あらゆる書物の直し方 メアリー・ルリユール著④
ダームスドルフまで行く日は、いつもの数倍疲れる。
まだ慣れていない飛翔魔法を使ったり、火の攻撃魔法を使ったりするほか、常に神経を張り詰めているからだろう。飛翔中はバランスを取るのに必死だし、ついてからは霊の襲撃に備えるので一瞬たりとも気が抜けない。
だから煌々と明かりの灯るフィカの家に着いて、ロフとロネに「おかえりです!」「おかえりなさいなのです!」と出迎えられ、埃と煤にまみれた服を脱ぎ捨てて温かなお風呂に浸かると心底ホッとする。
お気に入りの金木犀の香りに包まれて、エセルは浴槽の縁に腕をかけてそこに頭を乗せ、とろとろとまどろんだ。
「えへへ……新しい本、手に入れちゃった。『エクレバー冒険記』はまだ直してる途中だから読めないし、しばらくは今日持ってきた本を読もうっと」
エセルがお風呂から出ると、居間ではすでに夕食の用意が出来上がっていた。
素早く部屋に今日持ってきた本を隠し、それから居間に引き返して椅子に座る。
すぐにアツアツのスープが宙を飛んで運ばれてきた。
「今日は黄金カボチャのスープなのです」
「わああ、美味しそう」
またまた半日飲まず食わずだったエセルのお腹は、料理の匂いを嗅いでグーッと鳴る。
金色の光沢感のあるスープをスプーンですくい、口に流し込む。まろやかなカボチャの甘みとミルクのコクが味わい深い一品だった。カリカリに炒ったカボチャの種もアクセントになっていておいしい。
料理は次々に運ばれてきた。
蒸したじゃがいもを潰してハーブを混ぜ込み、その上にたっぷりとチーズを載せて焼いたグラタン。
卵をフワッフワに焼き上げたスフレオムレツ。
ほうれん草と木の実を入れて焼き上げたボリューム満点のキッシュ。
デザートには丸スグリの実を使った氷菓が出てきた。ミルクと丸スグリとが絶妙に合わさっていて、甘酸っぱさがたまらない。ひんやりとした冷たいデザートを暖かな家の中で食べるというのはなんて贅沢なのだろうとエセルは幸せに頬を綻ばせた。
楽しく夕食を終えたエセルは自室に引っ込むと、早速持ち帰った本を眺める。
「これもひどく傷んでる……」
『エクレバー冒険記』に負けず劣らずの劣化具合だった。前回は読んでいる途中に糸がちぎれてバラバラになってしまったのだが、今回はエセルが何もしていなくてもすでに糸が半分ほどなくなっていて、半壊しかけている。
「えーっと、タイトルは……『琥珀の姫と棘の騎士』かな? どんな話なんだろう」
煤けた表紙に刻まれたタイトルをかろうじて読み取れると、これ以上ひどいことにならないよう、慎重に慎重にページを開く。
昔々、あるところに……という一文から始まるその物語は、不思議な力を持つお姫様と彼女を守る騎士の話のようだった。エセルはそんな二人の話を、真剣に読む。
またしても夜が更けるまで夢中になって読み込んだエセルは本を開いたまま寝落ちしてしまい、翌朝ロフとロネに扉を叩いて起こされる羽目になったのだった。




