あらゆる書物の直し方 メアリー・ルリユール著②
『時間がかかりますけれど、よろしくて?』
「うん。どれだけ時間が掛かってもいいから、自分の手で直したいの。……わたし、この本、好きだから」
エクレバーの冒険は心が躍る。読んでいてわくわくする。
続きを早く読みたい気持ちもあるけれど、崩壊してしまった本を助けるのが先決だ。
エセルの決意を、メアリーは垂れ目を細めて微笑ましく聞く。
『そう。なら、徹底的に綺麗にしてあげないとね』
一口に「修復」と言っても、作業は多岐にわたる。
ページがちぎれていたら、ちぎれた部分のシワや折れを伸ばして糊を塗り、そこに別の紙を貼る。紙も一枚貼って終わりではなく、丈夫にするために二枚重ねて貼るのだ。ぴったりと貼れるように布でよく擦り、はみ出た部分はナイフで切る。
ページが裂けていたら、裂け目部分の毛羽立ってしまった部分を筆の持ち手の方で丁寧に広げ、修正用の紙テープを貼る。そしてこちらも布でよく擦って圧着させる。
ページがよれよれになってしまっていたら、シワや折れを伸ばした状態でページの下に敷紙をはさみ、なんと端に水を塗った。そして筆の先で折れを広げ、その上に紙を当て、鉄製の重石を乗せると、そこに熱の魔法を使用するのだ。
「【ルーンの力を示せ。対象物に熱を宿せ】」
『あくまでも少し温かくする程度にするのですよ。あまりに温度が高いと、溶けてしまいますからね』
というメアリーの助言に従って、エセルはゆっくり、本当にゆっくりと重石に熱を伝えていった。
ちなみにこの重石には取手がついているので、エセルの手が火傷する心配はない。
こうして適温になったところで、紙の上で滑らせる。これも慌てず、ゆっくりとだ。
そうっと重石をどかして当て紙も外すと、そこにはぴしっと伸びた本文ページが姿を現した。
「わ、すごい! ぴかぴか」
『ふふ。でしょう?』
エセルがページを手に感心した声を上げると、メアリーは誇らしげにしている。
「時間をかければ、傷んだ本も綺麗になるものなのですわ。さ、続きをしましょう」
「うん!」
ボロボロの本が目に見えて綺麗になっていく。
それが嬉しくて、エセルは夢中になって作業に没頭した。
結局この日は破れたページの修復をしただけで終わってしまったけれど、確実に作業が進んでいるという事実にエセルは満足だった。
作業机の上を綺麗にし、道具類も元あった場所へと戻す。
修復途中の『エクレバー冒険記』は持って帰るわけにもいかないので、鞄に詰めて作業机近くの棚に置いておくことにした。
「フィカさんに見つかったら、捨てられないかなぁ」
『ウェネーフィカ嬢が作業机に近づかないよう、わたくしたちで阻止いたしますわ』
他の魔法書たちも、そうだそうだ、と口を揃えて言う。
『本を直しているのだから邪魔はさせないよ』と早口で言ったのは、『生活に密着した護符の作り方』の著者、ケレスだ。
『フィカ殿は良い方なのだが、ちょっと強情なところがあるからな』と言うのは、『変化の書』の著者のウィディだ。
すすすと近づいてきたのは魔法図書館で初めてお世話になった本『はじめてのルーン文字』著者のレインワーズ先生だ。先生は四角い縁眼鏡をクイと持ち上げながらエセルを見上げる。
『本を直したいと言うエセルさんの気持ち、この場にいる全員が守りたいと思っているわ』
「みんな、ありがとう」
味方がたくさんいて、心強い。
エセルはふんわり暖かな気持ちで、「よしっ」と気持ちを切り替える。
「まだあとちょっと時間があるし、これから変化の魔法の練習するっ!」
『無理はしない方がいいと思うが……』
「ううん。わたし、やりたいの。今日は全然魔法使ってないし」
エセルがキラキラした目でウィディを見ると、彼は困ったように眉尻を下げて頬を掻いていた。
『まあ、やる気があるのは大変良いことだ。少しだけだぞ』
「うん。じゃなかった。はいっ。よろしくお願いしますっ」
エセルは元気に返事をする。
夕食の時間まで変化の魔法の練習をしたエセルは、マールを鳩に変化させることに成功した。
翼の生えたマールは喜んで羽を動かし、机から飛び立とうとしたのだが、太りすぎた体を支えきることができず、墜落していた。
これがショックだったのか、翌日以降マールの食事量が減ったので、少しは痩せるといいねとエセルはマールを励ましたのだった。




