エセルの新しい生活⑤
建物の端に木造りのテーブルと椅子が据えられている。
三脚の椅子が丸テーブルを囲むように置かれていて、少し離れたところに誰かが立っていた。
フィカは迷いなくその誰かに近づくと声をかけた。
「ローラス」
「ああ、フィカですか。おや、エセルさんも。元気になったようで何よりです」
柔らかな微笑みが似合う、穏やかな雰囲気の人だった。
腰まで伸びる薄茶色の髪が風に乗ってサラリと揺れ、頭に被っている月桂樹の冠もさわさわと揺れる。真っ白いローブはフィカに比べるとかなり簡素だが、なぜだかエセルは懐かしさを感じた。自分もかつては、こうした服装をしていたような気がしたのだ。
「わたしのこと、知ってるんですか?」
「ええ。森で倒れていたところをフィカと一緒に介抱させていただきました」
「え、そうだったんですか? ありがとうございます」
全く身に覚えがなかったが、どうやらエセルのことを助けてくれていたらしい。お礼を言うエセルに彼はにこりと穏やかに微笑んだ。
「私はローラスです。以後お見知り置きを」
「はいっ。……ところで、あの……か、体が半分、木になってるような気がするんですけど」
エセルはローラスと名乗った青年の下半身を見つめる。白いローブの下からは、足の代わりに木の幹としか思えないものが伸びていた。
「あぁ。私は樹木人なので、うっかりしてると体が木に戻ってしまうんですよ」
ローラスはのんびりとそう答えると、しゅるしゅると木の幹からサンダル履きの二本の足へと変化させ、すたすたと歩き出した。
「じゃ、お茶会にするわよ」
「もうそんな時間なんですねぇ」
「ローラス、アンタはもうちょっと時間っていう感覚を身につけた方がいいわよ」
「そんなものなくとも、日が昇れば朝で日が沈めば夜ということだけわかっていればいいではありませんか」
「……ったく、これだから樹木人ってヤツは……はぁ。まあいいわ」
何かを諦めたかのようにため息をついたフィカは、椅子をやや乱暴に引いてからそこに腰掛ける。
「エセルちゃんも座んなさい」
「あ、はい」
言われるがまま座ったエセル。ローラスも腰掛けると、ロフとロネの二人が忙しなく動き出した。
「お茶会、お茶会」
「お茶会の準備なのですっ」
そう言うと、空中をビュンビュン飛び周り、お茶会に必要と思しきものをポンポンとその場に出してみせる。
何もなかった場所から、ティーカップとポット、山盛りのお菓子が載ったお皿が出現し、テーブルの上に滑るように載った。
「お茶なのですっ」
ロネが前足を動かすと、ティーポットの注ぎ口からアツアツの飲み物がティーカップに注がれて湯気を立ち上らせる。
お菓子は三つのお皿が銀色の皿置きの上に勝手に載り、三段重ねの美しいお菓子の盛り合わせが完成した。
「エセル、ミルクと砂糖は?」
「入れて欲しいです」
「了解なのです!」
エセルの分のティーカップにミルクと砂糖が自動で入り、ティースプーンが勝手にくるくるとかき混ぜる。こうした光景はフィカの家に来てから日常的に目にするようになったが、多分その前までは見たことがない。多分。普通に手で食事の用意をしていた気がする。
だからエセルにとって、ロフとロネが食事を用意する光景はとてもわくわくするものだった。
「紅茶は飲みやすい銘柄を用意させたから、子供の舌にも合うはずよ」
「ローラスさんは飲まないんですか?」
「私はドライアドなので、水と日の光だけあれば栄養は十分です」
「お茶会の相手としてはこの上もなくつまらないヤツなのよ」
フィカは鼻を鳴らしてそう言うと、砂糖もミルクも入れていないティーカップを持ち上げた。エセルもそれに倣ってカップを手に取りコクリと中身を飲む。
砂糖とミルクでこっくりとした甘さ。それでいて後味はくどくない。そしてどことなく懐かしさを感じる味わい。
(……あ、わたし、たぶん前にも「紅茶」飲んだことある)
そう感じるほど、すんなりと舌に馴染んだ。あっという間に一杯飲み干し、二杯目が注がれるのを目で追いかけた。赤茶色の紅茶はそのままの方が香りがいいことに気がつき、何も入れずに飲んでみる。直後、エセルはうぇっと舌を出した。
「にがっ……」
「お子様の舌にストレートティーは苦いかもねぇ」
フィカの言う通りだった。
ロフとロネが砂糖とミルクを入れるのを大人しく見守った。
「お菓子もどうぞです!」
「力作なのです! スコーンにジャムとクリームを塗って食べてみてください!」
「えと、スコーン……」
「この、まあるく焼いたお菓子です!」
どれがスコーンなのか分からず視線を彷徨わせると、すかさずロネが指差してくれる。
ロネがクリームとジャムをたっぷりと塗ってくれたそれを口にする。
「! すっごく甘くておいしい……!」
クリームはフワフワだし、ジャムは木苺の酸っぱさが効いている。そしてスコーンは表面がサクッと、それでいて中はしっとりとしていてとても美味しい。
「こんな美味しいもの、はじめて」
「よかったのです!」
「もっといっぱい食べるのです!」
こうなってくると、他のお菓子がどんな味なのか気になってくる。
目をキラキラさせてお菓子を見つめるエセルを見て、ロフとロネはどんどんエセルのお皿にお菓子を乗せていった。
「遠慮せずにどうぞ!」
「食べてなのです!」
エセルはお言葉に甘え、次はプルプルとした透明なお菓子に手を伸ばしたのだった。
その様子を見てフィカは上機嫌だった。
「んふふ〜。どう? 気に入ってくれたかしら?」
「はい、とっても美味しいです」
「良かったわ。今エセルちゃんが食べているのはゼリーってお菓子よ」
「ゼリー、美味しいです! 中に入ってる黄色いのは何の果実ですか?」
「これはフルの実。この辺りで採れる果実よ」
「ぷちぷちしてて面白いです……!」
「隣のチョコレートケーキも食べてごらんなさい」
言われるがままに口にすると、それは今まで食べたどんなお菓子より濃厚な甘味があった。もったりとした甘さの中に、木の実が入っていて、サクサクとした食感がアクセントとなっている。
「…………! …………!!」
言葉にならないほどの美味しさを噛み締め、エセルはすごい勢いでちょこれーとけーきというお菓子を食べた。
「ふふ、やっぱりお茶会するならこれくらい食べてくれる相手がいいわよねぇ」
そう言ってフィカがローラスに視線を向けると、相変わらずにこやかな笑みを浮かべながら水を飲んでいる姿が。
「水も美味しいですよ。ここらの水は澄み切っていて、ユニコーンも好んで飲んでいますからね」
「確かに美味しいけど、よく水ばっか飲んでて飽きないわね……」
「わたしからすると、わざわざ時間をかけて手の込んだものを作って食べている方が不思議に見えます。水ならば、そんな手間をかけなくてもいいというのに」
「…………アンタとは、食事面に関しては一生理解しあえる気がしないわ」
「そうですね。不毛な論議です」
フィカとローラスが食事に関して言い合っている間にも、エセルのお菓子を食べる手は止まらない。ロフとロネが嬉しそうに給仕してくれるので、お菓子がお皿から減ることがないのだ。
口にお菓子を頬張って、エセルは幸せいっぱいな一時を過ごした。