初級魔法術 ノトケル・バルブルズ著③
本の修復も魔法の練習も、どちらも地道にコツコツと進めていくしかない。
エセルはこれまで色々な魔法を習ってきた。
護符の作り方、魔法の解呪方法、火魔法、飛翔魔法、浮遊魔法、変化の魔法、そしていま現在習っている風魔法。
しかしエセルは風魔法に思いのほか苦戦していた。
風魔法の練習方法は少し離れたテーブルの上に置いてある蝋燭を切る、というものだった。もちろん危険なので火は灯っていない。
風を集めて、鋭利な刃物の形に変え、それを蝋燭まで飛ばすーーというイメージをして魔法を放つ。
人差し指を蝋燭に向け、呪文を唱えた。
「【ルーンの力を示せ。風よ、刃になりて対象を刻め】」
不可視の風が真っ直ぐに蝋燭に向かって飛んでいく。しかし魔法は途中でしゅるしゅると解け、ただのそよ風になり、そして蝋燭を少し揺らしただけだった。
「あうっ。また失敗した……」
何度目かの失敗に、エセルは両手を拳にしてブンブンと振る。
「なんでだろう。全然うまくいかない……」
『ふむぅ』
エセルの魔法練習風景を見守っていたノトケルは顎を撫でた。
『エセルさんは魔力操作は素晴らしい。完璧に制御ができている……それは解呪魔法、火魔法、飛翔魔法、浮遊魔法が使えることから明らかだ』
「じゃ、なんで風魔法はうまくいかないんだろう?」
『前にも言ったが、やはり相性の問題だと思うのだよっ』
「相性…………」
エセルは暗い顔で前方に立つ蝋燭を見つめた。
自分はそんなにも風魔法と相性が悪いのだろうか。
「風を読むこと自体は、結構得意だと思うんだけどなぁ」
そうでなければ多分、飛翔魔法は使えない。あれは風に乗り空を飛ぶ魔法だから。
『違う魔法の練習に切り替えるかね?』
「う〜〜〜〜〜……ううん。もうちょと、やってみる」
ここでやめてしまうのはなんだか悔しい。だからもう少し頑張ってみることにした。
ノトケルはそんなエセルを見上げ、にっこりと微笑んだ。
『練習熱心な生徒は大歓迎だよ』
それから一時間ほど風魔法に打ち込んだエセルだったが、やっぱり上手く風の刃を飛ばすことはできず、集中力が途切れて机に上半身を投げ出した。
「だめだぁ……」
『そんな時もある。焦らずにやればいい』
ノトケルはエセルの風魔法が上達しなくても、ガッカリしたりしなかった。
『気分転換に他の魔法を習う、というのも一つの手段だっ』
「他の魔法……そうだっ。変化の魔法も、もっと覚えないとって思ってたんだった」
ノトケルの一言でエセルは思い出した。
『おや? エセル殿は変化魔法に興味をお持ちか』
すかさず『変化の書』著者のウィディがずいと前に出てくる。
「うん、あのね、実は、フィカさんに人間の街に行きたいって言ったら、ダメって言われて……。フィカさんは、わたしが可愛すぎるから、えろりょーしゅ? に目をつけられて連れてかれちゃうからって言ってたんだけど……なら、人間じゃないものに変化できたらいいのかなって。フクロウとかネコとか」
エセルは今朝あった出来事を思い出し、魔法書たちに伝える。
ウィディは髪留めをいじりつつ、エセルの話を真剣に聞いていた。
『ふむ……なるほど。確かにそれならば、他の姿に変化ができれば解決するな。今後のことを考えれば、動物ではなく違う人間の姿に変化するのが好ましいかもしれない』
「違う人間さんの姿?」
『もっと目立たない、普通の少女の姿とか。魔法書の人物たちを参考に、誰かに変化するのもいいかもしれない』
「そんなことできるの?」
『もちろんだ。技術としてはかなり高度だが、エセル殿は魔法センスが抜群だから練習すればできるようになるだろう』
「へぇぇ!」
エセルは目を輝かせる。
『はじめてのルーン文字』著者レインワーズ先生のように知的な大人の女の人になったり、『魔法都市ダームスドルフ』著者リリー師匠のように素敵なおばあちゃんになれるかもしれないのだ。
『練習するかい?』
「する!」
即答したエセルは、風魔法の練習のことは頭からすっぽりと抜け落ち、ウィディとともに新たな変化の魔法を習得すべく練習を始めたのだった。




