなおかしいなと思いながらムキになって練習していたらこんな時間になってしまっていたのだ。

 見慣れたフィカの家を見たのか、ほっとしたのと同時にドッと疲れが押し寄せてきた。

 速度を緩めてふらふらした足取りで玄関の扉を開く。なんだか視界が狭まって耳の奥がぼやーっとしてきた。


「おかえりです」

「……エセルさま、大丈夫なのです?」

「た、だい、まぁ……」


 ロフとロネの声をどこか遠くの方で聞きながら、エセルはその場に膝をついた。

 力が入らない。

 頭がぼうっとする。


「エセルさま?」

「大変なのです、ものすごい熱があるのです!」

「へ……ねつ?」

「おやすみするです!」

「ベッドに入るのです!」


 ロフとロネに両脇を支えられ、エセルは自室のベッドに押し込まれた。


「うぅ……まだやりたいことが……」

「ダメです!」

「休むのです!」


 ロフとロネにキッパリそう言われても、まだエセルにはやりたいことがあった。

 けど、頭も体も全く言うことを聞いてくれない。

 体が暑いような寒いような変な感じがして、全身がきしむ。

 息苦しさに浅い呼吸を繰り返し、目を開けていると天井がぐるぐる回るので目を閉じた。

 気持ちが悪くなってきた。


「フィカさまにご連絡を……!」

「お薬を作ってもらわないとです」


 ロフとロネが慌しく飛んでいく羽音を聞いたのを最後に、エセルは意識が飲まれていくのを感じた。



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